シーン10 話を聞いてください


青年を挟んで深呼吸を繰り返すナースと占い師。頭を抱えてしゃがみ込む青年。それはまるで、何かの儀式が行われているようにも見える光景である。


そこへ警官が息を切らしながら走って戻ってくる。


警官  ああ…!よかった…!ハァ…。ここに居ましたか…。


青年  お巡りさん…!


素早く警官の背後にまわり、背中にしがみついて隠れる青年。


ナース アァ…!


警官 (青年に)おやおや。どうしました、あなた。そんなに取り乱して…。


青年 お巡りさん、助けて…!助けてください…!


ナース 待って…!落ち着いてください…!血圧が上がってしまいますから‥!


警官  ハァ…?


占い師 お巡りさん、気を付けてください!その方、なにをしでかすかわかりませんよ!


警官 (振り返って)ええっ!?


青年 (手を離して)いや…!何もしませんよ、僕は…!何もしません…!


占い師 危険ですよ!早く離れてください!その方、普通じゃないんです!


青年  待って…!お願いです、お巡りさん…!僕の話を聞いてください…!


混乱の中で冷静を取り戻そうとする警官。


警官  まあまあ、みなさん落ち着いて。お話はひとりずつお願いしますよ…。(青年に)大丈夫ですよ。ちゃんとお聞きますから、ね。落ち着いて…。(占い師に)あなたもですよ。まず、あなた誰なんです。


占い師 その方、わたくしのことを詐欺師扱いするんですのよ…!


青年  そこまでは言ってませんよ…。ただ、ちょっと注意しようとしただけじゃないですか…。


占い師 まあ。わたくしの仕事の邪魔をしておいて、よくそんな風に言えますわね。(ナースに)ねえ、そうだったでしょう?


青年 (ナースに)僕はただ、あなたに嫌な思いをしてほしくなかっただけなんですよ…!


警官 (ナースに)いったい何があったんです。


全員がナースに視線を詰め寄る。

その圧に目を泳がせるナース。


ナース えっと…。なんだったかしら…。


占い師 いやだわ。しっかりしてくださいよ。これじゃ、わたくしが疑われてしまいます。


警官 (ナースに)ゆっくりでいいですから。状況を説明してもらえますか。


占い師 困りますわ。わたくしはこう見えてお仕事中なんですから。


警官  あなた、ご職業は?


占い師 占いをやっております。


警官  はあ。占いね。


ナース あ…!思い出したわ…!


警官  なんです?


ナース この方から、何かお困りでしょうってお声掛けされたんです。


占い師 そうです、そうです。それだけですよ。それなのに、そこに彼が横から割って入ってらしてね…。


青年  だって…。僕はお金を取られたんですよ…。


警官  お金を盗られた?


占い師 わたくしはあなたを占ったんですよ。


警官  ああ、なるほど。あなた、占いをしてもらったんですか?


青年  そうですけど、あれは…。


警官  それならお金はお支払いしないといけませんよ。この方はお仕事で占いをされているんですから。


青年  でも、僕はそれを知らなかったんですよ…。


警官 (なんとなく察して)ああ…。なるほどね…。


占い師 その方ご病気なんですよ。ほら。顔色がずいぶん良くないでしょう。


青年  ですから、それもちがうと言ってるでしょう…!


警官  あ、そうだった。(ナースに)もしかしたら、あなたがお探しになっていたのは彼かもしれませんよ。


ナース あら…!そうだったの。会えてよかったわ。いっしょに帰りましょう。


青年  帰る…?どこに…?


ナース もうすぐお夕食の時間ですからね。お腹空かれたでしょう?今夜の献立はシチューなんですよ。さ、早く行きましょう。


にこやかに青年を連れて帰ろうとするナース。


占い師 お待ちなさい。


ナース なにか…?


占い師 あなたじゃありませんよ。帽子のあなたです。


青年  僕ですか?


占い師 そうですよ。あなた、わたくしがあなたを騙してなんかいないってことを今ここで皆さんにお伝えしてからお帰りくださいな。


警官  いや、あなたねえ…。それはもういいでしょう…。


占い師 困りますよ。おふたりに帰られてしまったら、わたくしはお巡りさんとふたりきりでしょう?


警官 (疑いの目で)それが何か不都合でも?


占い師 疑われたくないんですよ…!わたくしはね、人に疑われることが一番許せないことなんです。占いだってそうでしょう。人に信じてもらえなければ、これは全く意味のないものになるんですよ。この商売は人に信じてもらうことで初めて成り立つんですから。この方、きっとこれからもわたくしのことを詐欺師だとかなんとか言いふらすおつもりですよ。そんなの許せませんわ。


青年 僕はそんなつもりはありませんよ…。でもね…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る