白い羊と黒鉄の探偵。死伝が巣くう島

藤田作磨

第1話 『白黒探偵、宮古島に到着する』


         1.白黒探偵、宮古島に到着する。


 8月25日。時刻は十二時丁度。


 空は晴れやかな青空が広がり、真夏の熱い風と照りつける熱波が周りの海と山々を激しく照らす。外に遊びに行くにはまさに最良なこの時期と時間、黒鉄探偵事務所を経営している(黒一色のダークスーツに身を固めた)所長の探偵、黒鉄勘太郎と、その優秀な(白一色の服装に、顔には精巧に作られた白い羊のマスクを被る)助手でもある羊野瞑子の二人は沖縄の空港から更に乗り換え宮古島空港に降り立ち、何故か脇目も振らずにそのまま北側にある池間島に来ていた。


 現地に着くなりもう既に宮古島空港で待っていた警視庁捜査一課特殊班の赤城文子刑事は勘太郎と羊野の姿を見つけると挨拶もそこそこに直ぐに車へと乗せ、赤城文子刑事が運転する車でその場を後にする。


 その勢いのままに三人が乗る車は池間大橋を通り、池間島の丁度中心部にある目新しい外壁が目立つペンションに連れて来られると、まるで急かされるかのように赤城文子刑事に車から無理やり降ろされる。


 だがそんな外の日差しはかなり熱い。


 そのペンション内に誘われるがままに大広間に入った白黒探偵の二人は現地に着くなりいきなり見せられた状況と行き詰まった展開に思わず唖然とする。なぜなら勘太郎と羊野はこのペンションに連れて来られた時点でもう既にとある殺人事件に巻き込まれてしまっているからだ。


 勘太郎は警視庁を通じて急遽宮古島に来るようにと呼びつけられた理由をなんとなく想像しながらも確認のために恐々とその経緯を聞く。


「赤城先輩、もういい加減に教えて下さいよ。【訳は現地に着いてから話すから今は黙って宮古島の空港に羊野さんと共に来て頂戴。これは警視庁からの依頼であり命令よ。もしも臆病風に吹かれて来なかったら、勘太郎……お前を後でぶっ殺す!】とかかなり横暴で理不尽な事を電話で言っていましたが、一体何があったんですか。俺と羊野が急遽この南の地に呼ばれたと言う事は、まさかまた【奴ら絡みの】事件か何かですか」


「まあ、そういうことよ。いや、違うかも知れないけど……」


「え、どっちですか!」


「時間が無いからここがどんな所かという状況説明と過去にここで起こった事件の経過と、今現在起きている事件の事を簡単に説明するわ」


「よろしくお願いします」


 勘太郎と羊野が見つめる中、警視庁捜査一課特殊班の赤城文子刑事は真剣な顔をしながら今回起きている事件の説明をする。


「この事故にも、そして事件にもなり得る可能性のある不可思議な事件は六年前から定期的に続いているわ。その間に発見されている被害者達の死体の数だけでもざっと二十五人は死んでいるわ。そして不思議な事にこの事件で共通する事はなんの前触れも無くいきなり起きる突然死と、島の外にある海でみんな溺死をしているという点よ。そうこの事件に関わる関係者達は皆この沖縄諸島に伝わる人魚伝説の呪いに導かれ、そしてその死の因果がまるで伝染して行くかのように皆が次々と死んでいくと言われているわ」


「人魚の祟り、伝説、なんなんですかそれは? 不可能犯罪を掲げる悪の秘密組織・円卓の星座の狂人達の新たなトリック犯罪に関わる挑戦状を受け、その事でまた俺達が呼ばれたんじゃないんですか!」


 その勘太郎の当然とも言える質問に赤城文子刑事は不安めいた顔をしながら何気に首を傾げる。


「多分、円卓の星座の狂人が絡んだ事件に間違いは無いとは思うんだけど、何かが可笑しいのよね。いつものようにその被害者達を死に戒める動機がないし、今までに死亡した被害者達にはなんの特徴も接点もないからよ」


