梟の王

羊相

プロローグ

 元老院、枢密院、真実省、秩序省、仮想省から成り立つ〈軸〉はここ四百年もの間、世界を統治してきた機関である。その体制を維持するため、裏で活動していた〈梟〉機関は未来を予知する力と非凡な膂力を備えた〈梟〉と呼ばれる者たちによって構成された秘密機関であった。殺しや諜報、記録の改竄まであらゆる任務をこなして〈軸〉の毒針として活動していた彼らだったが、戦争の勃発とともに徐々にその存在が公になっていく。


***


 「……今や〈軸〉の統治の妥当性はないのです!」


 〈軸〉を離脱した地域の集合体である独立連合と〈軸〉との戦争が始まってから既に三年もの月日が経過した現在、独立連合支配下の地域は〈軸〉の領土から入ることは不能となっていた。しかし、ポールは密輸ルートから秘密裏に侵入し、この演説を聞く聴衆に紛れ込んでいた。


 数千人以上の聴衆の前で演説をする白髪交じりの中年の男は元々元老院議員であったカント・モスターゴといった。ポールは毒針として彼を殺すという任務を与えられ、この場に居た。ここで暗殺を実行することが含む意味は聴衆の面前で殺すことで戦況が〈軸〉優位であることを示すことだある。


 「独立を認めさせ対等な立場で接することで初めて私たちは自由となることができるのです」


 独立戦争正当化の演説が響き、聴衆はそれに賛同するようにどよめきを起こしていた。ポールは人と人との間を縫うようにモスターゴとの距離を縮めていった。最前列に来るとポールは口に入れた錠剤を嚙みちぎった。モスターゴらが立つ舞台は胸ほどの位置で彼の前にある演説台で顔が途切れて見えていた。ポールは鼓動が高まっていくのを感じながらダガーを握った。そして、サングラスを掛けた護衛の目を隙間から確認してこの任務の成功を確信した。


 ポールは地面を蹴って高く舞い上がり、モスタゴールと同じ目線に到達するとダガーを振った。半円を描いた刃先がモスタゴールの喉を切り裂き、その溝からは脳に送られるはずだった血が噴き出していた。護衛が拳銃をこちらへ向け放った時にはモスタゴールは倒れて喉を抑えながら混濁した意識の中にいた。護衛が放った弾丸を避けて、護衛の腸を切り裂いた。幾人もの人々が叫び、前列にいたものは人を押して後ろへと逃げようとしているのを見ながらポールは逃げ出すタイミングを見計らっていた。


 鼓膜を大きく揺らす爆発音が同時に複数の場所から鳴り響くと混乱が瞬く間に全員へ広がり、逃げようとする人が人を押していた。ポールはその隙間へ入って人混みの中と同化した。人の波に飲まれながらもポールは殺しに対して鈍感になっていっていることを再確認した。今までに殺した人間の顔も声も名前もほとんど覚えていなかった。それでもなお初めて命を奪ったエリザベス・ヒルという人物の顔だけが頭の中にずっと残り続けていたのだ。彼女を殺したのは戦争が始める少し前、標準年399年の出来事だった。

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