第79話 異様な気配






そんな俺の不安はさておき、やる気満々のイナリはクロを急かしてどんどん影の中を進んでいってしまう。

よほど俺のなでなでが楽しみらしい………………って、俺も呑気にこんな事考えてる場合じゃない!


〈潜影〉は対象の影を中心にある程度の範囲に空間を作成する。

その広さは使い手の技量に左右されるのだが、クロはまだこのスキルを手にして日が浅いため、そこまで範囲を広げることができないのだ。

今のところだいたい半径三メートル、縦二メートルと言ったところか。


仮にこの効果圏外に出てしまった場合、俺でもどうなるか分からない。

そのまま影の外にはじき出されるならまだしも、空間の狭間に取り残されて永久にさまよってしまう……………なんて可能性も。

考えただけで恐ろしい。



徐々に迫ってくる境界を気にしつつ、慌ててクロとイナリを追いかける。


影の中のことなんて微塵も知らない兵士達は、何やら談笑しながら定位置に戻る。

ふむ…………影の位置ヨシ、兵士の視線ヨシ!

クロに合図し、周囲を探る。


予想通り荒い作りのおかげで門と地面に少し隙間があり、そこから影を内側に伸ばしてクニに侵入した。

まず視界に入ったのは、道の端に並んで植わっている桜の木。

これは計何本あるのだろう…………。

少し先の十字路までこれでもかと並んでいる。

さすがジパング、家の造りと言い桜と言い和の雰囲気が満載だ。


時代的には江戸時代辺りと言えば分かりやすいだろうか。

民家なんかは教科書や資料で見たのにだいぶ似てる。

やっぱり同じ島の中でも、狐人こじん族と鬼人きじん族じゃだいぶ様式が違うみたいだな……………。


ここはいかにも"The・和"だ。

タイムスリップしたような感覚に自然と気分が高まる。


───────が、進んで行くに連れて妙な違和感を感じ始めた。

雰囲気が異様なのだ。

確かに早朝だから人が少ないのは分かるものの、誰も彼もがどんよりした顔で力無く歩いているのはどういう事だろう。

どこか疲れ切って自暴自棄になっているようにさえ見える。

道端の桜も鮮やかどころか全てしおれかかっているではないか。



「どういう事なんでしょう………。前来た時はもっと活気があるクニだったのに…………」

「皆、何かに怯えてる?」

「ふ〜む…………」



この違和感を感じたのは俺だけでなく、クロとイナリ揃って首を傾げる。

"怯えてる"、か。

もしかしたら国民は戦争反対だったのかもな。

それでも今回の黒幕が強行して戦争を起こして、それに反発やらなんやらした民が圧力をかけられてるとか……………。

もしくは、それとは別に怯える理由があるのか。


なんにせよ、自分のクニの民にこんな顔させる奴は放っておけない。

目指すは城だ。


民衆や建物の影を縫ってひたすら城に向かって進む。

門から続いていた大きい道を一直線に進むと、ついに城の入口に繋がる大きな橋にたどり着いた。

閉じられた入口の左右に二人の門番が見える。



「クロ、イナリ、こっからは影から出て行くぞ」

「ん。任せて」

「分かりました!」



さすがにと言うか、城の入口の門は固く閉ざされて影のさし込む余地が無さそうだ。

しかし、これも予想通り。

事前にここに来たことのあるカムイさんから、おそらくここは通れないだろうと確認済。


影を伝って門番達の後ろに周り、飛び出すと同時に静かに手刀を食らわせる。

抑えた口から小さな悲鳴が漏れたかと思うと、門番は一瞬で意識を手放した。

おっと、倒れる前に支えないと。

倒れた時に鳴った音で誰かに気づかれたら、せっかくの頑張りが無駄になってしまう。



………………なんか、客観的に見るとやってる事は暗殺者か怪盗なんだよね………………。


隣でも同じように門番を気絶させたクロを眺めながらそんな事を思う。

最近こういう事多くない?



「?」



首を傾げるクロになんでもない、と首を振ってから門番達を縛り、見つかりにくい場所に放置。

続いて腰の黒剣を引き抜いて、瞬時に門を四角くくり抜く。

おおよそ三人が楽々くぐり抜けられる大きさだ。

もちろん音を立てないように切った破片は落ちる前にチリ以下の大きさに細切れにした。



「はわ〜。改めて、ご主人様って化け物なんですね……………」

「いや、天然のフィジカルモンスターにそんな事言われましても」



何を言う。

苦笑いしてるけど、イナリも十分に化け物だからね?


昨日イナリのステータスを見て本当にビックリした。

前から能力値が高い特別な狐人とは聞いてたけど、まさかあそこまでだったとは……………。


数値だけで言えばクロと同格かそれ以上。

特に攻撃力と生命力が半端なかった。

つまりはスペックお化けなのだ。

ただ、まだその化け物じみたスペックを使いこなせるだけの技量がなく、今のところは宝の持ち腐れ状態。

しかし修行次第では十分に化けるはずである。




…………………と、話題が逸れちゃったな。

ここからはいよいよ気が抜けなくなる。

さすがのイナリも目配せをすると慌てて口を閉じて手で覆い、頷いて絶対に喋らない意志を見せつける。



「じゃあ、行くよ」





まず俺が、そしてほんの少し遅れてクロとイナリが門を通り抜けた────────瞬間。



ピリッ!と何か嫌なものが背筋を撫でた。

同時にクロとイナリの全身の毛が逆立ち、耳やしっぽがピンッ!と張る。



「───────やられた」



おそらく、俺達が中に踏み込んだことによって全体に張られていた結界か何かが発動したのだろう。

俺やクロが一切感知できなかったとなると、相当な結界術の使い手だな。


確実に位置がバレた。

あちこちから兵が集まってくるのを感じる。

二人はすぐに動けそうにないし、とりあえず隠れないと………。


クロとイナリが動けないのは仕方ない事だ。

結界を通過した途端、さっきまで全く感じなかったどす黒い気配が肌を撫でた。

まるで悪意の巣窟。

俺だってかなり気分が悪い。

顔をしかめながらちらりと城の上の方に視線を向ける。



、どこから気配がするのか全くわからん。

中に入って初めて感じたこの異様なまでに巨大で、邪悪な雰囲気。

こんなのをじかに浴びたせいで特に感覚の鋭い二人は相当ゾワゾワした事だろう。



……………とにかく、一旦ここから離れないとな。

結界術の使い手が誰とか、このは誰なのかとか考えてる余裕は無い。

俺はすぐさまクロとイナリを抱えて城に不法侵入し、敵に見つかる前にあっという間に姿を隠した。






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