「でも円卓の星座の狂人達は殺し屋的な側面や快楽殺人的な事をする奴も中にはいるじゃないですか。なら今度も闇の依頼人がいて、その殺しの依頼で動いているんじゃないんですか。それなら闇の依頼人に人を殺す動機はあっても、その殺しを遂行する狂人側には当然殺す動機はないですからね。まあ敢えて動機があると言うのならお金の為ですかね」


「確かにそうも考えられるけど、問題はその殺しがこの宮古島だけでは無く伊良部島や沖縄諸島全体にわたっていると言う点よ。そのこの狂人の殺しは南の島に関わる地域限定なのよ」


「地域限定ですか。これまた北海道の山の頂上にいた狂人・白面の鬼女もそうですが最近やたらと地域限定の狂人が多くはないですか。自分のテリトリーからはテコでも動かないというか。殺し屋稼業をするにはなんだか範囲が狭すぎますね。それに日本全国には動いてはいないみたいですし」


「それだけこの狂人は南の島の海に関わる殺しにこだわりを持つ人物なのでしょうね。でもまあこの一連の事件が本当に円卓の星座の狂人が絡んでいる事件ならの話だけどね」


「今回この事件には円卓の星座の狂人は関わってはいないかも知れないと、そういいたいのですか。ならここで起きている事件の概要を俺達に詳しく教えて下さいよ。一体何が起きて俺達は急遽この南の島の果てまで呼ばれたのかを」


「ええ、ここからが本題よ、今から説明するわ!」


 そう言いながら赤城文子刑事は今回この池間島周辺で起きている不可思議な事件の事を淡々と話し出す。


「この宮古島の北西にある池間島は周囲が十キロで、人口が六百人くらいの自然溢れる小さな島よ。名産品は鰹節が有名で観光客がよくお土産に買っていくみたいだし、綺麗な珊瑚の海に囲まれているからシュノーケルスボットとしてもかなり有名みたいね。地域で特色のある宮古島蕎麦や新鮮な海鮮料理なんかもリーズナブルな値段で食べられて、ゆっくりと海を満喫するにはいい観光スポットよ。そして今現在私達がいるこのペンションの建屋がある場所はその池間島の丁度中心部くらいにあり、人が余り住んでいない場所よ。南側にある町が密集している漁港からはそれなりに道は遠いけど、ペンションの直ぐ傍には野鳥の生息地が観察できる自然に囲まれた池間湿原があるわ」


「なるほど、ここが一体どんな所なのか、大体の事は分かりました。それで肝心の事件の方は一体どのような内容の物なのですか?」


「このペンションは花間建設の社長、花間敬一の別荘でもある建物なんだけど、普段は管理人がいて、この池間島に来る旅行者に格安で宿を貸しているらしいわ。まだ出来て三~四年くらいしか経ってはいないからペンションの内装も家具も中々に小洒落てて綺麗だし、しかも現地の料理人を雇っているから料理にも力が入っていてかなり人気があるわ。そんな池間島周辺なんだけど、最近三名ほど不可思議で不可解な死に方をしている人達がいるのよ」


「不可思議で不可解な死ですか?」


「ええ、三名とも海にまるで吸い寄せられるかのようにして死んでいるらしいわ。一人は深夜にペンションの部屋の前で別れて、その翌朝には気がついたら北の方角にあるフナクスビーチ側の梅で死体となって浮かんでいる所を発見されているわ……そしてまたある人は、ペンションのお風呂場で入浴している時に行き成り突然死をし……またある者は、誰にも引っ張られてはいないのに海のある崖下にまるで吸い寄せられるかのように被害者が自ら落ちていくのを見たと言う目撃者もいるわ。その人の話によれば、その被害者が落ちた崖の傍にはまるで魚の頭をそのまま被ったかのような(見た目は半魚人のような)異形の者が不気味に佇んでいたとの事よ。そんなけったいな不気味な姿形で自分の正体を隠しながらも自己主張をする奴らと言えば、それってつまりはあの組織が絡んでいるかも知れないと言う事よね。そう思っていたんだけど、今回はいつもと何かが違うのよ!」


