第92話 茨木童子





ドラゴンゾンビの動きがピタリと止まる。


俺達はもちろん、ワルーダにとっても予想外の出来事だったらしく、双方身動きが取れないままガラガラと崩れ落ちる瓦礫の音を黙って聞いていた。

な、何事…………?



「おーおー、随分ド派手にやってるじゃないか……………なぁ、ワルーダ?」


「っ!?」



光の射す向こう側から人影が現れ、ハリのある女性の声が聞こえてきた。

途端にワルーダがビクリと体を震わせ、ギリッ!と歯を食いしばりながらその人影を睨みつける。



「ちっ!もう戻って来おったか、茨木童子いばらきどうじめ…………!」


「当たり前だろう?…………それより、楽しそうな事をしているな。アタシも交ぜてくれないか?」



姿を見せたのは、額に真っ黒の角を二本生やし、ライトブラウンの長髪を腰まで伸ばした色白高身長美人さん。

…………いや、高身長って言うか…………何センチあんの?

軽く俺の1.5倍はありそうなんだけど……………。


あ、ちなみに俺162センチね?


しかも背が高いだけでなく、和服をベースにしたと思われる衣服は脇付近と胸元が大きく開いていて、パッツンパッツンになった谷間と横乳が常にむき出し状態だ。


ありがとうございます!!



非常に眼福である。



……………っと、これ以上はクロとイナリの視線が痛いので止めておこう。


さてさて…………茨木童子って言うと、たしか酒呑童子の副官みたいな感じだったよね。

この人はタイミング良くどこかへ行ってたとかで、 水晶の支配をまぬがれたのかな?



正直このタイミングで目が笑っていない茨木童子さんに話しかけるのは気が引けたので、一歩引いて双方の出方を伺っていると。


茨木童子が放つ強者の笑みの圧に耐えきれず、ついにワルーダがドラゴンゾンビをけしかけた。



「あいつを殺せ!ドラゴンゾンビ!」


「……………まったく、裏切ったとは言えかつての上司を"あいつ"呼びとは…………」



ドラゴンゾンビが咆哮ほうこうを上げながら大きく飛び上がって茨木童子に迫るが、彼女は迫力あるその様子を前にしても一切怯む気配がない。

むしろ呆れたような眼差しで余裕の雰囲気だ。



『グルアア───────』


「邪魔だ」



ため息をつきつつ、無蔵座に右手をアッパーのように振り上げた。


それだけでドラゴンゾンビはぶっ飛ばされ、洞窟の上空に空いた穴から空の彼方へ消えていった。

残るはゆっくりと小さくなるドラゴンゾンビの悲しそうな悲鳴だけ。


……………あの強化されたドラゴンゾンビを一発とか、どんだけ強いんだこの人は……………。



あまりの出来事に、ワルーダは今もなお呆然と空を見上げて言葉を失っている。

彼もまさか一発で終わるとは思っていなかったのだろう。


その隙に距離を詰めた茨木童子が軽々と水晶を破壊。


何か言おうとしたワルーダの頬を裏拳で殴り飛ばした。

数回バウンドして転がったワルーダは、白目をいて気絶していた。



「…………それ、破壊しちゃって大丈夫だったの…………?」


「ん?たしかに呪いは解き放たれるが、まぁ大丈夫だろう」

「いやそれはアウトでは?」



あっけらかんとそう言い放った茨木童子にツッコんだ次の瞬間、割れた水晶から禍々しいオーラが勢いよく吹き出した。


悔恨かいこん怨嗟えんさ、その他もろもろが詰まった呪いの塊がうごめいて人型を形取る。



「あわわっ………!こ、これヤバいやつじゃないですかぁ!?」


「…………イナリ、落ち着く」

「ちょ、クロさんなんでそんなに冷静なんですか!?」

「いや、たぶんイナリが慌てすぎなだけだぞ?」


「うぅ、逆にこれ見て冷静な方がおかしいと思う私が変なのでしょうか…………」



若干めそっとしたイナリを頑張って励ましていると、ぎょろりと目を動かした呪いの塊が口を開く。



『クククッ………!戒めを解いた事、感謝するぞ愚か者ども────────』


「はいはい、そういうのいいから」

「ん。黙れ」



光属性の魔力を纏った俺とクロの斬撃が呪いにクロスを刻み、悲鳴すら残さずあっという間にジュワッ!と消え失せてしまった。



まさにこれこそ出オチのきわみ


真の黒幕感を出して何やら決めゼリフを言おうとしていたが、めんどくさかったのでさっさと浄化した。



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