第17話 恋慕
「いいか葵。僕たちは深く愛し合うカップルだ。そこを忘れないように頼む。敵は手強いぞ」
なぜか、二人の親密度を確認する桐生。
「ん?深く愛し合うって・・・・・・まぁ、つき合っている設定だからってこと?
で。敵って誰よ・・・・・・」
小声でぶつくさと呟く葵を、はつらつとした表情で覗き見る桐生。
「何か言った?」
「いいえ、健さん」
作り笑顔で微笑む葵。
「よし。完璧だ。では行こう」
葵はこれから起こる出来事に不安しかなかった。
二人を乗せたタクシーはとある建物の前で停車した。
「ここは・・・・・・?」
「家の病院だ」
噂には聞いていたが、桐生の実家はその街でも有名な総合病院を経営していた。
外観はいわゆる病院とは違うモダンな造りで、周囲を小高い木々と手入れの行き届いた庭に囲まれたそれは美術館といった趣きがある。
葵は、依頼された桐生の彼女の振りをして彼の後をしずしずと歩く。
エントランスでは、コンシェルジュが丁寧にお辞儀をして出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。健さま。お話は伺っております。只今院長先生にご連絡いたします」
「ああ、ありがとう」
「こちらのお嬢様は・・・・・・」
――お嬢様・・・・・・!?私のこと?ああ、心苦しい・・・・・・
「東雲さんだ」
「東雲葵です」
葵は丁寧に頭を下げ挨拶を交わす。
――嫌な予感がする・・・・・・嫌な予感しかしない・・・・・・
吹き抜けのエントランスは天窓から柔らかな自然光が差し込む造りとなっていて、開放的な空間は高級リゾートホテルそのものだ。
ソファーは病院のそれを感じさせない上品なデザインと機能性を兼ね備えている。
壁は柔らかな色目で、落ち着きある雰囲気。これならば長時間待たされても苦痛ではなさそうだ。
葵は、随分と場違いなところに来てしまったと酷く後悔した。
桐生の結婚相手はさぞかし大変だろうと、彼の将来の伴侶に憐みの感情を抱いた。
――それにしても、先程から自分に向けられる視線が酷く痛く感じるのは気のせいだろうか
桐生に気づいた医療従事者の女性たちは、皆黄色い声を上げ色めきたっている。
彼女たちは、葵の存在に気づくと冷たい視線を送っているようにも感じられた。
――さすが次期院長と噂されるだけのことはある。女連れならば気になるに決まっているよね。でもね、違うから!桐生先生には悪いけど、早く家に帰りたい・・・・・・!
「健さま、院長先生は只今会議中でして、少しお待ちいただくことになります」
「では、父には『後程』とだけ伝えてくれ」
二人は病院を後にした。
「疲れたろ?」
「はい・・・・・・とても緊張しました。それにしても、立派な病院ですね」
「そうか?」
葵は、いいところのお坊ちゃんに生まれた彼も大変なのだと感じた。
「それで、これからどこに向かうのですか」
「今日宿泊する宿だ」
葵は、車窓から流れる街並みを目で追った。初めて目にするこの街の、古き良き時代の美しい街並みに胸を躍らせた。
「さあ、着いたよ」
そこは立派な老舗旅館だった。
通されたその部屋は、本館から離れとなった場所。
一泊の値段を想像しただけでも一生 泊まることのない部屋だと、そう感じた。
部屋は、十畳の和室が二間続き、浴室、洗面台、外には立派な日本庭園を望めるプライベート露天風呂が設置されていた。更にその奥にはモダンな洋室が。部屋には大人が三人ゆうに寝られる程の大きなベッドが一つ用意されていた。
「あ、あの、こんなに高いお部屋でなくてもよかったのでは・・・・・・」
「ああ、ここは家が贔屓にしている旅館だ。実家で勝手に用意したから気にしなくていい」
「ですが・・・・・・」
葵は、桐生の両親を欺く自分がこのような待遇を受けることに罪悪感を覚えた。
