175話 夏服な君と

175話 夏服な君と



 ピン、ポーン。家のチャイムが鳴る。


 いつも通りの時間。そして、おそらくいつも通りの相手からの。毎朝必ず行われるラブコールだ。


「きょ、今日はついに、見れるん……だよな」


 今日の俺は、珍しく早起きだった。


 いつもは彼女が起こしに来るよりは早く起きて諸々の準備がギリギリ済む感じで朝を過ごしているものの。今日に限っては変に目が覚めてしまい、朝の四時過ぎからコーヒー片手にテレビとスマホを見てぼーっと時間が経つのを待ち続けていた。


 もちろんそうなったのには、理由がある。


 それは今日が、″解禁日″だから。


 昨日、写真を送られてからソワソワして寝付けなかった。


 早く会いたい。その気持ちを胸に小走りで廊下を抜け、玄関へ。そして、扉を開く。


「えへへ、おはよっ♡」


「おぉ……っ!」


 眼福な光景だった。


 いつもは長袖に身を包んでいる彼女さんの夏服姿。赤色のリボンに、白のワイシャツ。袖は当然ながら半袖で、白く細い綺麗な腕がスラりと伸びている。


 そして薄着になったことによりいつもより破壊力を増した胸元。このフォルムの由那はまさしくアタックフォルム。これからこの姿の彼女とずっといられるのが嬉しい反面、ドキドキさせられっぱなしの現状から更にとなると、いよいよキュン死させられてしまうのではないかと少し不安になる。


 まあとりあえず、それくらい可愛いってことだ。本当に美少女というのは何を着ても想定以上に似合って出てくるから困りものだな。


「凄く似合ってる。死ぬほど可愛い……」


「やったぁ♪ 今日ちょっとだけ肌寒いから上羽織ってこようかなって思ったんだけど、やっぱり着てこなくて正解だったね! 肌寒い分は人肌であっためてほしいにゃあ〜?」


「ん゛んっ。あ、当たり前だろ」


「じゃあ早速〜、えいっ!」


 ぽすっ、と俺の胸の中に、由那の小さな頭がおさまる。


 いつもより布が薄く、何より露出している肌が多いからだろうか。これまで毎日してきた抱擁よりも密着感が強い気がする。


 ぎゅ〜、と可愛い声を出しながら抱きついてきた彼女さんは、撫でて撫でてと目でアピール。それに応えるようにして抱擁返しと頭なでなでをしてから、毎日の日課が始まるのだ。


「……んっ」


 差し出された無防備な唇を、ゆっくりと奪う。


 お互いの存在を確かめ合い、噛み締めるかのような。そんなキス。


 前まではたった一回キスをするだけだったから扉の外でしていたが、今はたったの一度じゃ済まないことなんて分かっている。だからこうして、二人きりの空間で、だ。


 時計の針の動く音と衣擦れだけが響く玄関で、何度も。何度もお互いを求めては離れ、求めては離れを繰り返す。


 艶やかな唇は唾液混じりの大人なキスではなくても、微かに水音がした。


 そしてほんのりと、甘い。味がするはずは無いのだが、由那とキスをしていると口の中にじわりと甘い何かが広がっていく感覚がある。


「ちゅ……ぷぁっ♡ もぉ、肌寒いの、すぐに飛んでっちゃった。身体ぽかぽかであつあつだよぉ……」


「そりゃあ良かった。じゃあ名残惜しいけど、そろそろ学校行くか」


「だね〜。にへへ、毎日シてるのに名残惜しいって思ってくれるの、嬉しいなぁ」


 熱々に火照った手を繋ぎ、二人で扉を開ける。




 いつも通りに夏服というスパイスが加えられ、より濃厚な繋がりをした朝だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る