教え子のJSと恋仲になって公職追放されたがJKに育った彼女が全然俺を諦めていない件
揚羽常時
短編
教え子のJSと恋仲になって公職追放されたがJKに育った彼女が全然俺を諦めていない件
「先生。だぁい好き」
そう言って、
彼女は小学生で、この世の酸いも甘いもまだ知らない段階で、けれども俺を愛してくれた。あまりこの世代の女の子に理屈を説いてもしょうがないだろう。彼女が小学生相応に可愛くて、そのために男子生徒らのイジメにあっていた。
「厳島が可愛すぎるからな。男子も放っておかないんだろう」
泣いている彼女を慰めて頭を撫でると秒で堕ちた。
失態だ。
元々友達作りにも難儀していた厳島は、その時から俺にだけ心を開く乙女になった。
教師としてはマズいのだろう。実際に教師になってから彼女の友人関係に苦慮していた俺は、業務的にその問題の解決にあたっていた。
厳島は可愛すぎる。
男子の好意も反転するし、女子の嫉妬も買う。その上で彼女にどうやって友達を作ってやれるか考えていると、その彼女が俺なんかに恋してしまった。
小学校の教師をやっている俺だが、実のところ然程子供の機微には敏くない。中学校の頃に自分の異常性を認識したが故に高校に行くことはなく、そのまま高認試験を受けて大学に入り、結果二十歳になることなく教職に就いた。
結局ニコニコしていればだいたいのことが解決するということで母校の教師となり、その学術理解から学校側も迎えてくれた。十九で教師になり、昨今の教師に対する当たりの強さから副担任は因業的に押し付けられ、そうやってクラスに厳島を迎えたのだが、まぁ彼女は俺よりもなお異常だった。
隔世遺伝の影響だろう。銀髪の髪に赤い瞳。それだけでもチルドレン社会では異常なのに、性格もビブリオマニアで自分から意識して人と話すことをしない。また親がモンスターペアレントであったため担任の教師がギブアップ寸前で、副担任の俺にしわ寄せがくるという始末。
彼女が自分を異常だと見なすことは自然だったが、だからとて違うと否定するにも銀髪と可愛さは群を抜いている。おそらく中学生になれば色恋を覚えて男子の引っ張りだこになるだろう。そう思って恋する男の心理を説くと、彼女は俺に惚れた。
人間として壊れているのは俺も自覚するところで、厳島ほど乖離はしていないのだが、それでも学校というのが自分のいる場所ではないという認識は一致した。
「先生。私のパンツ見たい?」
スカートの裾をつまんで持ち上げようとする彼女に少し悩まされた。
「まぁ見たいがパンツであれば厳島じゃなくてもいい」
「力道山でも? 朝青龍でも?」
「いや。そこまで性癖ねじ曲がってないから」
いいからスカートから手を放せ、と手を振る。
「エッチしたくないの?」
「一応パソコンという性奴隷は持っている」
人の性欲に使われるパソコン機能ってもはや性奴隷と呼んでもいいんじゃないかと思う次第。ぶっちゃけパソコンに意志が宿れば抗議されるレベル。
「私じゃダメ?」
「もちろん厳島は可愛いが、だからって抱いたら強姦罪が適応されるから」
十三歳未満と性交をすると、その如何に関わらず強姦罪が適応される。
「じゃあ性交をしなければいいのよね?」
「どこでそんな言葉を覚えるんだ」
「本にいっぱい書いてあるよ?」
そういえばビブリオマニアでしたね。
「先生とならセックスしてもいいんだけど」
「そんなに俺が嫌いか」
もはや破滅を誘っているとしか思えない。しかも俺はともあれ厳島の方にデメリットが大きい。教師とセックスするのはソレほど生徒にとって重いのだ。
「だって大好きだし」
「錯覚だ」
両手を挙げて降参を示す。彼女の味方が俺しかいないとしても、今の彼女の好意に応えるのは難しい。
「もうちょっと大きくなってそれでも好きならまた言ってくれ。審議しよう」
「じゃあ私の脱ぎたてパンツはいらないの?」
「だからそういうことが後々響いてくるんだから止めてくださいと言っているので」
「先生が望むならお漏らししてもいいんだけど」
「俺を何だと思ってるんだ」
いや好きだけども。性癖的には。