「好きに使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます。ではそうさせていただきます。先生は、今夜ご実家に戻られるのですよね」
「いいや。ここに泊まる予定だが」
「え・・・・・・!?」
「最初の設定を忘れたか?僕たちは深く愛し合うカップルだと。実家に帰りでもしたら不審に思われるだろ」
葵はフリーズしたまま返事もできないくらい動揺した。
だが、冷静に考えるとここは何部屋もある。別々の部屋で休むことで手を打った。
「夜まで時間があるから、少し観光にでも出かけるか」
その言葉に、葵は瞳を輝かせた。
桐生と観光巡りから戻ってきた葵は、夜の食事会のことをすっかり忘れていた。
想像しただけでも気が重くなったが、食事会迄にはまだまだ時間があった。
「葵、僕は用事を済ませてくるから、それまで寛いで待っていてくれ」
桐生はどこかに出かけていった。葵は部屋でゆったりと寛ぐことにした。
暫く経っても桐生が戻っこない。葵は美しい庭園を眺めると外に足を運んだ。
「ただいま~待たせたな」
葵の姿が見当たらない。桐生はいくつもある部屋を探しまわった。
「葵、どこだ?・・・・・・出かけたか?」
何気に庭の露天風呂を覗いた桐生は、息を呑み言葉を失った。
そこには衣服を脱ぎ始める葵の姿が。
桐生はその光景に生唾をごくりと呑み込んだ。
それはまるで、天から舞い降りた女神の水浴びをこっそり覗き見てしまったような瞬間だった。
逸る心臓の鼓動はドキドキと張りつめ、どうしようもない程高鳴ってどうにかなってしまいそうだった。
光を孕む真っ白な素肌。後れ毛が白い項にかかり妙に色っぽい。
その華奢な肢体には似つかぬほどふくよかで美しい胸に釘付けとなる。
くびれたウエストから丸みあるヒップ、すらりと伸びた脚・・・・・・
エロティックな様に、欲情をそそられる。葵から目が離せない。
葵は桐生の存在にまだ気づいていない。
――俺は何してる?これではただの覗き見じゃないか!
我に返った桐生は葵に気づかれないように、そっと部屋を後にした。
それ時から一時間程して、何事もなかったかのように部屋に戻った桐生は、着替えを澄ませた葵を見てホッとした。
ほんのりと頬を火照らせた彼女に、心臓がドキンと跳ね上がる。
「どうした?頬が赤いぞ」
知っていてもつい質問してしまう悪い男。
「実は先程、こっそり庭の露天風呂に浸かりました。あまりにも気持ちがよかったので、少し長湯をしてしまいました」
――うっ・・・・・・。こっそり見ていたのは僕なのだが・・・・・・
先程の艶めかしい葵の姿が思い出され、やっと鎮まったそれが再び起き出した。煩悩を断ち切ろうと必死に葛藤する桐生。
「そうか、それはよかったな・・・・・・。あ、そろそろ時間だ。行ってみるか」
「ああ、緊張します。ご両親を騙すなんて・・・・・・バレないでしょうか・・・・・・」
「大丈夫だ。僕が何とかする」
葵は桐生の彼女として、彼の家族と食事会に出席することになった。
二人は、ライトアップされた美しい日本庭園を通り抜けると歴史を感じさせる日本家屋に案内された。
ここは、広大な敷地の美しい庭園に懐石料理と温泉が楽しめる老舗高級料亭旅館でもあった。
「君は必要以上に話さなくていい。僕に任せて合わせてくれるだけでいいから」
葵は緊張した面持ちで大きく頷いて見せた。
「お連れ様がお見えになりました」
「どうぞ」
部屋の中から貫禄がある男性の低音ボイスが響いてきた。
料亭の厳かな和室に通された葵は、マナーに従い部屋に入った。
そこには、ロマンスグレーの見るからに気難しそうな男性が待ち構えていた。
「おお、健。久しぶりだな。元気にしていたか」
「ああ、父さんもお元気そうで」
桐生の父親は、葵を値踏みするように見つめた。
「で、こちらのお嬢さんは?」
「父さん。僕が結婚前提にお付き合いしている東雲葵さんです」
――え・・・・・・!?今何て?結婚前提って言った?ただの彼女じゃないの?打ち合わせと違うじゃん!
