第10話 疑念と提案

10話 疑念と提案



「はぁ。なんか今日はめっちゃ疲れた……」


 俺は一人、部屋のベッドの上でため息を吐く。


 転校初日。新しい土地で、どんな出会いが待っているのだろう。どんな学校生活が待っているのだろう。朝、学校を出る前に思っていたことだ。


 だが結果的に出会えたのは、五年前までずっと一緒にいた幼なじみのみ。それも性格はガラリと変わっていて、一日中俺にデレデレで。


 困惑しつつも何故か変に受け入れられているのは、彼女が幼なじみだったからだろうか。それとも……


「可愛くなってたな、由那」


 感情とか、根拠とか抜きに。ただただ彼女が可愛くて、俺の心が由那と近づきたいと考えていたからか。


 だって可愛かったし。死ぬほど可愛かったし。ぶっちゃけ俺みたいなのにあんな可愛い子が寄ってきてくれるなんて、一生に一度起こることそのものが奇跡みたいなものなわけで。


「って、騙されるな。相手はあの由那だぞ。いつも俺にツンツンしてて、好意なんて微塵のかけらもなかったアイツだぞ」


 未だにあれとあれが同一人物なのかというのに確証が持てない。いや、SF的な誰かとの入れ替わりとか、記憶喪失とか。そういうのを疑ってあるわけではないし、心の奥底では本当に今の由那も昔の由那も一緒だということは分かっているのだけれど。それでも、やはり突然の変化には百パーセント理解は示せない。


「そういえば……由那って、最初からあんな感じだったっけ? 幼稚園の時とか、小学校の低学年くらいの時とか。もっと甘えてくる……それこそ、今のアイツみたいな性格だった気が……」


 由那がツンツン暴君になったのはいつからだっただろうか。というか、ツンツンだったあの時の由那こそが一時的なもので、今のアイツこそが本当の────


「って、そんなわけないか」


 くだらないことを考えた。一人で馬鹿馬鹿しいと考えるのをやめてから、スマホを見る。もう夜の十時だ。明日も学校があるし、そろそろ寝ようか。


 と、そんな事を思いながらスマホを閉じようとしたその時。画面の上の方に、メッセージが表示された。


「ん? 由那からだ」


 それは今日の別れ際、彼女と交換したLIMEでのメッセージ。「由那さんから新着メッセージが届いています」の文面をタップし、アプリを起動すると、トーク画面に一文が表示された。


『ゆーし、起きてる?』


『ああ、起きてるけど。どした? こんな夜遅くに』


『えへへ。その、ね。ゆーしって学校でのお昼ごはんどうするかってもう決めてる?』


「お昼ごはん……?」


 あ、そうか。俺が通ってた中学では給食制だったから何も考えてなかったけれど、高校からは自分で昼飯を用意しなきゃならないのか。


 今日一日由那と一緒にいたこともあって、完全に頭から抜けていた。まずいな。高校から一人暮らしの俺にとってこれは致命傷だ。自炊もそれなりにはしているから作らないことはないのだが。


 面倒くさい。もうこのまま寝たいし、明日早起きもしたくない。


『まあ、適当にコンビニとか食堂で用意しようと思ってる。なんで?』


『ほんと? だったら私、ゆーしの分も……お弁当、作って行ってもいい?』


『え? 由那がお弁当を?』


『うん。私、もともと自分の分作る予定だったから。一人分も二人分も変わらないし……ゆーしさえ、よかったら』


 由那の作ったお弁当、か。


 ぶっちゃけ彼女がお弁当をちゃんと作れるのかとかは分からない。なんせ最後に会ったのは小学生。料理してるところを見る機会なんてせいぜい家庭科の調理実習くらいのものだったしな。


 でも作ってくれると言うのならありがたいことこの上ない。昼ごはん代も浮かせられるし。


『ありがと。じゃあお願いしてもいいか?』


『やったぁ! 任せて! ゆーしのために、いっぱい気合い入れちゃうから!!』


『そりゃ楽しみだな。美味しいの期待してる』


『うんっ!!』


 びっくりマークの多用から、由那のテンションが凄く上がっていることが分かった。そんなに俺のお弁当を作れることが嬉しかったのだろうか。


『じゃあ、また明日。由那、おやすみ』


『あっ! あぁっ!! ちょ、ちょっと待って!! まだもう一つ要件があるの!!』


『ん……? なんだ?』


『その、ね? ゆーしのお家、私の通学路の途中で通るから、さ。良かったら……い、一緒に学校、行かない……?』


『へっ!?』


 そ、それはそのつまり、あれか?


 二人で歩いて仲良く登校しようって、そう言ってるのか?


 今日の由那の態度を思い返す。腕に引っ付いて、正面から抱きついて、と。スキンシップが過激だった。


 もしそんな奴と一緒に登校していたら。周りには……誤解されてしまうのではないだろうか。というか既にクラスメイトから殺意を向けられている俺がそんな事をしたら、次こそ埋められるのでは?


 断ろう。これは俺の命に関わる。


『ごめん、流石に男女で一緒に登校は色々噂とかされると思うからさ。由那も変な誤解されるの、嫌じゃないか?』


『い、嫌なんかじゃ、ないもん。私、ゆーしとなら────メッセージが消去されました』


『え? 何?』


『な、ななな何でもない!! それよりも、私は特に気にしないしさ! せっかく久しぶりに会えたんだから、いっぱいお話とかしたくない!?』


『お、おぉ?』


 私、ゆーしとならで一度メッセージが区切られ、その後打ち込まれたもう一つの文面。俺が一瞬目を逸らしていたうちにそれは一瞬にして消去され、なんと打ったのか聞いても由那は誤魔化すばかり。


 だけどまあ、本人はどうしても一緒に登校したいようだ。俺としては正直……身の危険という一点を除けば死ぬほど一緒に登校したい。だって可愛いし。


 由那以外とも友達を作らないといけないけれど、どうせ一緒に登校するってのは自転車とかバスで学校へと向かう奴らがすることだ。わざわざ俺と一緒に歩いてまでする物好きはそうそういないだろう。


『わ、分かった。じゃあ自転車は俺の家に停めてくれていいから、歩いて一緒に行くか?』


『いいの!? やったぁ!! じゃあ明日迎えに行くね!!』


『ん。じゃあまた明日』


『はーい!!』


 そこで、メッセージのやり取りは終わった。


「結局アイツ、俺となら何だって言おうとしたんだろ?」




 気になるところは残ったけれど。まあ別にいっか、とすぐに忘れて。俺は、そのままスマホの電源を落としてから眠りについたのだった。

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