「先生のツイイッチャターのアカウント、かなり呟きがアレだよね?」
「なぜお前が特定している!?」
馬鹿な。同僚にもバレていない俺の聖域だぞ。
「幼女最高とかロリペドこそ正義とか今日のロリィとか」
「止めて止めて! ジョークになってないから!」
「私じゃダメ?」
「ダメじゃないがこんな青年捕まえて愛を語らんでも、とは思う」
「本気で好きよ? 先生のこと」
「じゃあ俺のために破滅できるか?」
「先生が望むなら望むだけ」
陶酔するような瞳の揺れ方に、俺を見つめる厳島の慕情を見て取る。
「可愛けりゃ誰でもいいのが男の本音なんだが」
「私、可愛い?」
「そりゃもう極上に」
否定するのも難しく、しかたないので本音を語る。
「じゃあ私でもいい?」
「俺はいいんだが、そんなことで初恋を消費していいのかを疑う」
痒くもない頭をかいて正論を述べる。教師と生徒のラブロマンスなんて書物的には珍しくもないが、実際の問題は山積している。
「厳島は俺でいいのか?」
「先生以外は在り得ない」
あなた覚悟して来てる人ですよね。人を恋に落とそうとするって事は、逆に落とされるかもしれないという危険を、常に覚悟して来ている人ってわけですよね?
「先生の覚悟はこの登りゆく朝日よりも明るい輝きで道を照らしている」
……お前様。
ビブリオマニアってジョジョまで読むのか。
「キスまでは許されるよね?」
「いや許されんから。俺が教師である以上」
「でも法律には抵触しない。健全な関係であれば」
「そうまでして俺に恋を語る必然性がお前にあるのか」
「私がJKになっても変わらない? とっても心配。先生は若い子が好きだから」
「まぁ厳島がJKになればかなり可愛いだろうけど」
「じゃあ待ってて。先生と結婚するまでこの処女は死守するから」
いや。女子高生とヤったらそれも犯罪で。
「でも真剣な交際であれば例外でしょ? 婚約関係にあれば合法だって」
「だからソレをどこでだな……」
六法全書でも読んでんのか。
「だから先生とエッチするのは控える。先生の前で自慰するくらいで我慢する」
「本当に自分が何言ってるか理解してるか厳島」
「美鈴って呼んで?」
誰もいない教室。俺の頬に手を添えて、厳島は真摯に見つめてくる。その御尊貌との距離がゼロになるまで然程の時間はなかった。
唇が重なる。
キス。
そう認識したときには既に厳島のファーストキスは俺のものになっていた。
***
「夢……」
過去回想にしても最悪なタイミングを選んだものだ。我ながら。
結局厳島との関係は上手くいかなかった。
厳島をイジメていたはずの男子生徒が俺との関係を密告して御破算。まぁ厳島を破滅させたいのではなく、むしろ厳島を好きだからの正義的義侠心だったのだろう。
厳島の親がモンペだったことも災いした。PTAで論弁するに俺が如何な変態かを語りつくし、公職追放をこの現代日本でやってのけた。結果警察こそ動かなかったものの、俺の悪名は学内外問わず拡散し、ほぼ顔も知らない保護者の皆様からロリコン扱いだ。厳島も以降俺との接触は断たれ、ここでラブロマンスは断念された……はずだった。
あれから就職活動にも支障をきたし、仕方ないのでコンビニのバイトで俺は食いつないでいた。実家に帰ることも考えないではなかったが、一応断絶の憂き目にはあっている。曰く「ロリコンの息子は知らない」ということらしい。真理だね。
否定も難しいので仕方なく俺は国民年金と自分の食費だけは稼ぐためにバイトを転々としていた。あれから数年経って今はもう厳島も立派な女子高生だろう。恋人でもいるのかもしれない。厳島の幸せが俺の幸せになるわけもないが、俺よりよほど同年代の男子の方が恋仲としては自然だ。
「しかし重いな」
あの厳島を拒絶していればまた別の可能性もあったかもしれないが、俺を想ってくれる女子という存在は稀少なもので。結局何がどうなろうとこの結果だろう。自分という存在が一般人とかけ離れている。そのことを厳島の前では忘れられたのだから。
「おはようございます」
「あ、君クビ」
……ホワイ?
