【11:疑惑とワクワク】


「せーんせぃ。今日のご飯は松坂牛の焼き肉弁当です」


 はあ。一応有難く受け取る。彼女の天真爛漫な表情を前に「今日は野菜を食いたいかも」なんて言えるはずもなく。ついでに俺と厳島の関係は噂の間で確定的な審議が流れていた。


 まぁそりゃこうやって仲睦まじくしていれば疑惑の十三階段にも昇るもので。


 俺は今更ロリコンと言われてもまさに今更なんだが、厳島も俺と一緒に居て別にマイナスは感じていないらしい。曰く「先生は私にだけ好かれてればいいの」とのこと。他の生徒に侮蔑されても厳島がいれば「まぁいいか」と思えるだけ俺も壊れているのかもしれない。


「先生がいないことが怖い」


 厳島はそう言った。その言葉の真意はともあれ、今の彼女にとって恋に値するのが俺しかいないのは、はたして吉なのか凶なのか。


「せーんせぃ。一緒に食べよう」


 断言こそしていないも、俺と付き合っている女子生徒が厳島だという疑惑は日に日に膨れ上がっている。まぁそりゃ一緒に帰ったり弁当を共有すればそうもなるか。あえて隠す気はないのか。厳島もご機嫌だし、俺も明言は避けても否定することを厳島に対する侮辱だと認識する程度には彼女を想っている。


「はい。あーん」


 お前様。本当に隠す気はあるんだろうな?


「じゃあコーヒー買ってくる!」


 そりゃ数兆円も資産があればコーヒーくらい誤差なんだろうけども。


「あの……先生……であります……」


 で、俺が弁当に意識を移すと、今度は別の声が俺を呼んだ。いや先生って他にいっぱいいるけども。


「どうかしたか?」


 声をかけてきたのが、そこそこの案件だったので誠実に対応する。


 相手は栗山だった。


 その名前通りの栗色の髪に、ちょっとオズオズとした雰囲気を重ねる女の子。ここに居る以上女子高生ではあるのだが、厳島以外で俺を侮蔑しないほぼ唯一の生徒だ。


 厳島と同じく俺の担当するクラスの生徒で、綺麗の厳島に対し愛玩の栗山と言われている。一年の女子の中では唯一厳島の対抗馬となる存在だろう。


「どうかしたか。勉強を教えるのは放課後にしてくれ」


「先生……憶えてないでありますか……?」


 何を? キョトンとしていると鬱屈して彼女は表情に影を差した。


「なんでも……ありません……」


 何でもないって表情でもないんだが。コンコンと握り拳で彼女の額を叩く。


「相談があるなら聞くぞ。借金と結婚の申し出以外」


「先生は……厳島さんと……付き合っているので?」


「どーだろなー」


「厳島さん……おっぱい大きいですよね……」


「そうだよな。アレは破壊兵器だ」


 まったくもって大きすぎる。走るとボヨンボヨン揺れるし。制服の上からでもあの破壊力は男を撃沈するだろう。


「拙は……小さいから……」


「そういうのは学生の内は気にしなくていいんだよ」


 需要は何処にでもある。


「厳島と比べてもしょうがないだろう。お前も十分モテるんだろ?」


「先生も好意を……向けてくれる……?」


「生憎と女子高生には好意を向けないので」


 かっこ厳島を除くかっことじ。


「拙だって……先生のこと……っ」


「たっだいまー! アレ? 先生? 栗山さん?」


 こっちを涙目で見つめる栗山と、どうしたものか悩んでいる俺を、厳島がキョトンと見つめる。


「あー、そういう」


 どういう?


「先生……物理でわかんない……ところがあるであります……」


「じゃあ放課後な。不理解は早めに潰すに限る」


「私も!」


「お前、俺が勉強見てもパーフェクトに教えることないだろ」


 むしろどこを教えろというのだ。


「それはやっぱり生徒と教師のパヤパヤ個人授業……」


「だから止めれ。揉みしだくぞ」


「是非!」


 あー。こういう奴だった。


「なわけで放課後な。栗山。教室残ってろ。あと厳島は俺が教えるところを復習しておけ」


「さっさーい」


「はい……」


 なわけで帝雅学園って成績至上主義みたいなところがあるので生徒側は常にプレッシャーを感じている。勉強なんかできなくても出来る仕事は多いのだが、そこはやはり教育社会の賜物か。偏差値低いと人間度まで低いと見られがち。


 俺が教えるのはそんなに勉強に突っ込まんでもやりたいことがあるならそっち優先しろよということだった。


「はい! 先生!」


「どうぞ厳島くん」


「股間の摩擦熱の係数についての定義ですが」


「永遠に黙ってろ」


 一応誰もいなくなった教室で厳島と栗山に講義をしているのだが、厳島の方は既に物理に関しては網羅している。それこそ今年受験があっても問題ないレベル。俺もマンションで教えてはいるが、それこそイチャイチャする理由作りかと思うぐらい彼女に余念はない。いや余念はあるんだが。


「で、加速度がこうで摩擦係数がこう。ベクトルがこうなるから……わかるか栗山?」


「数字が踊っているであります……」


 どうやらわかっていないらしい。


「厳島。教えてやれ」


「だから。こうこうこうやってこうすれば答えが出るでしょ。何がわかんないの?」


 それ天才にだけ許された言い方だから。


「とにかく数式は公式さえ覚えれば後は反復練習だ。受験に向けて勉強するなら必要だが一年の時点で全てを理解しろとは俺は言わんよ」


「でも……先生だって……頭悪い子は嫌でしょ……?」


「可愛いと思う」


「先生! ほぼ全部わかりません!」


「で、厳島はそんな俺に便乗するのな」


 さっき解いた問題だろうが。


「先生はどうやって……勉強したんでありますか……?」


「というか勉強以外にやることがなかった」


「おかげで私というデスティニープランに出会えたわけで」


「厳島さんは……先生が好きでありますね……」


「大好き!」


 他に生徒がいないからいいが、場合によっては男子生徒に刺されるぞ俺。


「でも先生と最初に会ったのは……拙の方であります……」


 ピクッと厳島のこめかみが跳ねた。


「どういうこと?」


「先生の愛を受けたのは……拙が先であります……」


 チラチラと栗山が俺を見る。小動物のような表情の中に俺への思慕が見て取れる。


「先生?」「先生……」


 二人の女子高生が俺を潤んだような瞳で見つめる。これっていわゆるハーレム展開? 俺にもモテ期がやってきた? 厳島だけでなく栗山にも想われるくらい?


「よし。刺そう」


 やめれ。

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