100話記念話4 嫉妬とホラー映画鑑賞3

100話記念話4 嫉妬とホラー映画鑑賞3



「有美〜? なんか浮かない顔してるなぁ」


「……へ? 何か言った?」


「ん〜にゃ。ただ重症だなぁ、と」


 薫はため息混じりに呟く。


 今日一日、有美はどこか上の空である。


 そしてその原因は誰の目にも明らか。例え親友の薫でなくとも簡単に見抜けてしまうことだった。


「そんなに寂しいのか? たった二日会えてないだけなのに」


「は、はぁっ!? 寂しいとか……ないから。揶揄わないでよ、もう」


 事の発端は二日前。二つほど県を跨いだところに住んでいる寛司の叔母が亡くなってしまったことにより、今彼は学校を休みその葬儀やらなんやらへと顔を出している。


 帰ってくるのは明日。有美は離れている間もメッセージや電話でやりとりしていたものの、既に″寛司ロス″状態となっていた。


「ったく、本当にさぁ。有美も乙女になったもんだよね。大好きな渡辺君と会えなくなるとすぐに充電切れ起こして変になっちゃうんだから」


「……違うって、言ってるでしょ」


「いーや違わないね。何年一緒にいると思ってんだか」


 体操服を脱ぎ制服のボタンをつけながら、薫はそう言うと有美の肩を叩いて「諦めろ、バレてるぞ」と言わんばかりに彼女の瞳を見つめる。


(本当、変わっちゃったなぁ。まさかあの有美が男を知っただけでこうも、ねぇ……)


 寛司と出会うまで、有美はこうではなかった。良くも悪くも「硬派」というか、とにかく男っ気は一つもなくて。自分のことをもはやちゃんと女の子として認識できているのかも怪しいくらい、恋愛に興味を示していなかったのに。


 変えたのはやはり、彼だ。本当によく出会ってくれたな、と薫は心の中で小さく寛司にお礼を言う。


 しかし、だ。いくら今日一日の辛抱とは言え、彼のせいで一日中ぼーっとしている親友をこのまま放置しておいていいものか。


 いや、せっかくなら。助けてやって、ついでにプラスの何かを与えてやるのが親友というものだろう。


(しゃあねえなぁ。一肌脱いでやるかぁ)


 目の焦点があっておらず、プチプチと音を鳴らすもいつまでも制服のボタンが閉められない彼女に気づかれないよう。こっそりと鞄を漁って、昨日レンタルビデオ屋で借りてきたブルーレイディスクを手に取る。


「おい有美。お〜い」


「ひゃっ!? にゃ、にゃにっ!?」


「お前にこれ、貸してやるよ。渡辺君が帰ってきたら二人で見な」


「これ? ……っえ!? ほ、ホラー映画じゃん!!」


 パッケージを見ただけでビクッ、と身体を震わせるその姿に笑いそうになるのを堪えつつ、言葉を続ける。


 勿論、有美がホラーを苦手なことなんて百も承知だ。


 本当ならまあロマンチックな映画とかの方が喜ぶかもしれないけれど。ホラーにはホラーで、彼氏と一緒に見て楽しむ乙な方法というものもある。


「なぁに、最後まで見ろなんて言わないさ。ただ……な? ホラー映画を口実にすればさ。色々と、できるだろ?」


「できる……って?」


「そりゃあ、やっぱ密着だろうな。きゃー、怖いーっ! てな具合で。この二日間触れ合えなくてもう限界なんだろ? これ使って思いっきりイチャついてこい」


「い、イチャッ!? 私はそんな……」


「語気弱まってんじゃんかよ。いいから持ってけ持ってけ。それくらい限界ってことだろ?」


「……アリガト」


「それでいいんだよ」


 珍しく素直な有美も可愛いな、なんて思いつつ。


 自分と喋っているのでは見られない、″女の子″の顔を引き出している寛司に、薫は少しだけ嫉妬する。


 だが、取られたと恨みはしない。感謝こそすれ、嫌悪を向ける理由などどこにもないのだから。


(ま、有美が言えば何もなくても絶対甘えさせてくれるだろうけどな、渡辺君は。だけどこれはこれで面白そうだし……お土産話でも楽しみに待っとくか)


「薫?」


「どうしたんだよ」


「……いつも本当に、ありがと。大好き……」


「おぅ!? お、おぉ! おっふ……」


 どうやら本当に弱っていたらしい彼女の、普段なら絶対に言わないであろう言葉を聞いて。少し意地悪をした身としてはチクッと棘を刺されたような気分だったけれど。




 まあ悪くなることはないだろう、と。薫はひとまず、ディスクを手渡したのだった。

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