えーと。時間に遅れたわけでもないのにいきなり失職通知を受けた俺の気持ちが果たして二十文字以内で語れるか。店長もどこか諦観したような瞳をしていた。
「もしかしてどなたかからヘイトスピーチでも受けましたか?」
「こっちの都合じゃないのよ」
ますますわからん。クビの通達の根拠が店側になくて、ついでに俺も望んだはずもない。
「本店の意向ですか?」
色々とまぁやらかしてはいるが、一応法的には後ろめたいこともやってないはずだ。絶対に違うとは自信を持っては言えないが。とにかく折角受け入れてくれた珍しいバイト先なのだから理由もなく断首案件は心に来るものが在る。
「いや。もっと個人レベルで」
ますますどういうことだ。困惑していると、ちょっと懐かしい声が俺を呼んだ。
「先生!」
「……………………」
質が少し違うが、イメージと合致する音声。裏口から入って、そのままスタッフルームでクビを宣告された俺の困惑を考慮しない声で、彼女が現れた。
銀髪赤眼。
もうそれだけで悟れる。
「おう。厳島」
どう対応すべきか悩んでいる間に、彼女はこっちに抱き着いた。
「会いたかった!」
「だからそういう真似は止めろと……」
「じゃあ行こ!」
「どこへ?」
至極真っ当な俺の疑問にニコッと彼女が笑う。
「私の部屋!」
ワットアーユーセイイング。
「うわぁ……」
店長の「見てはいけないものを見た」という視線が気になった。抱き着いた厳島の額に手をやり引きはがす。こっちと距離を縮めたいのだろう意図は察するが、こっちとしても社会的な立場がある。今更言えた立場かって話は無しの方向で。
「アレ? そうするとお前が俺のクビを通達したので?」
「うん!」
晴れやかな笑顔でした。憂慮の一切が存在しないような。
「どういう理屈で?」
「先生はもう働かなくていいの!」
それもどういう理屈で?
意味不明さだけが極まっていく現状で、理解が追いついてこない
「もう一生分稼いだから!」
「仮にそうだとして俺を養う理由は?」
「先生のことが好き! 今でも好き! 大好き!」
「錯覚だ」
前にも言ったなこれ。
「とにかく先生の面倒は私が見るから。このバイトは辞めて?」
「と言われても」
ここで「ありがとうございます」って答えた場合、俺の立場がかなり危うい。相手が女子高生なのに俺を養うというパワーワード。ここでかつての教え子のヒモになれと。
「正気か?」
「大丈夫! さっきも言ったけど一生分稼いだから!」
「その金を使って幸せを掴もうとか思わんのか……」
「先生と一緒なら多分それが一番幸せ!」
「店長?」
「もう金銭授受は終わってるから」
俺を売ったってことですか?
「ザッツライト」
ああ。そういう。
「なわけで書類上の問題はこっちで解決するので後はご自由に」
いや。仮にそうなった場合、俺が厳島に愛想を尽かされるとツミなんですけど。再就職の目もないので此処で働き先を失うのは羅針盤無しの大航海時代くらい無謀だ。
「とは言われても君が働いた結果得られる収支くらいは既にもらっているから」
そういう札束ビンタに堕ちる人間を初めて見た。空中元彌チョップ並みの威力。
「先生もご苦労なされたでしょ? これからは全部私が面倒みるから」
そもそもお前様、俺と接触していいので?
***
「ジーザス」
仕方ないので離職については後程考えるとして、俺が連れていかれた先で、都心の駅から歩いて五分の高級マンションを見上げると、どうしても神に一言愚痴りたくなった。やっぱり世の中って不平等だな。コミュニズムにでも走ろうかしらん?
