第22話 これは、モンスター保育園(多分)
「名前……聞きそびれた……!」
わたしが呆然と呟くと、腕の中のベビーウルフがワンッと吠えた。
『なまえなんか、ないよ!』
「そ、そうなの!?」
わたしが見つめていると、ファブニールさんが口を開く。
『普通モンスターに名前などないぞ。大体種族名で呼ばれるし、わたくしのように特別な個体だけ、名前を授けられるのだ。その子にも名前はないはず』
「そうなんですね……」
どうやら名前がついている方が特別らしい。
「とは言え、カラちゃんにもスーちゃんにも名前をつけているし、この子にもなにかつけてあげたいな。なにがいいかなあ……」
悩んでいると、抱っこされているのに飽きたベビーウルフが、もぞもぞと身をよじって腕の中から抜け出す。かと思うと、シュンッ! とすごい速さで草むらの中に飛び込んだ。
「わああ待って! 預かって一分もしないうちに迷子は勘弁してえええ!」
わたしは涙目で追いかけた。
それから散々追いかけまわした末に、蝶々と戯れているところをなんとか捕まえて帰ってこれたけれど……これが毎日続くのかと思うと先が思いやられる。
「君は……ハァハァ……あれだね……ハァハァ……」
肩で息をしながら、わたしは言った。
「足が速いから……俊足のシュンくんで行こう……!」
『シュン? おれシュンっていうの? へんななまえー! でも、あしがはやいっていみは、きにいった! へへっ!』
言いながら、シュンくんはわふわふと笑った。その顔は楽しそうで、疲れなんかちっとも感じさせない。本当、子どもって元気だよねえ……。
それにしても。
ベビードラゴンにベビースライムにベビーウルフ。うち二匹は進化済みだけど、いよいよメンツが保育園っぽくなってきたなぁ。さながらモンスター保育園。なら、この子たちをしっかり責任もってお預かりしないとね……!
決意して、わたしは空を仰いだ。
雲ひとつない空は、数々の事件があったとは思えないほど、青々と晴れ渡っていた。
◇
『メグてんてー! こっちにチュンくんいちゃよ!』
森の中から聞こえるカラちゃんの声に、わたしははぁはぁと肩で息をしながら走って行く。
やっぱりというか予想通りといういか、シュンくんの全力疾走はすごかった。おまけにどんどん速さを増していくものだから、最近は追いつくのも一苦労。
でも、カラちゃんたちが、シュンくん探しを鬼ごっことして楽しんでくれているおかげで、なんとかうまいこと暮らしていた。
「はぁはぁ……! ようやく、見つけた……! シュンくん、また、足が速くなった……? もう、そろそろわたしは、限界、だよ……!」
ようやく追いついて、ぜぇぜぇと息を切らすわたしに、全然違う方向を見たシュンくんが言う。
『なぁメグ! なんか、にんげんのにおいがする!』
「へ……? 人間……?」
「うん。あっちのほう!」
シュンくんがふんふんと匂いを嗅ぎながら、遠くを見た。釣られてわたしも見る。
――次の瞬間。
ドォオオン!!! という轟音とともに、大きな雷がシュンくんの立っていた場所に落ちた。その衝撃はすさまじく、ビリビリと空間が揺れ、わたしたちは吹き飛ばされる。
「わあああっ! しゅ、シュンくん大丈夫!?」
地面に這いつくばりながら、青ざめたわたしは叫んだ。シュンくんが立っていた場所は一面黒く焼け焦げている。
いくらシュンくんがモンスターとは言え、あんな雷を受けたらひとたまりもない!
「シュンくん! どこ!? シュンく——!」
『あーびっくりした!』
焦るわたしの横で、シュンくんののんきな声が聞こえた。あわてて見ると、シュンくんはケガひとつなく、ケロリとしている。
……どうやら持ち前の足の速さで、雷を避けたらしい。す、すごい……!
「無事でよかったぁ……!」
わたしが地べたにはいつくばったままほっと胸をなでおろして、ザッザッ、という足音がして、フッと影が落ちてくる。
それから聞こえて来たのは、若い男の人の声だった。
「——お前、何者だ。なぜ“女神の加護”と“邪竜の加護”、両方を持っている?」
……に、人間の声だ!!!
森に捨てられて以来、実に数週間ぶりの人の声!!!
興奮したわたしはガバッと顔を上げた。
目の前に立っていたのは、逆光の中でもギラギラと輝く、深紅の瞳を持つ青年だった。魔法使いのようなローブに、かぶったフードから覗く髪は銀色。
わたしはその顔を見ながら、ごくりと唾を呑む。
うわぁ~この人、すごく顔がいい…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます