第94話 酒呑童子(2)
俺は目の前に広がる嘘のような光景に唖然として声が出なかった。
まるでニートを体現したかのような六畳半ほどの空間に、幸せそうな寝顔ですやすや眠る一人の幼女。
クロとロリイナリの中間くらいの背丈で、手入れをしていないのか膝先まで伸びた綺麗なクリーム色の髪はボサボサ。
申し訳程度に毛先の方だけ雑に結ばれている。
またそのズボラそうな性格は服にも反映されていて、ズボンは当たり前のように履いておらず、羽織ったパーカーも前が全開。
おかげで健康的な色白の素足とパンツ、そして慎ましやかな胸とそれを覆うピンクのブラが丸見えだ。
まさにニートと言うにふさわしいだらけっぷり。
……………なんだろう、周りにパソコンとかタブレットとか置いたらすごく似合いそうな気がする…………。
「うへへぇ〜…………君ぃ、いいおっぱいしてるねぇ〜……………」
おっさんか。
寝言が完全におっさんのそれなのよ。
もう一度言うが、俺は言葉が出ない。
それは 、酒呑童子が思っていた人物像からかけ離れた人だったから────────────ではなく。
今、目の前で抱き枕を抱いてむにゃむにゃ寝ている酒呑童子ことシュカが、以前とある少女に聞いた通りの人物だったからだ。
エロオヤジ。
その他諸々。
実際に会ったら冗談抜きで本当だった事に驚きを隠せない。
「ったく、いつまで寝てんだ!起きろシュカ!」
「あぶふっ!?」
ある意味酷すぎる惨状に、ピキッ!と青筋を立てた茨木童子がズカズカと布団に近づき、怒りを込めたゲンコツを思いっきり酒呑童子の顔面に振り下ろした。
一ミリの容赦も無いドゴンッ!という音と共に、衝撃波が貫通して床を波紋状にヒビ割れさせる。
ちょっ、強くない!?
顔面が漫画みたいにめり込んどる!
陥没した穴から奇怪な悲鳴を上げながら、酒呑童子が顔を押えてゴロンゴロン悶えまくる。
い、痛そう…………。
怒りが籠ってる分、明らかにドラゴンゾンビをぶっ飛ばした時より強く殴ってなかった?
少なくとも、遠巻きに眺めていた俺とクロ、そしてイナリをもれなくドン引かせる威力はあった。
逆に無防備な状態であれ喰らってよく顔面陥没だけで済んだな………………。
茨木童子も大概だが、一番恐ろしいのはあのゲンコツを素で喰らって悶える程度で済む酒呑童子の耐久力なのかもしれない。
ひたすら転げ回って満足したのか、自力で顔面を元に戻そうと試行錯誤する酒呑童子を眺めながらふとそんな事を思った。
「も〜………ひどいなぁ、ソーカは。起こすならもっと優しく起こしてよぉ〜」
やっとこさ顔面が元に戻り、目をこすって大きな欠伸をしながら気だるげにそう口にする酒呑童子。
茨木童子の青筋がまた一つ増えた。
「……………人が大変な役割をしている時に、随分気持ちよさそうに寝ていたじゃないか。おお?」
「あ、あれぇ?ソーカちゃん顔が険しいよ〜………?」
「ん?いやいや、怒ってないぞ?領主のくせに毎日グータラ三昧でそろそろ堪忍袋の緒が切れそうとか、そんな事は無いから安心しろ」
「一ミリも安心できないよ!?うぅ…………あっ、そこのお兄さん!助けてぇ!」
目が笑っていない茨木童子の笑みの圧に耐えきれなかった酒呑童子が、遠くで微妙な表情で自分達を眺めていた俺を見つけ、これ幸いにと、とてとて逃げ出して俺の後ろに隠れた。
いや人を盾にしないでよ!
俺だってあんな重圧感じるの嫌だからね!?
「はぁ…………もはやいちいち怒るのも疲れた………」
「…………大変だね」
「まったくだ。毎回ここぞという大事な時にサボりおって…………カバーするアタシ達の身にもなって欲しいもんだ」
ちょこんと俺の脇から顔を覗かせる酒呑童子を見て、茨木童子はまた頭痛に耐えるように額を押さえる。
……………色々と心労が多い上にそれが絶えないらしい。
「ソーカちゃん、がんば!」
「やかましい。おいシュカ、礼だけは言っておけよ?マシロ達のおかげで無事解決したんだからな」
やれやれと肩をすくませた茨木童子が、眉間を押さえながら俺達を指した。
彼女の視線に誘われて下を向くと、ちょうどひょっこり顔を覗かせて上目遣いで俺を眺めていた酒呑童子と目が合った。
「おお、そうだったんだ〜。ありがとね〜」
「どういたしまして。俺はマシロ。こっちがクロで、こっちがイナリだよ」
「ん」
「ど、どうも」
二人の頭を撫でながら紹介すると、クロは隣の酒呑童子をじっと見つめながら、イナリは未だに唖然としているのか緊張しているのかで少しぎこちなく返事をした。
酒呑童子はうんうんと頷くと、俺の服の裾を掴みながらにぱっ!と笑顔を浮かべ。
「ボクは
「一応とか言うなよ…………あ、そういえばアタシもまだちゃんと名乗ってなかったな。今更だが、
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