「入って入って」
にこやかな厳島の笑顔にジョークの成分は含有していないが、実際どこまで信じていいものか。これが盛大なドッキリであった場合、俺のコンビニでの立場が地に墜ちる。
「先生?」
「えーと。ここに住んでんのか?」
「うん」
そこまであっさり答えられると困惑の一つもするわけで。
「幾らだった?」
「分譲だから――」
彼女の答えはこっちの予想を上回った。
「大丈夫。先生と暮らしたいから買ったようなものだし」
その理屈で「大丈夫」に繋がるお前の感想がとてもアレだが。
「夢ならそろそろ覚めてほしいんだが」
こめかみを人差し指で押さえながら唸る。
「私たちの部屋は十五階だよー」
「アパートに荷物置いてるんだが」
というか引っ越しもせずにここに連れてこられても。
「じゃあ荷造りサービス込みの引っ越し業者に頼むね。住所と電話番号教えてくれる?」
スマホを差し出す。SNSのアカウントが全部認識された。
「えへへぇ。先生のID」
「いや。親御さんの意見はどうなんだ? 俺と一緒に居たらマズいんじゃないのか?」
「十億くらい突っ込んだら黙ってくれたよ?」
「そこもだよ」
コツンと握り拳で軽く厳島の頭部を小突く。
「どうやってそんな大金を手に入れた?」
「株取引!」
いや。まず女子高生が株で大勝ちするのがアレなんだが。
「地の底まで株価が低迷してる会社を買い取ってドーピングしただけ」
色々とツッコみたいことは枚挙に暇がないんだが。
「もしかしてお金持ちって気に入らない? 笠張浪人みたいなのが趣味?」
「けっしてそういうわけじゃないんだが、果たしてお前がそこまで入れ込む価値が俺にはあるのか」
「そうだ。一緒にお風呂はいろ。背中流してあげる」
「俺をタイーホさせたいんだな?」
「婚約者なんだからエッチしても構わないんだよ?」
「処女か?」
「バージンオイル!」
熱を入れると毒性でも持つのかよ。
「とにかく先生にはここで暮らしてもらいます。今まで苦労した分いっぱい甘えていいから。あ。おっぱい吸う?」
「また、たわわに実っちゃって」
両手をあげて降参のポーズ。
「じゃあシャワー借りる」
「さっさーい」
こっちの住民票がどうあるべきかも考えつつ、シャワーを浴びる。
「せーんせっ」
甘えた声が脱衣所から聞こえた。まさか本当に一緒に浴室にか?
「えへへぇ」
ジト目で睨むと、紐水着を着用した厳島が顔を赤らめて立っていた。いろんなところがギリギリ隠れている。
「残念だった?」
「むしろ欲情するんだが」
「カムオン!」
「残念だが俺のブツは粗品だ」
「別に大きけりゃいいってものじゃないよね?」
「やっぱり大きい方が女性って好きじゃないの?」
「先生以外とヤる気ないから大小の如何はこの際関係ないかなぁ」
「ヤっていいんだな?」
「えーと。優しくお願いします」
恥ずかしがるようにはにかむ乙女の純情さはともあれ、着ている紐水着が異様に裏切っている。きっとガチで覚悟してやがる。
「デコピン」
「あう」
ペシッとデコを弾く。
「で」
汗を流してタオルで拭って。システムキッチンで厳島の手料理を食べながら現状確認。
「俺は何をすればいいわけ?」
「えーと」
水着エプロンというかなりアレな厳島の現状はいっそスルー。
「私と添い寝して。私のご飯食べて。私と一緒にお風呂入って。私とエッチしてくれたらいいと思うよ?」
「せめて働かせてください。できればさっきのコンビニとか」
「えー。でも先生にはマンションにいてほしいし」
「外出も許可されんのか?」
迂遠的な拉致監禁?
