【04:教師と教子】


「えー。で、これから副担任になります。どうぞシクヨロ」


 バイトからクビを宣告されて。ついでに経済的にどうにかなっている教え子に拾われて。その俺の状況に関してはここで論じないとして。彼女の社会的な立場もここでは論じないとして。しかし口添えで帝雅学園の教師職に就いた。教員免許は持っているし、私立なら理事さえ承認すれば犯罪者でも教師になれる。


 スーツは英国ブランド。靴はイタリアのアレ。


 ちなみに唐突な人事だったため、俺の受け持ち教科は存在しない。一応他の教師のフォローとは言われている。ただ問題はそこではなく。


「はい! 先生!」


「どうぞ。厳島くん」


「大好き!」


「ご機嫌だな」


 その彼女の該当するクラスだったりする。目の見えないところで働かれるのは嫌だからという理由で、自分のクラスの副担任に任命する彼女の政治力がかなり怖い。オックスフォードグレイのブレザーにタータンチェックのスカートが眩しい。


「えー?」


 で、もちろん他の生徒は不審に陥る。俺に惚れている厳島。そのギャップがかなりアレなのだと知ったのは後刻のこと。


「ふー」


 難関学校の授業そのものは別にやっていることも変わらない。俺としては高校に通っていないので高校がどういう空気かを知らないのだが。


「せーんせぃ」


 昼食を厳島御手製の弁当で終えた後、コーヒーを飲んでいると職員室に彼女が顔を出す。


「えーへーへー。先生のスーツ姿カッコいいね」


「こんな型紙から作る必要あったか?」


「だって先生身長高いし。既製服だと合わせるの大変だよ? ジャケットが合わないと肩凝りになるし」


「ていうかお前ここで大丈夫なのか?」


「先生と一緒に居たい」


「同じ学校にいるだろ」


「私がモテて心配にならない?」


「めっちゃなる」


「うへへぇ」


 だからキモイって。


 白銀色の髪が揺れる。赤い瞳は喜悦に佇んでいた。グレーのブレザーを着ているから異国の美少女のような印象は強まるばかりだ。


「お前本当に可愛いな」


「先生のために可愛くなったんだよ?」


 小学生時代も十分可愛かったが。


「ていうか女子にもモテそう」


「あー……」


「図星か」


「まぁ。その。色々と幻想を持たれ申し」


 あー。あー。そういう。


「もちろん先生一筋なんだけど。筋だけに」


「そういう下ネタは株を下げるぞ」


「教師って聖職者だけど生殖って言葉と被るよね」


 だーかーらー。


「私のお弁当美味しかった?」


「中々基本に忠実でそつない味だったな」


「色々入ってるから」


「お前……」


「まぁ冗談だけど。さすがに」


 心の底からホッとした。


「ていうかお前がモテるかの話だよ。言い寄られてんのか」


「さすがに経済事情は隠してるけど、外見だけでも相当」


「実際に激萌えするくらい可愛いしな」


「先生大好き」


「抱き着くな」


 アイアンクロー。職員室の教師がこっちを何なるやと見つめている。


「そうだ。自撮りしよ。先生とツーショット」


「いいけどネットにあげるなよ」


「ダメ?」


「せめて目線は入れろ」


「じゃあそっちの方向で」


 はいチーズ。そんなわけでイチャイチャ女子高生自撮りツーショットがネット界隈を騒がせる。俺もちょっと裏垢とか持ってるけどツイイッチャッターて、ネットリテラシー把握してないとホラーだよな。


「女子高生とラブラブなう……と」


「先生の垢かなり攻めてるよね」


「え。把握してんの?」


「MGIって私のことでしょ?」


 厳島護道院美鈴。略してMGI。


「MGI萌えとか、あーあのまま付き合えたらなぁとか」


「どうやって割り出した!?」


「偶然というかなんというか。ま、そんな風に思われてるだけでも幸せなんだけども。本当に先生はしょうがないなぁ」


 えへへぇとまた厳島は笑う。


「あんまりモテないから小学生でも好きって言われると即落ちするんだよ」


「嘘。先生モテるでしょ」


「お前以外に愛を囁かれたことが……まぁ無いとは言わんが」


 アレをカウントしていいのか。


「むー。私が一番先生を愛してるもん」


「というかお前以外に俺を愛している人間がいるのか」


「じゃあ世界で一番巨大な愛を私が先生に送ってあげる」


「気が重い」


「せめて愛が重いって言って!」


 重力崩壊するレベル。愛って重さがないからどこまでも加速するんだよな。光のようなものなのだろうか。でもここまで拗らせた女の子が俺を想うっていうのもそれはそれで嬉しいもので。


「もしもし? どういうご関係で?」


 隣の教師が俺と厳島の関係を聞いてきた。もちろん爽やかに答える。


「教師と生徒」


「ご主人様とメス奴隷」


 だーかーらー。お前は。


「先生が責任取るならここで脱ぐよ?」


 その責任って刑事責任能力って呼ばれる範疇の概念だろうが。裁判になっても勝てる保証無いぞ。


「最高の弁護士雇ってドリームチーム作るから大丈夫」


 ああ。ブルジョワジー。


「そんなことに金使うくらいなら、もうちょっとこうさぁ」


「やっぱり初めては一流ホテルに泊まってヤりたいよね」


「職員室でそれを述べることが俺にどういうローリングストーンをもたらすか分かって言ってるんだろうな?」


 男性教諭の目が特に顕著だ。こんな可愛らしい銀髪女子高生とイチャイチャしてればそりゃまぁなぁ。世の中って不条理だ。俺にも衆人環視にも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る