100話記念話6 密着ウォータースライダー1

100話記念話6 密着ウォータースライダー1



 青空の下、手を引かれる。


 周りはザワザワと騒がしいけれど、そんな中をかき分けて。真っ直ぐに進んでいく彼女の背中を、見つめていた。


「ね、ウォータースライダー乗ろうよ!!」


「……へ?」


 由那が着ているのは、俺の。俺と出かける時だけ着てくれると約束してくれた、あの水着。


 黒のビキニに、半透明な上着。試着室でだけ見た、あれだ。


「にっしし、ゆーしぼーっとしてたでしょ? ほら、今ならウォータースライダー、並んでないからさ。二人で滑ろ〜♪」


「え? あ、おう。そうだな」


 繋がれた手のひらから感じる、確かな体温。


 どこか今のこの状況に違和感を覚えつつも、すぐにそんなことはどうでも良くなって。夏の日差しに肌を焼かれる感覚と共に、階段を上がった。


 頂上の寸前まで行くと、前には五人ほど俺たちのようなお客さんがいて。よく見たらプールの指導員さんに浮き輪を渡されて、カップルでちょうど二人。前後に位置付けして滑っていった。


 高所恐怖症な俺としては正直中々に怖いのだが。多分、それは由那も同じだ。


「ゆーしっ。どっちが前でどっちが後ろ行く〜?」


「由那はどっちがいいんだ?」


「ん〜、どうだろ。前に座って後ろからゆーしにぎゅっ、されたい気持ちもあるけど、後ろからゆーしをぎゅっもいいなぁ。えへ、えへへっ」


「何だその選び方……」


 彼女はいつもブレない。俺に甘えることに本気で、きっと今のもまじめに考えようとした結果なのだろう。


 俺と何かをするために。俺を理由として行動の行く先を決めてくれるというのは……やっぱり、嬉しい。


 彼氏として、何より惚れた身として。胸がギュッと熱くなった。


「……俺も、前から由那に抱きしめられるか、後ろから由那を抱き締めるか。どっちも最高で決められないけど」


「ふっふっふ。じゃあ二回乗っちゃお? ゆーしは欲張りさんだからねぇ〜」


「どの口が言ってんだか」


「バレたぁ♡」


 俺たちの前の人が浮き輪に乗る準備をしているのを眺めながら。由那はそっと腕に抱きついてくる。


 すりすり、と頬を肩に擦り付けて、まるで小動物が甘えてくる時みたいに。色々と当たっていることに気づいているのか、はたまたわざとそうしているのか。分からないけれど、とにかく水着姿の由那のそれは、いつもより破壊力が凄かった。


「なあ、由那?」


「な〜に?」


「先、俺が前で乗ってもいいか? その……由那に抱きしめられてるの、感じたい」


「へっ!? む、むぅ。なんかその言い方、ちょっとエッチだなぁ……」


「そりゃあ、由那がエッチな格好してるからな」


「な、なななにゃっ!? そ、そんなこと、ないもん。確かにこれはゆーし専用の水着だけど……え、エッチじゃ、ないもん」


「はいはい。で、俺が前でいいのか?」


「……分かったよ、もう。いっぱいぎゅっ、するからね?」


「ああ、頼んだ」


 ぷくぅ。少し不満げに頬を膨らませる由那の頭をそっと撫でて。指導員の人から、浮き輪を受け取る。


 オレンジ色の、二つ穴が空いた数字の八のような形状。前と後ろの距離はかなり近く、約束通り俺が前、由那が後ろで穴にお尻を合わせて腰を下ろすと。ちょうど後ろにいる彼女が俺の背中から手を回せる、いい感じの距離感だった。


「ど、ドキドキするね」


「はは、ははは。ちょっとちびりそうかも」


「ではお客様、行ってらっしゃいませ〜」


 スタート地点に立って初めて感じる、自分達のいる場所の高さ。


 一瞬全身から血の気が引いて、足の裏にちょろちょろと浅く流れる水が触れると。




 浮き輪は、一気に下降を始めた。

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