「あ、じゃあ仕事紹介しようか? 私の伝手でよければ」
「国内だよな?」
「先生五カ国語話せるんでしょ?」
「まぁやろうと思えば」
「まぁ必要ないんだけど」
ないんかい。
「じゃあちょっと話つけてくる。スーツは持ってる?」
一張羅くらいは持ってるが。
「じゃあそれで。先生のスーツ姿って格好いいよねえ。小学校の頃もよく思い出してた」
夢見る乙女のトリップ具合については論じないとして。
「で、どこよ?」
「うちの高校。私立だから無理がきくの」
公職追放されたんだが俺。
***
「というわけで。今日から皆様の副担任となります。まぁヨロシク」
スーツ着て教壇に立ち、ニコニコ笑顔で愛想を振りまく。
「キャー! 先生!」
クラスの生徒の一人が興奮して俺を呼んだ。
「スーツ姿てぇてぇ! マジ萌え!」
「はい。厳島さん。自重して」
マンションで引きこもるのもどうかと思い、彼女の伝手で仕事を紹介してもらったら、なんと女子校の教師だった。もちろん厳島のクラスの担当。
「抱いて!」
「後でな」
サラリと躱してホームルームに移行する。俺は隅っこで待機。俺の存在は学内に激震した。一応女性職員で統一していたお嬢様学校の教師だ。前例のない人事ではあったがこうしている以上書類上通ったわけで。厳島のクラスの副担任になったのも政治上の理由だ。
「あー。ダメになっていく」
給料も悪くないし久しぶりの教師の仕事もそこまで困ったことはない。ただ奇異の視線が気になった。昼休みは昼食をとった後コーヒーで一服。
「せーんせっ」
隣には当たり前のように厳島がいた。
「いいのか。俺と一緒に居て」
「今パンツはいてないよ?」
聞いてないから。そんなこと。
「コーヒー好きなの?」
「大人になると苦みを欲するものなんだよ」
コーヒーだったり酒だったりネギだったり。
「意外と人気だよ先生。クラスの友達も格好いいって」
「そりゃご苦労なこって」
「実際に格好いいし」
お前の基準は当てにならん。
「女子校の教師ね」
「辞めたかったらいつでも辞めていいからね」
「労働は尊いぞ」
「先生」
はいはい。
「大ちゅき」
しかたないので俺はコーヒーを飲んだ。
さすがに校内で生徒とキスしたら問題だろう。主に厳島の内申点が。
久方ぶりの教師は真っ当に進んだ。俺の担当科目は存在せず、担当教諭が講義を行えない時にヘルプに駆り出される存在だ。傭兵のような、ともいう。
後はクラスの担当生徒の名前を覚え、書類整理をすれば職員会議以外にやることがない。
「遅いよ。先生」
「遅くなるとは言っていただろうが」
校門で健気に待っていた厳島が小石を蹴る。
「デートしない?」
「夜飯も食わなきゃなぁ。給料が来月末だから奢ってくれ」
「一応私のお金は先生との共有財産だよ?」
「同年代に興味ないの?」
「先生と本があれば他はいいかな?」
ご機嫌だなぁ。
「しかし絵面的にマズいな」
スーツの成年と制服女子。どう考えても案件だ。
「何も間違ったことしてないんだから堂々としてればいいんだよ」
お前はそうかもしれんが。仕方ないので腹をくくって一緒に帰路につく。駅にさえ辿り着けば歩いて五分だ。飯を食う場所もそこそこある。電車に乗って駅を目指して運ばれていると、
「厳島っ」
男子が厳島を呼ぶ声が聞こえた。違う学校の制服だ。どこの高校かまでは知らないが。
「ああ。お久」
どっちかってーと淡白な物言いだった。厳島は。
男子の方は少し憧れのような目をして会話を続ける。
「よう。今帰り?」
「そだね」
「そうだ。コーヒーでも飲まねえ? 奢るぜ?」
「遠慮」
「そう言わずにさぁ。元学友だろ。ちょっとくらい話に付き合わねぇ?」
「はあ」
コツンと俺の胸板を肘でつつく。何が言いたい。
「復讐するは我にあり?」
だからどういう意味だ。
「今デート中だから。無理」
「デートって。誰と?」
