第9話 『鮫島海人のアリバイ』

          9.鮫島海人のアリバイ


 時刻は二十三時三十分。


 その場にいる人達にペコリと頭を下げながら自分の部屋へと戻っていく池口琴子を見送りながら勘太郎は、目の前の椅子へと座る新人小説家の山岡あけみと運送業で働く鮫島海人の二人に視線を戻す。


 待つことに痺れを切らした鮫島海人とその後を追ってきた山岡あけみの二人は勘太郎がいる部屋を訪れると、事情聴取の進行具合を聞きまた自室へと戻ろうとしたが、せっかく二人でわざわざ訪れてくれた事もあり勘太郎は二人まとめて事情聴取をする事にしたようだ。


 どこかの海でナンパをしてそうなチャラい姿をした谷カツオとは違い鮫島海人は日焼けのせいか肌の色は色黒で更には肉体は逞しくまさに海で生きる男と言った感じの人だ。


 でも実際は彼も山岡あけみをナンパして今に至っている訳なのだから真面目そうな外見とは違い中身は海で若い女性との出会いを求める行動派の男性なのかも知れない。そんな怪しさ大爆発の彼には当然アリバイはないと思われるので勘太郎はそこの所を追求しながら今日初めて会ったこの笑顔が似合う二枚目の男と、そんな彼に遠慮もなく憎まれ口を叩く新人小説家の山岡あけみの二人にどう話を切り出そうかと少し考える。


 部屋の中にクーラーの音がゴーゴーと響く中勘太郎が始めに声を掛けたのは、黒い短髪がよく似合う鮫島海人からだった。


「鮫島海人さん、俺とは今日初めてお会いすることになるのですが、今日一日は一体どこの海で泳いでいたのですか」


「あの有名なハート岩があるイキヅビーチ付近で泳いでいたんだよ。出かけたのは午前の八時くらいだ。まああの辺りは遊泳禁止らしいが、俺は泳ぎにはかなりの自信がある。そして毎年このあたり周辺の海の海岸付近はシュノーケリングで楽しんで来たからあえて俺は泳いでいたんだよ。それに遊泳禁止と言うことは手づかずの自然が海の中で見れて海の生き物も豊富にいるということだろう。つまりは生態系が他のビーチよりも断然にいいということだ。だからこそその危険と隣り合わせな冒険とまだ見ぬ神秘的な出会いが待つ海に挑戦するのが物凄く楽しいんだよ!」


 そんな危険極まりないいかれたことを話す鮫島海人にあきれ気味の山岡あけみの声が飛ぶ。


「遊泳禁止と書いてあるんなら泳ぐことができないじゃない。つまりそこは波も高いし海流の流れも速いってことよね。もしかしたら危険なサメもウヨウヨいると言うことなのかも知れない。そんな所で丸一日かけて泳いで遊んでいただなんてあんたどうかしているわ。しかも探偵さんの目の前でよくそんな事が言えたわね。もう少し自分の行き過ぎた行動を反省して自重しなさいよ!」


「そう言われてもね。それにあそこを遊泳禁止にしたのはあのあたりを開発する為らしいぜ。噂ではあの辺りに大きなホテルが建つという噂だからそれが原因じゃないのか」


「ホテルが建つんですか」とすかさず勘太郎が口を挟む。


「ああ、話ではそうらしいぜ。いつ着工するのかはわからないがな」


「なるほど、つまり鮫島海人さん、あなたは今日の八時頃にペンションを出て、イキヅビーチ付近で休憩をしながら海でシュノーケリングをし。そして散々暗くなるまで海を満喫してから再びこのペンションに帰ってきたと言う訳ですね。してその帰ってきた時刻は……?」


「帰宅は二十一時三十分くらいだったかな。その時間にレンタカーでペンションに帰ってきたぜ」


「そのアリバイを証明してくれる人はいますか」


「俺は今日一日イキヅビーチ付近でズーとシュノーケリングをしていたが、俺が海で泳いでいる姿を見たという人は多分誰もいないと思うぜ。さっきも言ったようにイキヅビーチは遊泳禁止区域だからな。本来遊泳は禁止だし、ハート岩や海を見に来た旅行者もいなかったと記憶しているぜ。まあ今日の朝早くからこの池間島から出入りする車の数も警察の意向で制限されているみたいだから、俺たち以外に観光客がいないのはそれが原因かも知れないな」


「目撃者がいないと言うことは、鮫島海人さんにはアリバイがないと言うことです。なのでこのままだと容疑者にされても仕方がありませんよ」


「あ、でもこのペンションにいる関係者なら逆に俺は確かに見たぜ。午後の十五時三十分くらいにイキヅビーチ付近を自転車で走行して行く流山改造とか言う奴の姿をよ。俺はその時海岸で休んでいたから路上付近を走る奴をたまたま見かけたんだが、あの姿と出で立ちはペンション内で朝飯を食べている時に何度も見た、奴に間違いはないと思うぜ」


「十五時三十分にイキヅビーチ付近で自転車を走らせる流山改造の走行現場を目撃したと言うわけですね。その話が本当なら十五時三十分にイキヅビーチにいたという流山改造さんのアリバイが成立しますね」