「おお、例の・・・・・・」
「お初にお目にかかります。東雲葵と申します」
葵は、和室のマナーに準じて畳に手をつき挨拶をした。
どこで身につけたのか、その美しい所作にその場に居合わせた誰しもが彼女に釘付けとなった。
「私は健の父、桐生聡一郎だ。君のことは話には聞いている。まあ楽にしなさい」
そこには桐生似の母親と、若い女性の姿もあった。
二人は案内された席にそれぞれ着座した。
家族の自己紹介が済み、若い女性は桐生の妹ということがわかった。
麻里江は葵を値踏みするようにじっと見ていた。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
あまりにも見るものだから、偽装がバレたのではないかと心配したが、その時は桐生に悪いが開き直ることにした。
食事が喉を通らない。家族から矢継ぎ早に尋問のような質問がなされた。
――手ごわい・・・・・・
桐生のいう敵の意味がよくわかった。
葵は何処まで質問に答えていいか困惑した。きっと、桐生の交際相手にふさわしくないと判断されたに違いない。まぁ、無理もない。
桐生は、質問を上手に交わしていた。いつものことなのだろう、そう思った。
「葵さん、お酒はいける口かな?」
桐生の父親は葵に酒を勧めてきた。
「父さん、彼女はお酒に弱いんだ。あまり無理させないでくれ」
慌てた彼は、父親の機嫌を損ねない程度に取り繕う。
「はい。嗜む程度に・・・・・・」
葵は、聡一郎の酒につき合うことになった。
家族はどこか引いているようにも感じられた。それが意味するのは。
桐生聡一郎は大の酒豪家。酒の席で彼の進める酒を断ろうものならば、血相を変え怒りをあらわにするのだ。
だが、酒に強い彼に敵う者はおらず皆潰されてしまう。結果、彼は不機嫌になる。
それが原因で、過去に辞めていった医師がどれほどいたことか。
今夜の聡一郎はいつもと違った。葵のお酌に頬を赤らめ上機嫌な様子だ。
葵も聡一郎から勧められたお酒を断ることなくつき合った。
――彼女は酒に強いのか?
そう思ったがそうではなかった。葵は、酔っ払いの扱いが上手なのだ。聡一郎に酒を勧められる葵は断らず受け、それ以上に父親を酔わせていた。
酒に酔った聡一郎は自分の考えを相手に押し付ける悪い癖がある。質問しておきながら、意見などされるものならば機嫌を損ねるのだ。はっきり言ってたちが悪い。
「今日の日本人は皆根性なしでけしからん。日本人は平和ボケしすぎている。日本の美ともいえる、武士道やかつて恐れられた大日本帝国軍人のような強い精神はどこへいってしまったものやら。わしは残念でならない。日本は戦争に負け属国に精神までも落ちだのだ」
始まった――。もともと桐生家の先祖たちは殿様に仕えた名のある武士の家系。
時代と共に軍人や医師たちを世に輩出してきた名家でもある桐生家。
その家の跡取りとして生まれた父は、厳格な祖夫に武士道を叩きこまれ厳しく育てられた。
現代人には手ごわい存在でもあった。
「なあ、そう思わないか?葵さん。日本人は駄目な種族に堕ちたものだ」
「父さん、彼女にそのような話は相応しくないと思います」
「わしは葵さんに聞いているんだ。どうだ。どう思う」
葵は何かを試されているようにも感じた。
「・・・・・・私は正直、武士道精神が何たるものか、軍人としての生き様がどうあるべきかはよくわかりません」
その瞬間、家族は凍り付いた。聡一郎は怪訝な表情を浮かべた。
これまで、聡一郎の意見に皆そうだと答えてきた。聡一郎は自分に意見を述べるものが好きではなかった。
「ですが、私が歴史から学んだことは、先人たちの生きた証こそが今の日本を作り上げてきたということです。そこには、国民一人一人に美しくも儚い物語があり。生きるために、愛する者たちを守るために、生きるその様は今も昔も変わらず同じなのだと。生きることは喜びばかりではなく、時に挫折し、絶望を味わい涙することもあったことでしょう。それでも立ち上がり未来を見据えて生きていく。身分や時代背景こそ違いはありますが、子供たちは皆そんな親の背を見て育ち、その精神は受け継がれてきたのだと思います。いつの世も、生きるということはそれなりの覚悟と強い精神力が必要かと・・・・・・日本人のDNAにはそういった先人たちの誇り高き精神が受け継がれているものと、私は思うのです。有事の際に日本人がとった当たり前の行動が、世界中の人たちから賞賛されたように・・・・・・」
葵は、臆することなく聡一郎に自分の考えをしっかりと述べた。
手にした盃をぎゅっと握り絞める聡一郎に、誰しもが恐怖を覚えた。
