第33話 ハンモック体験

33話 ハンモック体験



 しばらく何も調べずに歩き、途中で自販機に立ち寄り水を買ってから。辿り着いた先は、木々の溢れた自然空間だった。


「わぁ……緑地、って感じだぁ。木の間にいっぱいあるあれ……何?」


「ん? ああ、本当だ。ハンモック?」


 近寄ると、およそ十個ほどのハンモックが幹の間や木と木に跨るような形で設置されている。そしてそこではおじさんや、あとは同じ制服を着た同級生なんかが。ゆらゆらと緩い風に揺られながら寝転がっていた。


 どうやらここではハンモック体験というものをしているらしい。受付所では「三十分百円」とデカデカとした文字が書かれている。


「わぁ、凄い! 気持ちよさそう!! ね、ねっ! 私あれやりたい!!」


「そー、だな。確かにめっちゃ快適そうに見えるし、せっかくだ。受付するかぁ」


 気持ちよさそうで、何より貴重な体験だ。ハンモックなんて置けるほど大きな家に住んでいるわけでもないし。こういう機会は大切にしていきたい。


 腕を引っ張られながら由那と一緒に受付へと向かう。下から見た感じハンモックはほとんど埋まっているように見えるが、どうだろうか。空きがあるといいのだが。


「すみません。今すぐにお受けできるのがあと一箇所となっておりまして。二箇所用意するとなると、次のご案内は一時間後に……」


「ああ、マジですか……」


 そう、上手くはいかないらしい。

 

 自由時間は二時間あるとはいえ、一時間ここで待ち続けると言うのは苦痛すぎる。どうやら指定の場所で順番待ちをしなければいけないシステムなようで、意地でもハンモックに乗ろうと思えば一時間棒立ちだ。


 これには流石の由那も諦めるだろう。まあここ以外にもまだまだ立ち寄れる場所はあるだろうしな。切り替えて次に行こう。そう思い、受付の人に断りの言葉をかけようとした、その時。


「え? 一つあれば大丈夫ですよ? 元々ゆーしと二人で一つを使うつもりでしたから!」


「……はぇ?」


 とんでもないことを言い出したのである。


 コイツはハンモックというのがどういうものかちゃんと分かっているのか?


 ベッドで二人添い寝、なんてものでもとんでもない距離感になりそうなものだが、ハンモックというのは設置面が平らではなく下に沈んでいる形上、密着度は更に上がってしまう。ただでさえ横幅があるものでもないし、もはや抱き合うような形になってしまってもおかしくない。


 それをコイツは。何の迷いもなく、しかも最初からそうする気だったとか。貞操観念はどうなっているんだ。


「ゆ、由那? マジで一つに二人で入るのか?」


「えへへ、ゆーしと一緒におねんねしたいも〜ん。いっぱい頭なでなでしてくれると嬉しいなぁ」


「畏まりました。お時間の方はどうなさいますか?」


「一時間で!」


「うぉい!?」


 そうして、流れのままに。一時間もの長い間、由那と密着することが確定してしまった。


 バスの時も……いや、その前からではあるが。本当にコイツは距離感がおかしい。それは精神的なものだけだなく、肉体的にも、だ。今日のなんて特に、あれは本当にキスしてしまってもおかしくない状況だった。


 当然、由那がどんな行動に出るのか分からなくて不安だという気持ちはある。だがそれよりも、今の俺が怖いのは……


「じゃ、行こ? きっと気持ちいいよぉ」


「お、おぅ……」



 俺が、何をしてしまうか分からないってところだ。

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