「そ、そうなのか。よくは分からないがとにかくだ、俺にはアリバイが無いと言うことだ」


(そう堂々と自分の不利を言われてもなあ)


 堂々と自分にアリバイがない事を明かす鮫島海人の大胆さに真っ直ぐな性格の人間なのか、それとも自分にアリバイが無いことが逆に有利に働く思惑でも計算高く画策されているのか、その真実を見極める為に勘太郎は更に質問を続ける。


「午前の八時から午後の二十一時三十分まで鮫島海人さんを目撃した人は誰もいないとのことですが、レンタカーでペンションに帰って来てからはどこで何をしていましたか?」


「どこって二十一時三十分にペンションに帰って来てからは大広間で夕食を食べていたぜ。そこで山岡あけみとバッタリ会って、今日までに起きた事件の事を聞かされて物凄くびっくりした事を覚えているよ。何日か前にも花間建設株式会社の社員三人がこのペンションと海で立て続けに死んでいるから物凄く不気味とは思ってはいたんだが、まさかまたこのペンション内で人が死ぬとは思ってもみなかったぜ」


「そうですね、痛ましい事件ですよね。こんな不可思議で不気味な事件はこの辺りの人達はそう巻き込まれる事は無いでしょうから、こんな意味の分からない事件に巻き込まれてしまったことは不運だと思いますよ」


「そしてその直ぐ後に大栗静子さんとかいう中年のおばさんが来て軽い世間話をしていたんだが、なぜかその会話の流れからこの島に伝わる人魚伝説の話をいきなりし出してこれはかなりやばいおばさんに捕まってしまったと隣にいた山岡あけみと顔を見合わせて苦笑いをしていた事が今も頭をよぎるよ。あれはほんと苦行だったぜ」


「あ、その気持ちなんとなく分かります。俺の知り合いにも熱血でくどい女性の刑事と、理屈屋で上から目線で話す冷淡な探偵助手がいますからね」


「そう俺達は内心かなりうざい気持ちになっていたんだが、この海での伝承や昔話を頻りに話すと言うことはやはりあのおばさんはかなりのホラー好きと言うことなのかな?」


「なんでそう思うのですか」


「なんか人の話だとあの大栗静子とかいう人は、事あるごとに人を捕まえてその人魚伝説の呪いの話を吹き込んでいるらしいんだよ。ていうか俺も山岡あけみも地元は沖縄だし、このペンション内にいる人達も大体はこの沖縄周辺の出身なんだからそうくどくどと人魚伝説の話をされても正直うざいだけなんだけどな。まあその話の中に出て来る海を汚してはならないという教訓の落ちには勿論賛同はするけどな。俺もこの島の海は大好きだからその海の大切さを旅行者に伝えるという意味ではあの人魚伝説は有効なんじゃないかな。でもまああの話は怖すぎるから逆にその話を聞いて宮古島に観光客が来なくなったらそれはそれで大問題だけどな」


「その大栗静子さんが語る人魚伝説の話を鮫島海人さんと山岡あけみさんが共に聞いていた時刻は二十一時三十分から二十二時の……三十分の間という訳ですね」


「ああ、その後は俺に夕食を出してくれた隣の別荘にいる大島豪という人が大栗静子さんに車はだせないかという話をして、大栗静子さんは二十二時くらいに席を立ったと記憶しているぜ」


(ん、その話、なんだか可笑しいな。話が少し違っているぞ。確か料理人の岩材哲夫の話では自分のワゴン車が謎のパンクでだせない事に悩んでいたらそこに大栗静子がたまたま通りかかって、まだパンクをさせられていない自分の車で海岸にいる俺達を迎えに来てくれたはずじゃなかったかな。でも今の話だと、赤城文子刑事から直接電話を受けた大島豪さんがわざわざ大栗静子さんの所まで来て海にいる俺達の迎えを直接頼んでいる。岩材哲夫ではなく、大島豪さんがだ。ちょっとした話の矛盾だがなんだか気になるぜ)


「今の話だと夕食を鮫島海人さんに運んできたのも大島豪さんとの事ですが、岩材哲夫さんの姿は見なかったんですか」


「岩材哲夫……ああ、あの厳つい顔の料理人か。さあな、そう言えば見なかったな。まああの料理人と隣の別荘にいる大島豪さんとは仲がいいらしいし、料理人の方は厨房で食材の仕込みでもしていたんじゃないのか」


「それでその後はどうしましたか」


「夕食も食べてかなり眠くなってきたからいい加減部屋に戻ってもう寝たいと言って山岡あけみとは食堂で分かれたんだが、その三十分後に山岡あけみが俺の部屋を訪れて、警察の意向で探偵から俺達に対する事情聴取がこれから始まるらしいから呼ばれるまで部屋でおとなしく待機をしているようにと彼女に言われたんだよ。だから仕方なく山岡あけみに言われるがままにしばらくは部屋でおとなしく待っていたんだが、あれからもう既に一時間は経っているし、なんの音沙汰もないから堪らずここまで様子を見に来たと言う訳なんだよ」


