感情の力

 短剣を多賀谷に突きつけながら、降伏勧告をする。


「糞が糞が糞が!なんでこうも上手くいかねえ!」


 多賀谷は、俺の言葉を聞いて悔しそうに地団駄を踏む。


「お前のせいだ!全部、お前が来てからおかしくなったんだ!」


 多賀谷は、急に喚き散らし始めた。

 どうやら、俺のことが相当気に食わないみたいだけど……


「悪いけど、お前の言い分を聞く気はない。大人しく捕まってくれ」


「ふざけんな!誰がテメェなんかに捕まるかよ!」


 多賀谷は俺の降伏勧告を拒否してきた。

 ……仕方がない。


「じゃあ悪いけど少し力ずくでいかせて……うん?」


 力ずくで捕まえて地上に連れていこうかと思ったんだけど、どうにも様子がおかしい。


「……れだ……から?…………い」


 さっきまで騒いでいた多賀谷の声が小さくなり、段々と呂律が回らなくなってきている。


 そして、最終的にはブツブツと何か呟くだけになってしまっている。


「えっと……あの人大丈夫?」


 その様子に、凛が心配そうな顔をしながら俺に多賀谷が大丈夫か聞いてくる。


 そして、そんな凛の声に反応するように、多賀谷はグリンッと音が聞こえそうな勢いで首を動かし、血走った目をどこか虚空に向けている。


「ああ!よこせ!どうせ俺はここで終わりなんだ!なら全部くれてやるから寄越せよぉおおお!!!」


 そして、狂ったかのように叫び始めた。


 なにこれ怖い……


 そんな風に思ってると、多賀谷の体が突然光り輝き始める。


「なっ!?」


「まぶし!」


「きゃあっ!」


「む?」


 俺達は眩しさに目がくらみ、思わず顔を背ける。


 そして、光が収まったと思い、目を開けるとそこには、よくわからない赤いオーラのようなものを纏っている多賀谷の姿があった。


「おいおい……マジかよ」


 俺は、その姿に唖然としてしまう。

 さっきまで追い詰められた時にはあんなものを使おうともしていなかったのに、突然叫びだしたらあれだよ。


 ほんと、わけわからん。


「な、なにあれ……」


「あ、天宮さん、なんですか。あれ」


「これはいったい」


 三人もいきなり変化した多賀谷を見て、困惑した表情を浮かべている。


 そりゃそうだよね。

 俺だって意味がわかんないし。


「あぁ……アァアアッ!!いいぜぇ!これさえあれば!俺はもっと強くなれる!誰にも負けない力が手に入る!」


 多賀谷は、全身に赤いオーラを身にまといながら、ニヤリと口角を上げる。


 すると、多賀谷はステータスを開いてなにかを確認すると、ニヤッという笑みを浮かべた。

 ……なんかまずい気がする。


「お前らクソどもに見せてやるよ!俺の、力ぁぁぁ!【憤怒ふんぬ】!!!」


 多賀谷が、スキルだろうか?なにかの名前を叫んだら突然ボス部屋が、いや、ダンジョンが揺れだした。


「な、なにこれ!?」


「じ、地震!?」


「危ない……!」


 凛は慌てているし、莉奈は狼狽してる。

 杏樹は、なにかを察していたのか冷静にみんなを守ってくれている。


 それに、ダンジョン自体が揺れるのは本当に嫌な予感が……

 というか思い当たるのは一つしかない……!


魔物暴走スタンピードだと!?」


 俺は、つい叫んでしまう。


 魔物暴走は確かこんな風にダンジョン自体が揺れて、次々とモンスターが出現し続ける現象だったはず。

 なんでそんなことが今!?


「ギャハハッ!どうだ俺の怒りの力はよぉ!!!

 この魔物暴走も俺が起こしてやったんだよ!このダンジョンはもう俺のものだ!!!」


 多賀谷の笑い声が響く。

 やっぱりこいつが魔物暴走の引き金になっていたのか……!