「よくぞ、言ってくれた・・・・・・!」
難しい顔をした聡一郎の一言に、緊張感が迸る。
「父さん・・・・・・!」
ただならぬ雰囲気に父をなだめようと声をあげた桐生の横顔を見上げる葵。
しばしの静寂が続いた後、再び聡一郎は語り始めた。
「健・・・・・・!いい嫁を見つけたな・・・・・・大事にするんだぞ・・・・・・」
聡一郎はそう言って二人の交際どころか、結婚までも認められた。
「はい!」
桐生は嬉しそうに破顔した。
――本当に君って人は不思議な人だ・・・・・・人の心を惹きつける天才だな・・・・・・
桐生は、葵を柔らかな眼差して見つめた。
さあ、大変なことになった。まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
桐生の家族を欺いている罪悪感に、葵の胸中は複雑だった。
そんな葵の胸の内を知ってか知らずか、麻里江はじっと見つめていた。
それから聡一郎は葵を酷く気に入り、彼女の手を握ってはデレデレする彼は我が嫁のように接していた。
すっかり意気投合した二人の会話は弾み、桐生の入る隙が無かった。
「葵さんは映画は好きか」
「はい。大好きです」
「さすがに、戦争映画は見ないだろうな」
「いいえ。ほとんど見てますよ」
「ホントか?では、あの映画を知っているか」
「はい。ヘリコプターで騎兵隊のような奇襲シーンは圧巻でした」
「そうか!?ならば、あの映画はどうだ?」
「確か、あの撮影のために本物の零戦を飛ばしたのですよね。まだ飛べる零があるなんて凄いことです!」
「ほー!よく知ってるな~」
「これはさすがに古くて、知らないだろう」
「確か、パラシュートが時計台に引っ掛かり、時を告げる鐘の音に難聴になってしまった兵士の話があったような・・・・・・」
「そんな昔の作品まで知っているのか?」
「はい。父が無類の映画好きでして。物心ついたころから見て育ちましたから」
そこは、聡一郎と葵の二人だけの世界となっていた。
父親に嫉妬の感情さえ覚え、桐生は面白くなかった。
「葵、少し庭へ散歩に行かないか」
桐生は、葵を連れ出すことに成功した。彼女は安堵の表情を浮かべた。
強い酒を飲まされた葵は足元がおぼつかず、ふらりとよろめいた。
「大丈夫か」
葵は、桐生に手を引かれライトアップされた美しい庭園を散策した。
「葵、父が手ごわくてすまない」
「いいえ。素敵なお父さんですね。それより、どうしましょう。すっかりお父さんに気に入られてしましました。嘘だとバレたら、それこそ大変です」
「ああ、それか・・・・・・。それならば心配しなくてもいい。しかし、驚いた。猛獣のようなあの父が・・・・・・すっかり君に手懐けられた。信じられない・・・・・・。君はやっぱり思った通りの人だ・・・・・・」
感慨に浸る桐生。
「あの、もう手を離していただいても大丈夫です・・・・・・」
ずっと桐生に手を握られていたことに羞恥心を覚えた葵。
「そう言われると、余計に離したくなくなるな」
桐生は向き直り葵の手を両手でぎゅっと握りしめと、真剣な面持ちで見つめた。
すっかりお酒に酔った葵は、頬を薄紅色に染めてトロンとした目で恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「葵・・・・・・君の離婚が成立したら、僕と結婚してくれないか」
それはまさかのプロポーズ。葵の心臓が止まるかと思った。
「冗談はやめてください!」
「僕は、いつだって本気だ」
「それは・・・・・・できません」
「どうして?」
「私には子供がいます。それに、たとえ結婚していなかったとしても、私はあなたに相応しくありません」
「君に子供がいようがいまいが、僕は気にしない」
「そういうわけにはいきません!」
「葵。僕のこと、好きか嫌いかの二択で答えるとしたら?どっち?」
「・・・・・・嫌いでは、ありません・・・・・・」
「素直じゃないな。それならば、嫌でも好きと言わせてみせるよ」
「えっ!?何を・・・・・・」
突如、葵は桐生の胸に引き寄せられた。ただでさえお酒に酔ってふわふわとした気分のところに、思考が追いつかずただ困惑する葵。
「葵・・・・・・今僕は、君にキスしたい気分だ」
「!?ダメです!」
葵は、桐生から離れようとするもきつく抱き寄せられ身動きがとれない。
「どうして?またどうにかなってしまいそうで怖いのか?」
ふわりと笑う桐生。
「・・・・・・」
葵は怖かった。桐生にほだされていく自分が。いけないとわかっていながら、彼を本気で愛してしまいそうな自分が。
