逢魔ヶ刻の問答歌

市村みさ希

シーン1  探しものと青年

〈登場人物〉


青年

警官

占い師

ナース

少女



▼プロローグ


淡い夕暮れ空の中、少女が歌う〝あんたがたどこさ〟の声が柔らかく、軽やかに響く。


街外れの小さな公園。中央に街灯が一本立ち、その背後には花が散り始めている大きな桜の木。


街灯のそばにはおそらく遊具として備えられたのであろう古びたタイヤが土中に半分埋まっている。しかし、遊具と思われるものはそれしかなく、そのため園内で子どもたちが遊ぶ姿はない。


タイヤに施されていたカラフルな塗装や街灯の塗装はところどころ剥がれ落ちており、人通りも少ないそこは寂しげな雰囲気が漂う。




▼一場


タイヤに座りながら鞄の中身を漁っている青年。何かを探している。


そこを通りかかる警官。青年に気付いてしばらくその様子を伺い、背後から声をかける。



警官  もしもし…。


警官に気付かない青年。


警官 (声を張って)もしもし。


青年 (振り向いて)あ…。ああ…。お巡りさん…。ご苦労様です…。


挨拶もそこそこに、また鞄と向き合う青年。


警官  どうされましたか。


青年 (振り返らず)ええ…。ちょっと…。


警官  お困りのように見えますが…。


青年  はい…。そうなんですけどね…。


警官  無くし物ですか?


青年  たぶん…。そうだと思います…。


警官  そうですか。よろしければお話伺いましょう。


青年  ありがとうございます…。でも…。


警官  いいんですよ。何を無くされたんです?


青年  わかりません…。


警官  わからない?


青年  ええ…。


警官  無くした物がお分かりでないと?


青年  無いことはわかっているんですがね…。それがなんなのかわからないんです…。


警官  はあ…。困りましたねえ。それじゃ探しようがありませんね…。


青年  そうなんです…。


警官の言葉に焦った青年はさらによく探そうと鞄をひっくり返し、鞄の中身を地面ににぶちまける。それはまるで何かに取り憑かれているようにも見えるほど必死な様子である。


警官  おやおや…!ちょっと待ってください。少し落ち着いて…。


青年  でも…。


鞄の中身をぶちまけたまま今度はズボンのポケットを弄ったり、帽子を取って逆さにしたりなど血眼で探す青年。


警官  まあまあ…。(青年の背中を摩りながら)少し座りませんか。まずはお話を聞かせてください。


青年  あ、ああ…。そうですね…。


青年は警官に促されるままタイヤに腰かけるものの、やはり落ち着かずにソワソワしている。鞄の中身は辺りに散らばったまま。


警官  大丈夫ですよ。とにかく一度、冷静になりましょうね。


青年  はい…。あの…。ちょっと煙草を吸ってもいいですか…。


警官  もちろんです。どうぞ。


胸ポケットに納めていたマッチと煙草を取り出す青年。それらを一本ずつ取り出す。


青年  あ…。お巡りさんも良ければ…。これ…。


警官  ああ。わたしは吸いませんから。


青年  そうですか…。なんか、すいません…。


警官  いえ。ごゆっくり。


青年  どうも…。


煙草を口に加え、マッチで火をつけて吸いはじめる青年。警官は辺りに落ちている青年の鞄とその中身を拾い集めてやる。


青年  ああ…。(立ちあがろうとして)すいません…。


警官  いや、いいんですよ。そのまま、そのまま。


青年  すいません…。


警官  お気になさらず。これ、仕舞っちゃいますね。


青年  ありがとうございます…。あの…。お忙しいでしょう…?


警官  いやあ。私はもうあとは家に帰って、食べて寝るだけですからね。


青年  僕なんかにお構いなく…。


警官  お気遣いはありがたいんですがねえ。このまま帰った方が気になってしまいますよ。私の性分なんです。


青年  そうですか…。


警官  解決できればそれこそ今日はぐっすり眠れますから。ここはお互いにすっきりして帰りましょうよ。


青年  そうなれば…。いいんですけどね…。


青年がゆらりと空を見上げる。それと同時に、夕方の時刻を知らせる音楽が流れてくる。音のところどころがガサガサと擦れているせいか、それは随分と古臭い音色である。ふたりはなんとなく黙ってそれを聴く。


先程とは別人のように、急に妙に落ち着いた様子の青年。ゆらゆらと立ち昇っていく煙草の煙をぼんやりと見つめている。


それにつられて警官も青年の視線の先に目をやるが、その瞬間、なんとなく薄ら寒い不安を感じてしぱしぱと瞬きする。青年は消えていく煙のてっぺんまで、じっと眺めている。


警官 さて…!


警官は自らの不安を断ち切るように明るくにこやかに振る舞い、青年に鞄を手渡す。


警官 落ち着けましたか?


青年 (穏やかに)ええ…。だいぶ…。ありがとうございます…。


警官  それは良かった。では…。


胸ポケットからペンとメモ帳を取り出す警官。


警官  盗難の可能性もありますから。念のため、いくつかお伺いしても?


青年  ああ…。はい…。


警官  今日はどちらから?


青年  えっと…。(悩んでから指を差し)あっちから…。


警官  あっち…。ですか。そうですか…。これからどちらへ行かれるおつもりだったんです?


青年  さあ…。特別どこへ、ということはないんです…。


警官  はあ。お住まいはどちらに?


青年  ………?


警官 (少し声を張って)お住まいは、どちらに?


青年 (少し考えて)どこなんでしょうか…。


警官 (怪訝そうに)ご住所がわからないんですか…?


青年  ええ…。


警官  ああ、お引っ越しをされたばかりだとか。


青年  いえ…。そういうわけでは…。


警官  そう…。ですか…。それじゃ、住所不定ということですかね。


青年  そうなんでしょうか…。


警官  うーん。仕方ないですねえ。まあ、いいでしょう。ではお名前を教えてください。


青年  どなたのですか…?


警官  あなたのに決まってるでしょう。他に誰が居るんです。


青年  さあ…。


まるで他に誰か居るかのように辺りを見まわす青年。先程感じた薄寒さが再び蘇りそうになる警官。


警官  ここには私たちしか居ませんよ…。あのねえ、大事なことなんですから真面目に答えてくださいよ。あなたさっきから何もわからないじゃないですか。


青年  僕はさっきからまじめにお答えしてますよ…?


警官  何か隠してるんじゃないでしょうね…。


青年  何も…。隠してなんかいませんよ…。


警官  ではもう一度だけお聞きしますから。正直に、はっきりとお答えくださいよ。


青年 (少しはっきりと)わかりました。


警官  お名前は?


青年  わかりません。


警官  わからない?


青年 (元に戻り)持ってませんから…。


警官  持ってない?


青年  はい…。


警官  名前を…?


青年  ええ…。

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