 だけどここはまずは--


「三人とも!逃げるぞ!」


「えっ……でも天宮さん!このまま放っておくのは……」


「ダメだ!今はとにかく逃げろ!あいつと今戦うのはまずい!」


 今回の魔物暴走は多賀谷の言うことを信じるんだったら、あいつが引き起こした異常事態イレギュラーだ。

 普通の魔物暴走と違うし、下手なことをすれば被害がもっと拡大してしまうかもしれない。


 そうなれば、俺は片っ端からモンスターを片付ければ助かるかもしれないけど、凛達はそうじゃない。

 凛達のレベルは、無限と言って良いほどに襲いかかってくるEランクモンスターを捌ききれるようなレベルではないんだ。

 しかも変な力を手に入れた多賀谷の相手をしながら?絶対に無理だ。


 だから、逃げの一手を打つのが今は最善。

 幸いにも多賀谷は力に酔っているのか、高笑いをあげているだけだし。


 ……多賀谷がバカでよかったぁ……

 襲いかかられてたら逃げられなかったし。


「天宮さん!?戦わなくて良いんですか!?」


「今は無理だ!それよりも早く地上に出ることを優先する!凛達を守りながら戦う余裕はないからな!」


「うぅ……確かに……わかりました。行こう!莉奈、杏樹」


 俺の言葉を聞いた凛は、少しだけ悔しそうな顔をしながらも、すぐに切り替えて莉奈と杏樹の二人に声をかける。

 そして、俺達は多賀谷に警戒をしながらボス部屋から出て、ダンジョンの外に向かって全力疾走するのだった。


 ……気絶してる二人を引きずりながら。


 ***



「なにこれなにこれー!!!」


「キャー!」


「多すぎ」


「今はとにかく逃げろー!!!」


 俺が後ろをチラッと振り返ると、後ろからオークの大群が追いかけてくるのが見える。


 探索者の資格を取るための講習を受けた時に、ダンジョンが揺れた時点で一回地上に出るように教えられてるし、俺達がボス部屋のある最下層にいたから他の人を巻き込むことはないけど、それでも数が尋常じゃないぐらい多い。


 ……いや、マジで多いよ?

 具体的に言えばオークで通路が結構ミチミチになるぐらいに。


「くそ!多賀谷のやつどんだけ大規模な魔物暴走を引き起こしやがった!」


 Eランクの群れなんて、今の俺なら大したことない強さなのに、それがあんな数になると流石にまずい。

 実力で勝ってても質量で押し潰される可能性もあるからな。


 それに、このまま地上に逃げるわけにもいかないし、なんとかして数を減らさないと……!


「凛達はこいつらを連れて先に行ってくれ。ふん!」


 俺は立ち止まり振り返ると、前方に引きずってた二人をぶん投げて、三人に指示を出す。


 一応あの二人も探索者だし、このぐらいじゃ死なないだろ。多分。


「え!?ちょっと待って!あたしも一緒に戦うよ!?」


「そ、そうですよ天宮さん。一人で戦うつもりですか?」


「私も戦う。一人であの数は無理」


 凛、杏樹、莉奈の三人も立ち止まって、それぞれ武器を構えて、戦う準備をする。


 その一緒に戦うっていう気持ちはめちゃくちゃ嬉しい。

 だけど--


「いや、言い方が悪かったな」


 俺はそう言ってから【アイテムボックス】から龍樹の弓を取り出して、まだ追ってきているオークの大群に照準を合わせて構える。


「俺が言いたかったのは--」


 魔力を1000消費して、【魔法矢】がスキルレベルが20になったことで増えた、新しい効果を発動させる。


「--巻き込まれるから先に行けってことだ……!」


 弓につがえるのは巨大な矢。


 今まで【魔法矢】で作り出してきた矢とは比べ物にならない巨大な矢だ。


 バカデカイけど、それでも龍樹の弓がデカイのもあって充分弦を引ける。

 そして、【魔法矢】のスキルレベル20になったことで新しく使えるようになったのは--


「吹き飛べ!【魔光矢ディバインボルト】!!!」


 俺が射ち放った一撃により、透明だった巨大な矢は眩いばかりの光の奔流となって放たれた。


 それは一瞬にして視界を埋め尽くすほどの光が弾け、まるでレーザービームのようにダンジョン内を駆け抜ける。


 俺が放った【魔光矢】の余波なのか、ダンジョンの床は所々ひび割れ、天井からは砂埃が舞い落ちる。

 そして、砂埃が晴れた時、そこにいたのはオークの姿ではなく、ただの肉片となったものだけだった。


「……ふぅ……」


 使うのは初めてだったけど、案外上手くいったみたいだな。


 ただ、威力が強すぎたせいか、ダンジョンの壁まで壊してしまっている。

 まぁでも、非常事態だしダンジョンの破壊後はそのうち修復されてるから大丈夫だろう。


 そして、さっきの【魔光矢】。新しい俺の力だけどとんでもないな。

 1000MP使うだけはある。


 まあ、威力が高い代わりに光属性が付与されたから、扉とかをすり抜けることは出来なくなった。

 そこは仕方ないと諦めるか。


「天宮さん!凄いです!」


「あ、あんなの見たことないです」


「やっぱりあまみーは強い」


 三人とも俺のことを褒めてくれる。


 実際、今のは俺の出せる最大の攻撃だ。

 あれ以上のものは俺には出せない。


「とりあえずこれでしばらくは安心だと思うから、地上に出ようか」


 こうして、一回オークを殲滅したからか、比較的安全に地上に戻ることが出来たのだった。

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