第22話 これは、モンスター保育園(多分)

「名前……聞きそびれた……!」


 わたしが呆然と呟くと、腕の中のベビーウルフがワンッと吠えた。


『なまえなんか、ないよ!』

「そ、そうなの!?」


 わたしが見つめていると、ファブニールさんが口を開く。


『普通モンスターに名前などないぞ。大体種族名で呼ばれるし、わたくしのように特別な個体だけ、名前を授けられるのだ。その子にも名前はないはず』

「そうなんですね……」


 どうやら名前がついている方が特別らしい。


「とは言え、カラちゃんにもスーちゃんにも名前をつけているし、この子にもなにかつけてあげたいな。なにがいいかなあ……」


 悩んでいると、抱っこされているのに飽きたベビーウルフが、もぞもぞと身をよじって腕の中から抜け出す。かと思うと、シュンッ! とすごい速さで草むらの中に飛び込んだ。


「わああ待って! 預かって一分もしないうちに迷子は勘弁してえええ!」


 わたしは涙目で追いかけた。


 それから散々追いかけまわした末に、蝶々と戯れているところをなんとか捕まえて帰ってこれたけれど……これが毎日続くのかと思うと先が思いやられる。


「君は……ハァハァ……あれだね……ハァハァ……」


 肩で息をしながら、わたしは言った。


「足が速いから……俊足のシュンくんで行こう……!」

『シュン? おれシュンっていうの? へんななまえー! でも、あしがはやいっていみは、きにいった! へへっ!』


 言いながら、シュンくんはわふわふと笑った。その顔は楽しそうで、疲れなんかちっとも感じさせない。本当、子どもって元気だよねえ……。


 それにしても。

 ベビードラゴンにベビースライムにベビーウルフ。うち二匹は進化済みだけど、いよいよメンツが保育園っぽくなってきたなぁ。さながらモンスター保育園。なら、この子たちをしっかり責任もってお預かりしないとね……!


 決意して、わたしは空を仰いだ。

 雲ひとつない空は、数々の事件があったとは思えないほど、青々と晴れ渡っていた。






『メグてんてー! こっちにチュンくんいちゃよ!』


 森の中から聞こえるカラちゃんの声に、わたしははぁはぁと肩で息をしながら走って行く。


 やっぱりというか予想通りといういか、シュンくんの全力疾走はすごかった。おまけにどんどん速さを増していくものだから、最近は追いつくのも一苦労。

 でも、カラちゃんたちが、シュンくん探しを鬼ごっことして楽しんでくれているおかげで、なんとかうまいこと暮らしていた。


「はぁはぁ……! ようやく、見つけた……! シュンくん、また、足が速くなった……? もう、そろそろわたしは、限界、だよ……!」


 ようやく追いついて、ぜぇぜぇと息を切らすわたしに、全然違う方向を見たシュンくんが言う。


『なぁメグ! なんか、にんげんのにおいがする!』

「へ……? 人間……?」

「うん。あっちのほう!」


 シュンくんがふんふんと匂いを嗅ぎながら、遠くを見た。釣られてわたしも見る。


 ――次の瞬間。


 ドォオオン!!! という轟音とともに、大きな雷がシュンくんの立っていた場所に落ちた。その衝撃はすさまじく、ビリビリと空間が揺れ、わたしたちは吹き飛ばされる。


「わあああっ! しゅ、シュンくん大丈夫!?」


 地面に這いつくばりながら、青ざめたわたしは叫んだ。シュンくんが立っていた場所は一面黒く焼け焦げている。


 いくらシュンくんがモンスターとは言え、あんな雷を受けたらひとたまりもない!


「シュンくん! どこ!? シュンく——!」

『あーびっくりした!』


 焦るわたしの横で、シュンくんののんきな声が聞こえた。あわてて見ると、シュンくんはケガひとつなく、ケロリとしている。


 ……どうやら持ち前の足の速さで、雷を避けたらしい。す、すごい……!


「無事でよかったぁ……!」


 わたしが地べたにはいつくばったままほっと胸をなでおろして、ザッザッ、という足音がして、フッと影が落ちてくる。


 それから聞こえて来たのは、若い男の人の声だった。


「——お前、何者だ。なぜ“女神の加護”と“邪竜の加護”、両方を持っている?」


 ……に、人間の声だ!!!

 森に捨てられて以来、実に数週間ぶりの人の声!!!


 興奮したわたしはガバッと顔を上げた。


 目の前に立っていたのは、逆光の中でもギラギラと輝く、深紅の瞳を持つ青年だった。魔法使いのようなローブに、かぶったフードから覗く髪は銀色。


 わたしはその顔を見ながら、ごくりと唾を呑む。


 うわぁ~この人、すごく顔がいい…………。

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