第17話 大好き

17話 大好き



 お箸で唐揚げを一つ摘み、ゆっくりと口に運ぶ。


 そうして咀嚼を始めた俺の横顔を、由那は不安そうな顔でじっと見つめていた。


(ん、なんだこれ。うんまっ!!)


 お弁当ということもあって、その唐揚げには揚げたての時のような熱やカリッとした衣は無い。だが、冷めていようともどこか懐かしさを感じさせる味と、ぱらぱらと少しだけ振り撒かれている塩胡椒の味付けに俺は釘付けにされてしまった。


「めちゃくちゃ美味しいよ。控えめに塩胡椒かけてくれてるのも、なんか凄く唐揚げと合ってて食べやすいし。由那、料理の腕を上げたな」


「えへへ、それほどでもあるよぉ。もう私はゆーしの知ってる頃の私じゃないからねっ!」


「ああ。そのことは身をもって分からされてるよ」


 のりたまご飯も適度に口に運びつつ、肩をすりすりと寄せてきた由那と一緒にお弁当を食べ進めていく。


 由那のお弁当は本当にどれも美味しくて、そしてどこか懐かしい味がする。特に、このスクランブルエッグなんて────


(あれ? そういえば俺、なんで由那に腕を上げたななんて言ったんだ? コイツの料理、食べたことあったっけ……)


 小学校の昼ご飯は給食だから、お弁当を食べる機会は無い。幼稚園の頃はお弁当ではあったけれど、流石に親のを食べていたはず。


 となれば、運動会みたいな行事の時……いや、違うな。


「お花見だ。由那のお弁当を食べるのは、あの時以来か」


「へっ!? お、覚えてるの!?」


「覚えてるって言うか、思い出した。あの時のお弁当にもスクランブルエッグが入ってたなぁと思って」


「あ、あはは。恥ずかしいな……絶対忘れてくれてると思ってたのに……」


 あれは確か、俺がここで過ごした最後の春のことだ。


 まだその後一ヶ月もせずに引っ越すことになろうとは知らない俺と由那は、由那のお母さん込みの三人で桜を見に行った。


 由那の手作り弁当とブルーシートだけを持ち、いつも遊ぶ公園とは違うもう一つ遠い公園まで自転車で行って。満開になった桜を見ながら、一緒にご飯を食べて芝生に寝転がった。


「あの時の由那のお弁当にも、スクランブルエッグが入ってたんだよな。他にも色々入ってたけど、塩と砂糖間違えたせいで全部味付けがぐちゃぐちゃでさ。唯一マヨネーズだけかけてたスクランブルエッグだけは美味しくて。なんか、懐かしいよ」


「ぶぅ。あ、あの時はお母さんに頼らずに初めて一人でお弁当作ったんだもん。でも……ゆーし、一回も文句言わずに食べてくれたよね。顔真っ青になってたけど」


「あはは、そうだっけか? まあ由那が頑張って作ってきてくれたお弁当だったからな。残すのは失礼だろ」


 ああ、なんだか思い出してきた。


 昔は本当に何の気兼ねもなく、毎日一緒に遊んでたっけな。そのお花見も、公園が一つ遠いところだったこと以外はなんら特別なことじゃなくて。いつもの遊びの延長線上で、由那から誘ってくれたものだったはずだ。


 本当に懐かしい。あの頃の由那は今と違ってずっとツンツンしていたけれど、なんやかんやと嫌だとは思わなかった。それは由那の心の奥底がとても優しい子だって、知っていたからだろうか。


『べ、別にゆーしのためじゃないもん! 私が食べたかったから作ってきただけだし!! で、でもどうしてもって言うなら……食べても、いいけど……ね』


『ゆーし!? そんな、無理して食べなくていいから!! 美味しくないでしょ? え……私の作ってくれたものだったら、なんでも食べられる? ……バカ』


『えへへ……頑張って、よかったぁ……』


 あれ。よく考えたら、由那ってなんであの時作ったこともないお弁当をわざわざ手作りで作ってきてくれたんだ?


 朧げに覚えている彼女の、俺に隠しながら頬を緩ませてガッツポーズをしていた情景。俺が味付けのめちゃくちゃな料理を意地になって頬張っていた時の、どこか嬉しそうな顔。


 由那は、いつから俺にツンツンし出すようになった? 何が原因だった? どれくらいの期間だった?


 昔ああなっていたのは、思春期的な性格の変化とか甘えんぼの卒業とか、そういうのが原因なのではと考えていた。


 でももしかしたら、違うのかもしれない。


(分からない、けど。俺が……由那をああさせていたのか?)


「ゆーしの、そういうところ。かっこよくて────大好きだよ」


「っへぇあ!? う゛……っ!!」


「ど、どうしたの!? 喉に詰まっちゃった!? ほら、水飲んで!!」


「ん……ぐっ。あ、ああ。ごめん、もう大丈夫だ。その、由那が変なこと言うからびっくりして……」


「変な……って、違うからね!? 今のはその、あれだよ! likeの方だから!! 幼なじみとしてだからッッ!!!」


「お、おおおおうっ。分かってる、大丈夫だから!」


 一瞬、本気でドキッとした。


 由那のあれが、俺に対する「好き」を隠すためのもので。照れ隠し的に、ツンツンしていたのではないかと。


 馬鹿みたいなことを考えてしまった瞬間に、これだ。心臓に悪い。


 そんなこと、あり得るはずないのにな。


(ただの幼なじみ……だよな?)



 うん。あり得ないはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る