「今回はいつもと違うですか。でも今回は……あの円卓の星座の狂人がこの事件に絡んではいないかも知れないとなぜそう思うのですか。この世に本当に半魚人のような生物がいるかどうかは分からないけど、その怪物の姿を模倣した殺人犯は現実にいるかも知れない。そうあの不可能犯罪を掲げるあの犯罪組織なら……その構成員でもある円卓の星座の狂人達なら、今回の事件を引き起こすそんな不可思議な事も出来るかも知れない。だからこそ俺達は赤城先輩、あなたにわざわざこの地に呼ばれたんですよね。でなかったら俺達がこの地に呼ばれることはまず無いでしょうからね」


 そんな勘太郎の言葉に赤城文子刑事は目の前にいる二人の白黒探偵をマジマジと見る。


「円卓の星座の狂人達が暗躍する不可思議な事件に唯一関わる事のできる、人の運命すらも揺るがす狂人ゲームに唯一参加をする事が許された、日本国の偉い人達が認めた特別な探偵、人呼んで『白い羊と黒鉄の探偵』……そう呼ばれているあなた達二人を呼んだのは確かにこの私よ。今回のこの事件に円卓の星座の狂人が絡んでいるかはまだ分からないけど、その事件の概要はあまりにも不気味だし何だか非常に背筋が寒くなる程に怖い物を感じているわ。でもあなた達を呼んだのは私の意思じゃないわ。あなた達を呼べと命令したのは他ならぬ警視庁の上層部の人達よ」


「え、上層部ですか。でもこの話の流れじゃ今回は円卓の星座側から警視庁宛に狂人ゲームへの挑戦状はまだ届いてはいないと言うことですよね」


「ええ、挑戦状はまだ届いてはいないと思うわ。挑戦状はまだ届いてはいないけど、警視庁の上層部の方からハッキリと命令があったわ。今すぐに白い羊と黒鉄の探偵を沖縄諸島の一角にある池間島に呼んで、今回の事件の捜査を徹底的にさせろとね。ねえ、あの円卓の星座の狂人が絡んではいない事件のはずなのに可笑しな話でしょ?」


「確かにそうですね、円卓の星座の狂人が絡んでいるのかまだ分からないこの状態で、俺達が急遽呼ばれるだなんて確かに可笑しいですよね」


「でも警視庁側があなた達を呼ぶに辺りもう既に厳しいルールが言い渡されているわ。それはあなた達がここに来た時点でペンションの建屋にいる人達は誰一人としてこの池間島からは決して出られないという縛りよ。そしてこのよく分からない縛りが終了するタイムリミットは今から三日後よ」


「警視庁側がですか……これはまるで円卓の星座の狂人達がいつも出している狂人ゲームをする上でのルール規則みたいじゃないですか。て言うか俺達は一体誰と戦うんですか。まさかその正体不明の半魚人と狂人ゲームをするんじゃないでしょうね。と言う事は、やはりこれは円卓の星座側が警視庁側を巻き込んだいつもの狂人ゲームなのか。だとしたならばなぜその事を、挑戦状が届いた事を警察の上層部の人達は俺達に何も言わないんだ。謎だ。一体警視庁の上層部はなにを考えているんだ?」


「さあ、上の人達が考えていることは私にも分からないわ。なにか円卓の星座側と今回の狂人ゲームを秘密裏にする上での条件を警視庁側が敢えて結んだと言う事なのかしら?」


「それで、こちら側の勝利条件は……」


「このペンション内にいる人達をできるだけ多く守り抜く事よ。因みに火薬を使った銃火器のような武器での武装や所持は当然認められないわ。だから私も今回拳銃は持ってきてはいないわ」


