3話 トカゲ生活
==生後5ヵ月==
パパンドラゴンの住処の洞窟は、岩肌を背後に控え、前方を清い泉を迎える形で屹立している。
留守番の間。我は畔を闊歩する。
多種多様な生き物が水分補給に訪れているが、我とは目を合わそうとせず、静かに水を飲んでいる。
この泉は森の主……パパンドラゴンの権威の下、暗黙の裡に交戦禁止規定が敷かれ、森の魔物たちの給水所の役目を負う。
つまり、我もパパンドラゴンの面子を守るため、魔物たちを傷つけることはしない。
ーーぐぎゅううぅぅ
腹の虫が鳴り渡る。
体高3Mはある虎の瞳が我を映していた。
しかし何度も頭を振ると涎を垂らしながら森へ帰って行く。
うむ。空腹だろうと勝てない相手には喧嘩を売らない。
その懸命な判断には感心である。
寛大な我は見逃してやろう。
ともあれ。
本日は泉の側の岩場にて、日光浴に興じる所存。 ペッタペタと巨岩に爪を引っ掛けて乗り上げると、一本の線を引く様、うつ伏せに横たわる。
「あ゛あ゛ぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜」
陽射しで鱗が干され、電気が流れたごとく全身が痺れる。
じんわりと心地よい。
体調が整うのに従い、襲ってきた睡魔には抗えず眠りに落ちた。
□■□■□■□■
……カシャンッ……カシャンッ……カシャンッ……
金属的な音により、心地良い微酔から目を覚ました。
不快だ。
辺りは布で覆われ暗く、つるつるとした床材が冷たい。そして酷く揺れている。
「…珍獣………儲……」
「……ロー……」
「…いや…………邦」 「…足が着……ように……………」
うっすら囁き合う声。
少し大きく揺れたとき、差し込んだ光が状態を映し出す。
檻の中。いや、小さな籠の中に入れられ運ばれている。
黒い布が掛けられ、辺りをうかがい知ることはできない。
耳を澄ませると、口論をしているようで段々会話がハッキリと聞こえきた。
「ーーからローゼンタール子爵家に売るのが一番だって、親バカだからこんな珍獣なら即決で買ってくれるだろ」
「でも、もし本当に連邦の特別依頼対象なら最低でも500金貨は固いって」
「う〜ん、外国の依頼を受けると余計な敵を作りかねないですし、ここは貴族へのコネ売りに使った方が……」
屈辱。
どうやら、金目当ての不埒者に捕まったらしい。
尻尾を振り回し、猛る。
檻の格子に齧り付く。
「ギッギ、シイィィいい!!」
「あっ、大人しくしろコイツ!!」
鍵のチェーンを齧っていくと檻が振り回されたようで、上下がぐるぐると回る。
それにも構わず暴れ続けていると、浮遊感と大きな衝撃がやってきた。
「この! トカゲめ!」
「ッギ!!」
檻ごと木の幹に叩きつけられた。格子は歪み、木くずが吹雪く。
前足の付け根に裂傷が走り、血が滴る。
黒布が吹き飛び、賊にまみえた。
動物の耳を備えた男が右手にダガーを構え、他の賊に抑えられている。
「おい!高額依頼なんだぞ!」
「でも連邦なら死体でも買ってくれるって話だろ、どんな生き物かも分んねぇし逃げられちゃ元も子もねぇって!」
「いや、それより神域で流血は不味いんじゃ……!」
ーー雷霆が轟くような音が響き、土煙が辺りを包む。
地面が三度揺れ響き、 静寂となる。
暫くして、煙が収まると周囲は綺麗になっている。
誰一人いない。
綺麗な花々。見渡す限りの樹木。
折れた木などは存在せず、この身に触れていた檻も、賊の姿もない。
見上げるとただ、パパンドラゴンのひび割れた顔が覗かせる。
今まで見たことのない表情だ。
厳めしい顔も素敵である。
ンモ~~と、牛の気の抜けた鳴き声が聞こえてくる。
パパンドラゴンは暫くしてホッとした顔になり。我をゆっくり摘まんで大きな鼻の頭に乗せると、お家に連れ帰ってくれた。
道中すれ違う魔物は皆、ひれ伏している。
き、きもちぃぃ……
ドラゴンとしての誇らしさと、先ほどまでの抑圧感が嘘のような優越感。
パパンドラゴンを一層尊敬してしまう。
いや~~
しかし、幼竜があんなに人気だとは思わなかった。
まさか誘拐犯が出る程とは……
この世界はまともな価値観のあるやつが多そうで嬉しいな!!
おまけに以降、暫くどこに行くにも何をするにもパパンドラゴンが付いて来てくれるようになったので、麗しいその姿を隅から隅まで凝視でき。興奮しすぎて頭が痛くなってしまった。
□■□■□■□■
==生後1年と3ヵ月==
我である。
多少は体が大きくなり1mといったところ。
ドラゴンの幼体として最低限見れる風貌になってきた。
そのためか、最近はパパンドラゴンも1人での遠出を目溢してくれるようになり、今日は少しの冒険として近所の森へ繰り出している。
住処の洞窟を囲む小川を渡り、ちょっとした森林へ出る。
木漏れ日にあたってジンワリして微睡みながら闊歩していると、草藪から翠の三角帽子を被った3頭身の二人組が飛び出し、何かの肉を担いでせこせこと横切っていった。
いい匂いである。
うちの近所はパパンドラゴンがいるからモンスターなど近寄らないが、小川を渡ると岩のゴーレムや蠢いている泥の固まり、生きた石像などを、そこかしこに見ることが出来る。
しかし、
うむ。いっこうに敵意を感じることがない。ドラゴンに歯向かうことの愚かさをわきまえているのだろう。殊勝なことだ。
「くぁあぁぁ〜〜」
生きた石像が台座の上であくびをしている。つられて我もあくびをしていると、辺りに居たやつらは皆どっかに行ってしまった。
てこてこと散歩を再開する。
この辺りは近所に比べると、どんどん木々の背が低く葉も少なくなっていく。森を進んでいると徐々に木漏れ日が多くなり、ポカポカと暖かく、穏やかな気持ちになってくる。
「クルルル、キィィ(あ~、気持ちぇえええ……)」
より明るくポカポカするほうに釣られて歩いていく。
平和だ。
モ~~と、牛の鳴き声も聞こえてくる。
そんな風に時間を忘れて歩いていると、甘い香りと人の声が聞こえてきた。
人里が近いのかもしれないなぁ。なんてのんきに考える。
気付いたら足元がなかった。
「ガアァァァァァァァァァ(ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)」
ドラゴンとして栄華を極めた思い出が、走馬灯として脳裏によぎる。
しかし、短い竜生の走馬灯では、たっぷり6秒はあるだろう滞空時間を埋め尽くすことは出来ない。
これより叩きつけられるであろう崖下を見ると、柔らかなお花畑のクッションに囲まれ鎮座する、石造りの祭壇が無情にも待ち受ける。
…………中空にて。
大きな目を丸くしている少女と目が合った。
銀髪混じりの桃色の長髪を垂らし、花飾りでいっぱいなバゲットの傍ら。
祭壇の前に跪き、こちらを呆然と見上げている。
茫然としていた少女が目を細め、三日月のように口を歪ませ、狂気に濡れた喜色を露わにする。
(イイナァ……我をあがめる巫女にどうだろうか?)
そんなことを考えていると、背中から稲妻の走る様な衝撃を受け、意識を失った。
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