「そうでしたか、それは大変申し訳ないと思っています」


 勘太郎が自分達に向けて頭を下げる仕草を見ながら、鮫島海人が淡々と思いを話す。


「しかし……大栗静子か。あの大島豪の頼みを聞いていたと言うことは、あの人もまさか南の海の自然を守る会の会員の一人じゃないだろうな。やたらと人魚伝説の話もどこかの宗教の説法のように積極的にしていたからな。話ではこの沖縄県の周辺だけでもその会員数は数万人を超えるとの話だ。それだけみんな地元愛が強く海に関わる職業の人が多いということだ。なぜならこの周辺は皆海に囲まれた島国だからな」


「数万人だって……俺が聞いた話では三千人くらいだとの事ですが」


「それはこの宮古島だけの話の人数だぜ。そして当然この池間島にもその海を守る会に所属をしている会員はかなりいると言うことだ。まあ今現在はこの宮古島でも池間島にレジャー施設を建てる賛成派と反対派とで意見が割れているとの事だが、あの大島豪とか言うおじさんはその反対派で、その会長を務めるくらいのかなりの大物らしいとの噂だぜ。まあ見た感じはどこでもいそうな冴えないおっちゃんだがな」


「大島豪さんはそんな有名な大物だったのか。ただの小さな自然を守る団体の会長だから市民レベルの団体なのかと思っていたんだが、まさか沖縄の海全体に影響を与えるほどの大きな自然環境団体の会長だったとは正直予想外だったぜ。と言うことはその会長自らがこの池間島に来て花間敬一社長にコンタクトを求めてきていると言うことなのか。なんだか大胆で中々の行動派の人じゃないか」


「そうみたいだな、出なかったらその旧友でもある岩材哲夫が今現在働いているペンションにわざわざ出向いて頼み込んで、カウンターの手伝いとして潜入とかまずしないだろ。どんだけ今回のレジャー施設開発の着工を停めたいんだよ。その宮古島の海を愛する熱い情熱にはさすがに頭が下がるがな」


(海を守ろうとする熱い情熱か……まるで死伝の雷魚のようだな。恐らく今回の事件の動機もこの池間島周辺に作ろうとしているレジャー施設に大いに関係があると思われるから、その俺が考える容疑者候補はこんな感じかな。この南の海を深く愛している人達は、大栗静子……大島豪……岩材哲夫……古谷みね子……谷カツオ……そしてペンションに帰ってくるまでのアリバイのないこの鮫島海人にも要注意ということだな。小説家の山岡あけみに関しては少なくとも鮫島海人や大栗静子との関わりはあるようなのでアリバイは成立している物と思われる。まあこの三人がグルなら犯人になり得る可能性は充分にあるとは思うのだがな。そして花間建設の社長の花間敬一。その娘の花間礼香。政治家の金丸重雄に。今現在行方不明になっている流山改造。そしてユーチューバーの池口琴子を入れた五人が今回のターゲットという可能性も充分にあるということか)


 勘太郎はその心配する不安を別の所にも向けて更に何気に思いを巡らせる。


(それにしても、赤城先輩は警察官の沼川英二巡査を見つけて池間漁港に無事に行けたのかな。それに今現在も行方不明だとされる流山改造の行方と安否も非常に気になるところだぜ。何事もなく無事ならいいのだが……)


 そんな事を思っていた勘太郎だったが、必死の捜索も空しく結局流山改造は見つからずに一晩が過ぎてしまう。


 因みに余談だが警察官の沼川英二巡査はなぜかこのペンション内の空き室のベットでスヤスヤと寝むっており、その場を発見した赤城文子刑事に直ぐにたたき起こされたとの事だ。


 彼の話では二十一時くらいにペンションに来て軽めの夕食を食べながら赤城文子刑事の姿を探していたとの事だが、お代わりの水を持ってきた大島豪の話で赤城文子刑事達が現在行方不明の高峰やすし工場長と宣伝部長の菊川楓の失踪の件でフナクスビーチ側に向かったと聞き、自分も夕食を食べたら直ぐにでもフナクスビーチ側に向かおうと考えていたらいつの間にか眠っていたとの事だ。


 食事中にトイレに一回は行っていたとの事なので、その間に誰かに睡眠薬を入れられた可能性は充分にある。そして沼川英二巡査が眠った所をこのペンション内にある障害者用の車椅子に乗せられて速やかに人がいない空き室へと運ばれたのだとそんな結論に至る。


 沼川英二巡査が夢遊病でない限り、寝ている彼を空き室まで運んだ人物が必ずいるからだ。

 

 勿論残念な事に目撃者は誰もいないので一体誰が眠っている沼川英二巡査を部屋まで運んだのかは当然知らないままだ。だがこのペンション内にその運んだ犯人がいると言うことだけは確かなようなので狂人側が次の行動に移る為にまたその殺人計画を着々と練っている事だろう。


 そしてそんな思惑溢れる二日目の朝を迎えた時、また不可解な人の死が連続して待ち構えている事を、椅子でうたた寝をしている勘太郎はまだ知るよしもなかった。

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