第86話 終わり、始まる

86話 終わり、始まる



 ゆーしの様子が、明らかにいつもと違うことはすぐに分かった。


 まるで何かを覚悟したかのような顔。そして直後に告げられた私たちの関係を変える言葉を伝えるという、堂々とした宣言。


 告白される。そう、思った。


「お前のことが、好きだ。好き好きで、もうどうしようもなくなってる。だから……俺と、付き合って欲しい」


「っ……っっ!!」


 そしてそれは、現実となって。衝撃と共に私の脳を揺らす。


 告白された。告白、された。ゆーしが私のことを好きだって。付き合って欲しいって。そう、言ってくれた。


 五年間におよぶ、延長されてしまった初恋は。今、成就したのだ。


 毎日毎日、ゆーしのことを考え続けた。どうやったらゆーしに好きになってもらえるか。どうやったら、幼なじみ以上の関係になれるのか、と。


 出来る限りのアプローチを続けて、直接明言することはできなくても最大限の好意を伝え続けてきたつもりだ。


 その結末。私の初恋という、一つの物語の結末。まさかそこにここまでの幸せが待っているなんて。本当に……思っていなかった。


(どう、しよう。私、泣きそうになってる……)


 嬉しい。嬉しすぎて。内側から溢れ出る幸せに視界が潤んだ。


「答えを……聞いてもいいか?」


 答え? そんなの決まってる。


 私も、ゆーしのことが好き。大好き。この世界で一番、ゆーしのことを愛している。


 だというのに。ゆーしはそんな私の気持ちも知らずに、不安そうな顔でこちらを見つめていた。


 まるで断られるかもしれないと、そう思っているかのように。


 本当に、バカ。鈍感でにぶちんで……私の好きに、全く気づいてくれなくて。そのくせしていつも、ゆーしがいなきゃ壊れちゃう身体になるまで甘やかしてきて。


 ズルい。どれだけ私をドキドキさせたら気が済むんだろう。今、この瞬間も。十五年生きてきた人生で、一番の幸福を味わっているのに。そんなことも、気づいてくれないのか。


「ゆーしの、バカ」


「え? ────ん゛むっ!?」


 ちょっとだけ、ムカッときたから。


 分からせることにした。刻みつけることにした。


 私が、どれだけ彼のことを好きなのかということを。


 十センチほどある身長差を背伸びで無理やり埋めて。私をドキドキさせる悪い口を、塞ぐ。


 ピリピリと、幸せが電撃となって私の身体を覆い尽くすのを感じながら。驚いた様子で私の唇を受け入れるしかないゆーしの、そんな情けない顔を拝んで。


 お返しの言葉を、食らわせた。


「えへへ。私、面倒くさいからね? ゆーしがその気なら、もう一ミリも遠慮してあげないから。甘えて、とにかくたくさん甘えて。好き好きって、いっぱい言っちゃうからね?」


「あ、ぅあっ……」


「私もゆーしのこと、大好き。好き……愛してる。ずっと、一緒にいよう?」


「お、俺……夢でも、見てるのか? い、いい今、キス……キスっ!?」


「むぅ。夢なわけないでしょ、もう。本っ当……仕方ないんだから、ゆーしは」


 かあぁ、と珍しく激しい赤面をしているその姿を見て。私は思わず笑みを漏らしてしまった。


 ぽろぽろ嬉し涙を流して、それを必死に拭きながら。溢れんばかりの幸せを享受する。


 身体が熱くて仕方がない。好きな人とするキスは、ここまで幸せを高めてくれるものなのか。


 ああ、好きだ。ゆーしのことが大好きだ。好きで好きでどうしようもなくなってるのは、私も同じ。


 ただでさえ今、好きすぎておかしくなりそうなのに。私はワガママだから。また……求めてる。


「ね、ゆーし。次は……その。ゆーしからして欲しいなぁ……なんて」


「……へっ!?」


「ダメ? せっかく、ゆーしの彼女さんになれたんだもん。好きって。愛してるっ、て。ゆーしからも、シて欲しいな……」


「っ、はは。お前は本当に、変わらないな」


「でも、そんなところを好きになってくれたんでしょ?」


「ああ、そうだよ。甘えんぼで、ちょっと面倒臭くて。最高に可愛い、そんな由那を……俺は、好きになったんだ」


 ガシッ、と。男の子の力で、両肩を掴まれる。


 もう、逃げられない。ううん、そもそも逃げる必要なんてない。


 だって私は────ゆーしの、彼女なんだから。


「あっ……」


 目を閉じると、毎日してもらっているハグの温もりと共に、口元に幸せが現れる。


 それと同時に目を開けると、次は至近距離でゆーしと視線が混ざり合って。身体から力が抜けるのを感じながら、これが″好き”なのだと。私の身には余ってしまうほどの愛を受け取る。


「…………ぷぁっ。えへへ、ゆーしからもキス、貰っちゃった」


「俺、未だに信じられないや。本当に、由那と付き合えることになるなんて……」


「ふふっ、私はゆーしのこと、ずっと大好きだったんだよ? それこそ再開したあの日に告白されても、OKしてたくらいなんだから」


「ま、マジか」


「うん。たっぷり、待たされちゃった。だから……ね?」


 私の初恋は成就して、一つの物語はここで終わってしまったけれど。


 ここからまた、第二の物語が始まる。


「その分、これからは……いっぱい、愛してね?」




 好きな人と紡ぐ、大好きに溢れた日々の連続が。

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