【02:夢から覚めて夢心地】


「夢……」


 今いる自分を認識して、それから夢に見た厳島とのラブラブは全て過去のことだと思い知る。見ればボロいアパートの一室。


 あれから数年。今も厳島が生きているなら今頃JKだろう。いや死んではいないんだけども。あれからのことはまるで転がる石のようだった。人目は忍んだとはいえ全ての視線を隔絶もできないわけで。俺と厳島のファーストキスは誰かの目に留まり、そして職員会議になった。いやー。怒られた。小学校の教師が生徒と付き合えばそりゃ対外的に不細工で。学校側も俺を切り捨てることに躊躇いが無かった。実習生やっていたときは歓迎したくせに。


 おむすびコロコロ。ローリングストーン。


 小学生と恋愛するのも無謀だが、なお意見は熾烈を極める。厳島の親はモンペとして名を馳せた人物で、俺と厳島の関係を認めなかった。いや、普通に考えて認める方がどうかとは思うが。なわけでロリコンという十字架を背負って俺は公職追放の憂き目にあった。厳島とは接触不可能で、さらに自治体に俺の悪名が轟いた。たしかにロリコンと呼ばれて反論できない状況ではあるがこっちにも異論はあって。


 エッチなことはしておりませんよ?


「時間か……」


 それをどれだけ議論しても好転しない現状に疲れてからは反論も自然と諦めた。


 彼女にとってはお姫様の呪いが解ける良い機会だろう。こんな年上を好きにならなくても彼女には開かれた恋路がある。で、その俺はというと結局再就職も難しくバイトに身をやつしていた。納税と食費くらいは稼がないと大人はやっていけないのだ。


「おはようございまーす」


「あ。君クビ」


 遅刻もしていない真摯な勤労態度の俺をクビにする店長の不条理さを漢字一字で現すなら? いくつか候補は浮かんだが、あえて口にはしなかった。


「ちなみにどういう理由で?」


「経済制裁?」


「企業が個人に対して行うには大人げないとは思いませんか?」


「冗談なんだけど」


 是非ともクビの方を冗談にしていただきたい。


「いやー。ちょっと経済的に追い詰められて」


「つまりリストラですか」


「広義の意味ではね」


 ちと意味深なセリフを吐く。


「撤回は?」


「ちょっと無理かな。ガチで契約上君を解雇しないとこっちがマズいから」


 その場合こっちの経済事情がマズいんですが。


「ていうかどうしてあんな子が君をねぇ?」


「あんな子?」


「君の出勤時間は知らせているからそろそろ来るんじゃない?」


「失礼しまーす!」


 スタッフルームの扉がバタンと開け放たれた。飛び込んできたのは一人の美少女。


 制服はよくわからなかったがおそらくJK。


「というか……」


 銀色の髪にルビーアイなんてそうそういるものじゃない。


「……厳島?」


「やはぁ。さすが先生。憶えていらっしゃいましたか」


 お前を忘れろという方が俺には難しい。俺にとっての傾城の美少女だ。


「元気にやってるか?」


「先生のおかげで!」


 晴れやかな笑顔が印象的だ。どうやら引っ込み思案は治ったらしい。仮に友達や恋人に恵まれていても今の彼女ならいと自然だ。


「それで店長。クビにはしましたか?」


「あー。はい。たった今」


「何故ソレを厳島が気にする?」


「もちろん先生とラブラブするためだよ?」


 えーと。


「じゃあ円満に退職もしたんだし行こ行こ!」


 彼女は俺の腕に抱き着いて恋人のように引っ張る。


「えー?」


 で、俺は引っ張られるまま前職のスタッフルームを辞退した。


「久しぶりだねー。先生」


「もう先生じゃないけどな」


 ビル街にひっそりとあったバイト先から場を移し、ビル街にひっそりとある公園で、俺はベンチに腰掛ける。


「タバコ吸う?」


「生憎と」


「じゃあジュースでいいね」


 近場の自販機でジュースとコーヒーを買うと、彼女はジュースを俺に渡してきた。


「お前はコーヒーなのか?」


「先生との思い出だから」


 イジメにあっていた厳島にコーヒーを与えていたのは俺も憶えているが。


「ブラックで飲めるようになったよ?」


「そりゃ御重畳」


 缶ジュースのプルタブを開けて、グイと飲む。甘い。


「レモンサイダー美味しい?」


「まぁ無難な味だな」


「ファーストキスってレモン味って聞いたから」


「その理屈でいえばたしかにお前とのアレかもな」


「えへへぇ。せーんせぃ。会いたかった」


「だいぶ笑うようになったな」


「先生といると自然とね。ガッツリ妄想したし」


「かなり聞くのが躊躇われるんだが……」


「遠慮しなくていいよ? 私と先生の仲じゃん」


「もしかしてお前、まだ俺のこと好き?」


「大好きだよぉ」


 缶コーヒーとは別の手が俺の腕にまとわりつく。


 まるで獲物を前にしたアオダイショウのような。


「先生は? まだ私のこと好き?」


「そうだな。お前のことを考えてた」


「じゃあ両想いだね!」


「おかげで職を失ったがな」


「いいじゃん。これからは私が養ってあげる」


「働いてんのか?」


「そうだね。ちょっと。一応女子高生もやってるよ?」


「で、なんで俺を養うと?」


「だって先生は私の夫だし。経済的に支援するのは当然でしょ?」


 普通逆だと思うんだが。


「そもそも俺を養うだけの経済基盤は?」


「もちろん肯定!」


 グッとサムズアップ。


「ちょっと株で当ててね。いい感じにお金持ってるよ? 結婚資金は潤沢だし、婚約指輪も買いたいし、子供の養育費も問題なし」


「厳島って金持ちだったっけ?」


 たしか小学校の教師をやっていた頃は然程とは聞いていないが。


「もちろん全部先生のおかげ。だから私が先生から得たものを適正に還すだけ。じゃあ行こう!」


「どこに?」


「私たちの愛の巣!」


 ワットアーユーセイイング?

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