「そうですか。ちくしょう、そうと分かっていたら事務所から黒鉄の拳銃を持ってきていたのに。丸腰じゃあの恐ろしい狂人達と相まみえるのは流石に気が引けるぜ」


「大丈夫よ、私もできるだけバックアップはするし、川口大介警部と山田鈴音刑事も見えないところで手助けをしてくれるはずだから」


「あの人達も来ているんですか!」


「ええ、円卓の星座の狂人が絡む事件には当然来ているわ。だから大船に乗ったつもりで捜査にいそしんで頂戴」


「やっぱり心のどこかでは、この事件には円卓の星座の狂人が絡んでいると思っているんですね」


「勿論その可能性は考慮に入れているわ。だからあなた達を呼んだんじゃない」


「でも今回のこのルールの条件は狂人側には明らかに不利ですよね。狂人側の勝利の条件は、このペンション内にいる全ての旅行者や関係者達を一人残らず皆殺しにする事ですよね。それも経ったの三日間で。でもそれは俺達が来た時点でもう既に不可能なんじゃないかな。当然俺達も厳重に警戒はするし、いくら今回の狂人がかなりの手練れで、まだ誰も知らない殺人トリックで被害者達を殺そうとしてもそれはかなり難しい事だと俺は思うけどな」


「それだけ今回の狂人は自分の操る殺人トリックに絶対的な自信を持っていると言う事よ。そして分かっているとは思うけど、このゲームから逃げたり、ルールを破ったり、勝負に負けたりしたら、いつものようにそのペナルティーとして、この日本中にいる人達が円卓の星座の狂人達の宣言通りに無差別に何十人も殺されると言う事よ。つまりこの狂人ゲームの勝敗には人の命が掛かっていると言う事。それを踏まえて捜査にいそしんで頂戴!」


「もう、毎度の事ながらその言葉がかなりのプレッシャーなんですよ。また今夜も眠れないじゃないですか」


「寝ている暇は無いわよ。この三日間は不眠不休で事に当たりなさい!」


 かなり興奮しているのか熱血気味に話す赤城文子刑事から視線をそらした勘太郎はテーブルに出されてある麦茶を一気に飲み干すと隣に座る羊野瞑子に話を振る。


「おい、ここに来てからまだ一言も喋ってはいないが、お前の意見を聞かせてくれよ。過去にお前が所属をしていた昔のお仲間に、この沖縄諸島周辺で活動している狂人はいるのか?」


「のっけからいきなりそれを聞きますか」


「ああ、何か知っていたら、是非とも聞かせてくれ」


 その勘太郎の質問に隣にいる羊野は、かなり体全体が暑いのか精巧に作られた白い羊の被り物を額まで掻き上げると、ひんやりとした冷却シートで火照った顔を頻りに冷やす。だが必死に催促をする勘太郎の姿勢に急かされた羊野は仕方がないとばかりに溜息をつきながらつい最近知り得たばかりの情報を話し出す。


「フゥ~っ、まあいいでしょう。過去に私が円卓の星座の狂人をやっていた時はそんな地域限定の狂人はまずいなかったと記憶しています。ですが今回私が仕入れたある闇の人達から聞いた情報によれば、今回円卓の星座側から初顔の狂人が幾人か私達に刺客として差し向けられているそうです。でも六年前からこの沖縄諸島全体の島々の海で人知れず不可思議な人の死を敢えて演出していると言う事は、この異常な殺人犯もまた円卓の星座の創設者でもある狂人・壊れた天秤にスカウトされ、そしてそのまま悪の極みへと導かれた者の一人と言う事になりますね。なんでもその狂人は人を思いのままに海へと誘導し、その人魚伝説の呪いの力で人を溺死させたり、陸でも突然死をさせる事が出来るのだとか」


「当然その狂人の二つ名は知っているんだよな。ならその二つ名を教えろよ」


「そんな訳で南の島周辺に出没するそんな可笑しな異形の姿形をした狂人は私の知り得た情報では一人しかいませんわ。人をまるで海の呪いに掛かったかのように次々と死を伝染させていくその不気味な巧妙さから、この狂人はこう呼ばれているそうですよ。円卓の星座の狂人が一人、狂人・死伝の雷魚……それが今回私達が戦う狂人の二つ名ですわ!」


「円卓の星座の狂人……死伝の雷魚か!」


 冷や汗を掻きながらも天井を見上げた勘太郎は、その未だかつて無い不気味な未知の恐怖に物凄い不安を覚えるのだった。


 そしてこの時を期に、不可能犯罪を掲げる悪の犯罪秘密組織、円卓の星座が秘密裏に主催する狂人ゲームが今まさに始まろうとしていた。

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