第9話 幼馴染の弥生は男に対して潔癖気味なんです……。

「なにを朝っぱらから気色の悪い会話をしているんですか?」


 そう話し掛けてきたのは隣席の射干弥生しゃがやよい。切長の目と真っ黒な髪が特徴的な、有り体に言えば日本人形みたいな奴だ。


 敬語で話し掛けてきてはいるが、俺とは昔からの付き合いで、出会った時期だけで言えば三姉妹よりも早い。

 自分で言うのも悲しい話……、俺にとっては唯一の女友達だ……。


「なんだよ、弥生。別に俺は気色悪いことなんて一つも言ってねーだろ。気色悪いのはコイツだけだ」


 驚くべきことに、が俺を指差し、そう言った……。


(マジかよ、コイツ……。状況的に俺の台詞だろ、それ)


「いや、『気色の悪い』のメインは鰐淵わにぶちさんの発言なんですが……。あと、何のつもりか知りませんけど、お願いですから馴れ馴れしく下の名前で呼ばないで下さい」


 鰐淵わにぶちとは友人Pのことだが、そんなことはさておき、弥生が眉を八の字にして、それはもう嫌そうな表情を浮かべている。


 まぁ、親しくもない男に下の名前で呼ばれるのが嫌なんだろう。弥生は男に対して、かなり潔癖気味だから。

 

「あっれ〜? もしかして弥生ってば本気で嫌がっちゃってる感じ〜?」

「…………っ」


 果敢にもPが弥生相手に、おちゃらけてみせるが、結果は惨敗。


 こういうナンパなノリは、男に壁を作るタイプである弥生の神経を、ただただ逆撫でするだけだ。まぁ、壁を作らないタイプである俺の神経も同時に逆撫でしているが。


「……ああ、うん、そっか……。ごめん。次から気を付けるね、射干しゃがさん。……ほんの出来心っていうか、射干さんみたいな可愛い女子と少しでも仲良くなりたいなぁ、なんて……。ホント調子に乗ってました。すいませんっした」


 Pの潔ぎ良さがスゴい……。俺の机に頭を擦り付けて、誠心誠意、謝罪してやがる……。

 少し前の発言が同一人物とは思えないほどのヘタレっぷりだ。


「で、王様ゲームがどうとか言ってましたが、まさかユキさんは家族でそんなことをしているんですか?」


 軽々とPの心をへし折った弥生が、今度は俺に向き直り、ずずずいっと顔を近づけてくる。

 どうやら弥生はこの質問をしたかったみたいだが、そんなもの答えるまでもない。


「弥生。俺がそんなことすると思うか?」

「そうですよね。ユキさんがそんなことするわけないですよね。変な質問して、すいませんでした」


 弥生と俺は幼少からの付き合いなわけで、俺の性格は彼女も十分に承知しているはずだ。

 それでも、わざわざ質問してきたのだから心配症にもほどがある。


(心配せんでも、お前の男友達はPみたいなナンパ野郎じゃないってば)


「謝んなって。そもそも一緒に王様ゲームするような女友達なんて俺にはいないし」

「そうですか……。ですが、エリカさんならやりたがるでしょうし、誘われても嫌ならキチンと断わらないとダメですよ?」


 弥生に言われるまでもない。というか、すでに何度か三姉妹の誘いを断っている。


「当たり前だ。王様ゲームなんてやってたまるか!」


 と、ここで、頭を机に擦り付けたままだったPが復活し、ガバリと立ち上がる。

 急に立ち上がったもんだから、弥生がビクリと驚いていた。


「はぁー! これだから義理の姉妹がいる奴は嫌だわ。その気になりゃ、いつでもヤレるとか思ってやがるんだ。自分はヤリ放題とか勘違いしてやがる! 自惚うぬぼれんなよ? ヤレる時にヤっておかなきゃ、いつかヤレなくなるんだからな!」


「……ヤルヤルうるさいなぁ。変な意味に聞こえるからやめろよ」


(弥生が嫌悪感丸出しの表情になっちゃってるだろうが……)


「うっさい! よし、俺は決めたぞ! 絶対、お前より先に王様ゲームしてやる! そんでもって、羨ましがるお前に散々と自慢してくれるわっ!」

「……ああ、そう。お前の好きにしろよ。別に俺は羨ましがらないけどな」


 ……という会話をホームルーム前にしていたはずなのだが……。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「「「王様だ〜れだ!?」」」


(なぜ、こんなことになってるんだろ……?)


 時刻は十九時。場所は自宅のリビング。机を囲むように俺と三姉妹、そして、弥生。もちろん友人Pはいない。


 なぜ、自宅に弥生までいるのかと言えば、エリカが俺を王様ゲームに誘ってきた時、ついつい「弥生に断れって言われたからムリ」と彼女を断る口実に使ってしまったからだ。


 即座にエリカが電話で弥生を呼び出し、問いただした結果、なぜか弥生の監督のもとに王様ゲームが開催されることになってしまった。


 まさか弥生が許可するとは思わなんだ……。


「あの〜、俺が王様みたいなんだけど……」


 皆が互いに顔を見合わせる中、「おーさま」と書かれたアイスの棒を見つめながら、おずおずと俺は手を上げた……。


 さて、地獄のゲームの始まりだ……。

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