第68話 いざ、温泉街へ
68話 いざ、温泉街へ
「うっほぉ!! 温泉街……来たァァァァァ!!!」
バス停に、在原さんの叫びが木霊する。
俺達の高校の最寄駅から電車で十五駅、バスで一時間。始発に間に合うよう集まった俺たちが温泉街へと着いた現在の時刻は、七時を少し過ぎたところ。
「ちょ、ちょっと薫、恥ずかしいからやめてよ!」
「まあまあ。いいじゃん有美。というか俺も叫ぼうかな」
「ねえ、前から思ってたけどアンタ妙に薫に対して優しいの何なの!? そうやって甘やかすから────」
「大丈夫。俺が一番甘やかすのは有美だから」
「……きゅぅ」
相変わらず夫婦漫才を繰り広げる二人を遠目から眺めつつ、スマホをタップする。
流石にこんな早朝ともなると、お土産屋さんや食べ物屋さんは開いていない。勿論それは承知のうえで、長い時間今日という一日を楽しむためにこの時間に集合したのだが。
あらかじめ五人で話し合って組んだある程度のタイムスケジュールを記してあるメモアプリを開くと、一番最初に書かれているのは「朝風呂」。結局のところこの時間に行ける場所はお風呂屋さんしかないのである。
「うぅ、いきなりゆーしと離れ離れになるの嫌だよぉ」
「そう言うなって。一時間もしないうちにまた会うだろ? 俺達は俺達でゆっくり楽しむから、由那も女子だけで温まってこい」
「ちぇえっ……」
俺達が後々向かう混浴可能な温泉はまだ営業時間外だ。だからまずはこの時間からでも開いている温泉へと向かい、朝風呂を堪能する。
確かに俺も電車やバスの中では由那とぴっとりだった分離れるのはどこか名残惜しいけれど。その後に待っている″楽しみ″を思えば、苦でもない。
「ほぉら由那ちゃん! 有美!! 二人ともイチャイチャしてないで私についてきなさい!! 行くぞ、大海原へ〜〜ッ!!!」
「ちょ、やめっ! 引っ張るなァ!!」
「ゆーしぃーっ!!」
まるで今生の別れみたいにこっちに手を伸ばしてる奴もいるが、放っておいて。あっちのことは在原さんに任せ、俺は渡辺と後ろから同じ温泉へと向かう。
「相変わらず在原さんは元気だね。なんかこっちまでワクワクしてくるよ」
「……だな」
そういえば俺、高校に入ってから由那といる時間がとにかく長いけれど。よく考えたら渡辺ともずっと絡んでいる気がするな。
まあ彼女持ち同士(俺の方は完全に誤解だが)クラスメイトからは殺意の目ばかり向けられているし、男子の友達が今のところコイツしかいないからってのはあるだろうが。元の性格の良さがあってか、案外一緒にいて居心地は悪くないと思っている。
やはり男子と女子。どうしても授業なんかで別々になる機会はあるから、そんな時にコイツがいてくれるとペアも組めるし地味にありがたい。五人でいるときもどこか「まとめ役」といった感じのポジションにいてくれて、色々と助かってるし。
あと、もう一つ。
「渡辺と中田さんもブレないけどな。毎日毎日イチャイチャしてて羨ましい限りだよ」
「え? 俺の目には神沢君と江口さんも同じようなものに見えるけど?」
「ばーか。俺らはお前らみたいなバカップルじゃないっての。……いや、そもそもカップルですらないっての!」
渡辺と中田さんの関係性は……羨ましい。
別に公衆の面前で由那と死ぬほどイチャイチャしてたいとか、そういうことを言ってるんじゃない。ただ、やっぱり付き合っているという事実で結ばれている二人の関係性というのが、今の俺には本当に羨ましくて。ムカつくけど、ちょっとした目標だ。
「……勿体ないなあ、ほんとに」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでも。って、三人もうのれん潜っていっちゃった。俺たちも急いで追いかけようか」
「お、おう? そうだな……」
ボソッ、と独り言のように何かを呟いたが、聞き取れなかったそれを「まあ別にいいか」と忘れることにして。渡辺と共に、女子三人組の後を追った。
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