怪訝な男子の視線を受け止めて、厳島は俺の腕に抱き着く。
「先生と」
とても幸せそうな顔をされるともう何も言えなくなる。たしかに愛されるってことは幸福だ。こんな可愛い子ならなおさらで。ついでにベタ惚れとくる。俺に抱き着いて肩に頬を擦りつけるじゃれつく猫のような愛らしさに大人としてどう対処すべきか。
それから漸く俺の存在に気付いた男子くんは唖然とする。
「お久しぶりかな?」
「ロリコン教師……」
まぁそういう認識だよな。俺と小学生だった厳島の仲を裂いたのは誰あろう今目の前にいる男子だ。
「テメェ。捕まってなかったのか」
「そもそも刑事事件じゃなかったしね」
「先生大好き愛してる。今夜もいっぱい愛し合おうね?」
「はいはい」
「女子高生と付き合ってるのか? 犯罪だぞ?」
「真剣なお付き合いをしているだけだ。もちろん結婚も考えてる」
「アンタのせいで先生はご苦労為されたんだから」
たしかに。恨む筋合いではないが、せめてもうちょっと穏当な人生がよかった。
「そんな犯罪者の何が良いんだよ!」
「ナニ」
ちょっと待て。冗談として成立してないから。
「ヤってるのか?」
「先生上手だよ?」
キスがな。
「アンタだって本当は私が好きとかじゃなくて抱きたいんでしょ? セックスしたいんでしょ?」
俺の肘にパイオツが押し付けられる。変幻自在ヤマトナデシコ七変化。
「私のおっぱい揉みたい?」
「いや。俺はそんなつもりじゃ」
「まぁ私のおっぱいは先生のモノなんだけど」
だから俺を追い詰めてどうしようと。
「アンタみたいなイジメの首謀者に揉ませるおっぱいは無いわ」
「あの時は悪かったって……」
「そう思うなら私の視界から消えて?」
何の遠慮もなく言語で断頭する。
「私の身体は先生のものだから。そうね。自慰くらいは許してあげる」
自分をイジメていて、ついでに俺を破滅に追いやり、なのに厚顔に愛を説く。そんな男子の在り方が厳島は嫌いらしかった。
「私は先生とセックスするから。色々とシチュエーションも考えてるから」
そう言って陶酔した表情で厳島は俺にキスをした。社会問題ってこうやって出来上がっていくのだろうか?
ガタンゴトン。今日も今日とて電車は走る。乗る人の、一人一人に人生があり。
***
「引いた?」
飯食って帰宅。一応転居から就職までの間に荷物は運びこんであった。こんなセキュリティの高度なマンションで暮らすと女子高生的には安心なのだろう。
「何が?」
で、俺はダブルベッドで厳島と添い寝して、今日という日にエンドマークを付ける。照明を暗くして仄かに見える彼女の髪をすく。
「私の横暴」
「何をしたかの自覚はあるのか?」
「先生をお金で買った」
生臭くはあるよな。
「先生は小学生が好きだから……私じゃダメ?」
「色々と誤解を招いているのはともあれ、俺は厳島好きだぞ」
「そう言わないと私が遠慮するから?」
「疑ってかかるのも致し方ないが、じゃあどうすれば信じる?」
「女の子は求めてくれると安心できるんだよ」
「せめて婚姻届の提出まで待て」
そこまで本気で行ったら俺も現状を信じられる。厳島がガチで俺に惚れているのはしょうがないけど、社会として責任を達成するためにこの恋は障害が大きすぎる。
「先生だってしたいでしょ?」
「違うとは言わない」
常夜灯色の照明のほの暗さの中で、一緒のベッドに寝ている厳島をギュッと抱きしめる。
「先生ぃ……」
熱っぽい声が俺の腕の中で悶える。
「好き。大好き。超好き。ありえないくらい好き」
「ありがとな」
「先生の方は?」
「あ?」
「どうして私を好きになってくれたの?」
「やむなく色々ございまして」
「そのやむなくと色々を聞きたいんだけど」
銀色の髪を撫でる。赤い瞳がこっちを真摯に見つめていた。
「ま、元々人間として壊れていてな」
「まともに見えるけど……」
「妹を殺した」
「そ……れは……」
「引いたろ?」
