第68話 日出ずる国ジパング(2)






普通なら魚かな?とか、やっぱりファンタジーだなぁ………と感心する所だが、今はそんな事言ってる場合じゃない。

あばばばば………!と震えが止まらない。


あまりにも大きすぎた。

湖のぬしを見た後でも、ドン引きするレベルの巨大な魚影。

少なくとも主の数倍…………いや、見えなかった部分も合わせたら十数倍はあるかも…………!?

急いで船頭から跳び降り、かじを操るシルファさんに向かって大きな声で伝える。



「シルファさん!急いで北方向に───────!」



だが、時すでに遅し。

船の数十メートル離れた海面に巨大な、本当に巨大な魚影が映り、海が盛り上がったと思った次の瞬間。

大量の海水をき散らしながら、巨大な何かが海からゆっくりと姿を現す。

太陽光を反射した水滴がキラキラ輝き、怪物の表面を伝って落ちる。

船を覆ってもなお伸びる影に、船に乗る全員が言葉を失って立ち尽くしてしまう。




『ゴアアアアアアアアアアッッ!!!』




薄れた茶色とオレンジの斑点が全身にあり、一本一本が建物よりも大きそうな鋭い牙。

なのになぜか気だるげそうな瞳の怪物が、見た目通り迫力たっぷりの咆哮ほうこうで大海を揺らす。


こいつがいわゆる海獣ってやつだろう。

にしても聞いてたより巨大すぎないか!?

もっとこう…………一回りか二回り小さいくらいだと思ってた!

まさかの今まで出会った生物の中でも圧倒的過ぎる大きさに、俺とノエル含め唖然として体が動かない。

海獣から垂れた水滴がピトンッと額に当たり、やっと正気を取り戻した。



「っ!」

「ダメです、ご主人様────あべし!?」

「あ」



なぜか海獣はまだ目立った動きを見せない。

この隙を逃さず腰の黒剣を抜いて攻撃しようとすると、真横で固まっていたイナリがはっ!と我に返り、慌てて俺を止めようとした。


しかし間の悪いことにイナリに抱きつかれた俺はバランスを崩し、中途半端に抜いた刀身がさやに引っかかった。

それが滑り、傾いた硬い柄がイナリの眉間にクリーンヒット。

ガスッ!と鳴っちゃいけない音が静まり返った船内に響く。


俺からずる……ずるる………とずり落ち、そのまま額を押えてゴロンゴロンのたうち回るイナリ。

どうやら言葉にならないほどの激痛らしい。


…………………すまん、これは俺が悪かった。

今回は残念キツネになんの非もない。



「マシロさん!この海獣は特定保護海獣として定められているシーベルトです!保護対象なため、討伐は許されていないんです!」

「マジか…………つまり、こいつを殺したら何らかの罪になるのか」

「いえ、そんなに甘くありません。最悪の場合死刑になった前例もあるのだとか…………」

「は!?」



シルファさんいわく、古代から生存し続けている超希少種のため、国が勢力を上げて守り抜いてきた種の一体なのだとか。

こいつを間違えてでも討伐した場合、良くて過酷な未開地に三〜五十年間強制労働の刑らしい。

……………やばい、刑の内容が未知すぎて恐怖しか感じない。


なるほどね。

絶滅危惧種どころか、既に滅びた恐竜と同等…………もしくはそれ以上の扱いなのな。



『ギャオオオオオオオオオッッ!!!』



「んにっ、にげろぉぉぉっ!?」



ガパッ……!とギザギザの牙が輝く口を広げて落ちてくるシーベルト。

あんな巨体に触れたらこの船なんて簡単に壊れてしまう。


全速前進!

風魔法をできるだけ強くし、無属性魔法でなるだけ強度を上げた帆に当ててありえない速度で大海原を駆け抜ける。

海獣がまさかの船の加速に驚くが、ゆるりと海面を進んですぐに追いついてしまう。


体がデカすぎて一歩(?)がとんでもないな………!

まずい、このままだと叩き潰される!


落ちればやつのフィールドである海のど真ん中。

いくら俺でもシーベルト相手(何気に災害級の強さがあるらしい)だと、皆を守りながら陸まで泳いで、かつシーベルトを殺さないようにするとか無理ゲーすぎる。


ギシギシと悲鳴を上げるマストを頑張って保護しながら、ただひたすら風魔法の爆速エンジンで逃げ続ける。

しかし、当然間は広がらず狭まらずの拮抗状態。


これじゃあらちが明かない。

すると、不意にザバァンッ!と豪快な水しぶきと音が聞こえてきた。

何事かと振り返ると、なんとシーベルトが海に潜っているではないか。



「諦めたのか……………?」

「ご主人様!まだです!」




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