「僕は、君がどうにかなってくれた方が嬉しいが・・・・・・」
桐生は、葵の腰と後頭部に手をまわし彼女が逃げられないように強く引き寄せると、唇を奪った。
「ん、んっ・・・・・・」
葵は桐生の舌に唇を半ば強引に割って押し入られ、舌を絡みとられる。
蕩けるような甘い口づけに酔わされていく葵。口づけがこんなにも心地いいものだったと、彼に教えられた。
桐生の口づけは媚薬のように作用し、身も心も蕩けてしまうような感覚に陥る。
一種の中毒症状にも似たこの感覚の虜となってしまった葵は抵抗できずにいた。
唇を解放された葵は、「ハァ、ハァ・・・・・・」と息を上げ深紅の薔薇に頬を染めた。
彼女の艶っぽい表情に情欲を搔き立てられた桐生は、無言のまま葵の手を引き足早に歩き出した。
「先生?どちらへ?皆のところに戻るのでは・・・・・・」
桐生は部屋に入ると後ろ手にカギを閉め、葵を抱きしめた。
「桐生、先生!?」
桐生は葵を壁に押し付けると唇を奪う。
「んっ・・・・・・」
桐生は、葵の顎を引き上げ唇を重ね合わせながら、唇を優しく挟んだり甘噛みするようなバードキスで彼女を誘惑する。
「君が・・・・・・欲しい・・・・・・ダメか・・・・・・?」
葵の耳元で甘く囁く桐生の熱い吐息と掠れた声音に「あっ」と声をあげピクリと反応してしまう葵。
その反応にまたしても煽られる桐生。
「ダメです・・・・・・」
抗う葵の唇を再び奪う桐生。
甘美なる口づけは蕩けるような濃厚な口づけに変わり、葵は官能的な口づけに身も心も熱く焦らされていく。
桐生は、葵をひょいと抱きかかえ寝室へ移動する。
「先生!?」
彼は、無言のまま葵をベッドに押し倒した。
「いけません!このままでは、後戻りできなくなります!」
「それでいい・・・・・・今は何もかも忘れて、僕だけのことを考えるんだ・・・・・・」
葵の首筋に口づけた桐生は、彼女の滑らかな素肌を舌で捉え、首筋から鎖骨その下に舌をゆっくりと這わせ移動してゆく。
「っ!?ああっ・・・・・・!いけません・・・・・・」
甘い吐息と熱い舌に誘われ敏感に反応する葵は、甘い嬌声をあげ身を捩る。
「君が好きだ・・・・・・この、素肌も・・・・・・甘い香りも・・・・・・すべて・・・・・・」
いつの間にか衣服が脱がされ、露わになった乳房を見て羞恥に駆られた葵は、両手で胸元を覆い隠した。
桐生は葵の両手をベッドに縫い留め、彼女の妖艶な裸体を視姦する。
「お願い・・・・・・見ないで・・・・・・」
葵は桐生の熱い視線から逃れようと、きつく目を瞑った。
「綺麗だ・・・・・・葵・・・・・・愛してる・・・・・・君だけを・・・・・・愛してるんだ・・・・・・」
出会った時からずっと変わることのない、桐生の葵への想い。
桐生は乳房に這わせた熱い舌で、硬く反り起つ頂を舐め弾き吸い付いた。
「はぁっ!あんっ・・・・・・!」
頭からつま先までピリリと電気が流れるような快感に、思わず自分の声ではないような甘い嬌声が上がり身体が大きく仰け反った。
いけないことだと頭では分かっている。
けれど、心が・・・・・・身体が・・・・・・桐生を求めて止まない。
――神様。人妻の身でありながら、不貞を働く私をどうかお許しください・・・・・・。
心のままに・・・・・・桐生を愛してもいいですか
もう誰にも止められない。許されるものならば、今宵だけでも私だけのあなたでいてくれるだけでいい。ただそれだけで・・・・・。
葵は、桐生の背にそっと手をまわしその身を委ねた。
僕の腕の中で、夢と現実の狭間をたゆたう君の陶酔した艶っぽい顔は、僕を煽っているなんてきっと君は知らないだろう。
押し寄せる快感の波に生理的な涙を流し身を捩り、幾度となく僕の名前を甘く囁く君の鈴の音。
僕はそれをずっと聞いていたくて、君が苦しげに喘ぎ啼いてもそれを止めてあげることができない。
ずっと欲しかった君が、今僕の腕の中で恍惚と酔いしれ忘我の境地に
――もう手放せない・・・・・・どうしようもないほど君のことが好きなんだ・・・・・・
君なしでは生きてはいけない・・・・・・
「葵・・・・・・愛してる・・・・・・僕だけのものになれ」
――身も心もあなた色に染められて・・・・・・あなたのことしか考えられなくなってしまった自分が怖い・・・・・・
「許されるものならば・・・・・・あなただけの私で・・・・・・」
葵と桐生は、確かめ合うように何度も何度も愛を囁き、壊れるくらい愛し合った。
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