今更だ。誰にも言わなかった俺の心的外傷。
「刃物で? 毒で? 謀で?」
「勉強で」
たまにいる。勉強が出来ずに自殺する子どもって奴は。俺は異様に勉強ができて、結果勉強が苦手な妹を家庭的な立場から追い詰めた。親の期待は全て俺に向けられ、なのにそのことを俺に糾弾するのも妹は出来なかった。自分の頭が悪いことを他人のせいにできないというのは、勉強という業の常で、子どもにとってストレスフルだ。
自分の成績が悪いのは自分の努力が足りないから。
もっと勉強しなさい。
お兄ちゃんはあんなに頑張っているのにアンタはサボって恥ずかしくないの。
それら一つ一つの言葉は強くなくても、積み重なれば人を殺す力になる。誰にも何も言えずに妹は死を選んだ。自分の部屋で首をつっていた。親はその罪を受け止めることができず、俺が悪いと詰った。
「アンタが勉強できない妹を馬鹿にしたからあの子は!」
という具合。
別に俺は妹の成績が悪くても妹の価値を損なったことはなかったのだが。
「で、小学生を見るとたまに思う。妹ってアレくらいだったなって」
今生きていれば厳島より年上だ。
「だからへこたれている小学生の女の子は放っておけない。そんなことで辛い目にあっている幼女をどうにかしたい。大人になったらそんな短所なんて笑って流せるんだぞと言ってやりたい。仮に厳島がイジメを苦に自殺したら、俺は妹を二度も見殺しにしたお兄ちゃんになってしまう」
それだけは絶対に嫌だったから。
「だから自己満足のために慰めた。それだけ」
どこにでもある不幸の一つだ。聞くに予備校生の中にも毎年自殺者は出るらしい。俺は生まれつき勉強が得意だったので、そのストレスについては無縁だったのだが。
「言ってしまえばくだら――んぐっ!」
くだらない。そう言おうとして唇をふさがれた。厳島のキスによって。
「先生はまだその呪いに縛られているの?」
まぁ。多分死ぬまでこの呪いから解放されることはないのだろう。
「私は死にませんから」
涙声だった。泣いている。厳島は。俺の傷を知って。
「最後まで先生を愛しますから。病めるときも。健やかなるときも」
「なぁ。厳島」
その涙を舐めとる。砂糖菓子のように甘かった。
親すらも妹を殺したのは俺だと言った。俺もそう思っていた。別に許される必要を感じていなかった。このまま痛いことを確認して生きていこう。お前らの老後には何もしてやらない。それが俺の復讐だった。
「私もです」
「厳島も?」
「結果的に株取引には勝ちましたけど、そんなの偶然の結果なんです。本当はこの世界が憎かった。先生と恋仲になれない世界を呪った。先生を公職追放したモンペの母を恨んだ。だから復讐のために株取引を始めたんです。莫大な借金を抱え込んで破産して一家離散すれば、せめて先生が謳える『ざまぁみろ』だけは贈ってあげられたから」
「お前が不幸になったら悲しいんだが」
「でも私の我意のせいで先生は公職追放の憂き目に」
「俺の責任」
「だから私は不幸になるべきだったんです」
「じゃあ。いまこうして俺をヒモにしようというのは贖罪か?」
「そうかもしれません。でもそれだけじゃありません。私は本当に先生が好きです。先生に救われました。先生のためになら何をも差し出していい。処女も。お金も。立場も。でもその幸福を私が用意できなかったはずだから、せめて先生に『ざまぁみろ』って言ってほしかった」
金持ちになるためじゃなく破産するためだけに株取引を始めた。そう厳島は言う。
「でもちょっと都合よく大金を稼いで。だから先生を幸せにするために全力を尽くしたかった。先生と一緒。こんなのは自己満足。それだけ」
「でも……俺は嬉しかった」
「うん。だから先生?」
抱きしめられて、唇が重なる。
「だぁい好き」
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