第19話 おめでとう! 進化です

 そこに立っていたのは、頭の上にちいさな殻をちょこんとかぶり、でもわたしと同じぐらいの身長になったカラちゃんと、七色にキラッキラと輝くスーちゃんだった。


「進化……?」

「ピュイイ?」


 わたしはカラちゃんをまじまじと見た。


「カラちゃん……なの?」

『メグてんてーみてぇ! カラちゃん、おっきくなっちゃった!』


 そう言ってけたけた笑う声は、確かにカラちゃんだ。でもその体はもう赤ちゃんではなく、しなやかな生命力を感じさせる若ドラゴンという言葉がふさわしい。


「あんなにちっちゃかった翼も大きくなってるし、体もしっぽも全部すっごく立派になってる……!」


 それは隣のスーちゃんも一緒だった。

 サッカーボールくらいだったスーちゃんは、もうひとまわり大きくボリュームアップ。触るとぷるんと揺れなくなった代わりに、硬くてひんやりする。

 そして何より、信じられないぐらいの輝きを放っていた。七色に輝くプリズムの輝きは、ダイヤモンドよりもまぶしい。


「スーちゃんまで立派になって……! モンスターさんって、こういう風に成長するんですね!?」

『いや……これは成長ではない。進化だな。わたくしも初めて見る』

「そうなんですか!?」


 わたしが驚いて聞き返すと、ファブニールさんがうなずく。


『普通は突然巨大化したりせぬ。日にちをかけてゆっくり成長していくのだ。カラならドラゴンに、スーならスライムに。だがこれはそういう次元じゃない。種族そのものが変わっている』

「へっ……?」

『見たところ……カラはアークドラゴンに進化したようだな。しかもわたくしの遺伝子を引き継いでいるから、新種と言ってもいいかもしれぬ。スーは……ダイヤモンドスライムだと!? これは幻獣ではないか……! わたくしも初めて目にするぞ』


 専門用語はよくわからないけれど、なにかすごいことが起きているらしい。


 カラちゃんが楽しくてたまらないというように、ドスンドスン跳ねまわる。かと思うと、ぷくっと頬を膨らませて、ボォオオオっと炎を吐き出した。

 その熱量は今までの比ではなく、野放しにしていたらすぐさま森が焼け野原になるであろうレベルだった。


「うわあああ!? カラちゃんストップストップ! 森が全部焼けちゃうよ!」

「ピュイ~」


 不満そうな顔をして、カラちゃんが口を閉じる。

 その横では、スーちゃんがにゅっと触手を伸ばして、自分の頭をすりすりと撫でていた。


「スーちゃん。自分でいい子いい子しているの?」


 けれど、そうではなかったらしい。


 しばらく自分の頭を撫でまわしたスーちゃんは、ぴたりと硬直した。

 かと思うとぷるぷると震え始め、縦長のおめめからボロボロと涙が零れ落ちる。


「えっ!? ど、どうしたのスーちゃん!」


 わたしが心配して駆け寄ろうとしたその時だった。


『イヤーーーーー!!!』


 カラちゃんとは違う、甲高い声が辺りに響き渡る。その音に、木々に留まっていた鳥たちがあわてて逃げていく。


 ……えっもしかしてこれスーちゃんの声!?


『イヤー!!! イヤイヤイヤイヤ! イヤ! スー、イヤー!!!』

「うわぁっ!」


 スーちゃんが泣きながら、ひっくりかえって触手をぶんぶんと振り回し始める。それはムチのようにヒュヒュッとしなって、危ないことこの上ない。


「どうしたのスーちゃん! 何がイヤなの!?」

『イヤー!!! イヤイヤイヤイヤ~~~!!!』


 イヤと繰り返すばかりで、肝心の何が嫌なのか全然わからない。

 手足触手をばたつかせてひっくりかえる様は、魔の二歳児と言われるイヤイヤ期の幼児を思い起こさせた。


 ……もしかしてスーちゃん、進化したことでイヤイヤ期に入っちゃったの? というかモンスターにも、イヤイヤ期ってあるの!?


 わたしはスーちゃんのムチに当たらないように距離を取りながら、根気よく話しかける。


「スーちゃんはすっごく嫌だったんだね!? 何が嫌なのか、わたしに教えてくれないかな? 進化したのが嫌だった? それとも透明になっちゃったのが嫌だった!?」

『イヤ~~~!!!』


 だめだ。話が通じない。さすがイヤイヤ期(多分)。


 わたしが困り果てていると、スーちゃんのイヤイヤ期に飽きたらしいカラちゃんがぴょんっと飛びついてきた。


 前までだったら受け止めて抱っこしていたけれど、今のカラちゃんはわたしと同じ身長。尻尾とかも含めるともっとあるわけだから、当然受け止めきれなかったわたしがずしゃっと尻餅をつく。


「カ……カラちゃん、もう大きくなったから、突然飛びついてくるのはちょっとまってね。もう少しで、わんちゃんを潰すところだったから……!」


 言いながら、わたしは潰しかけた隣の子犬を見た。……子犬って言っても柴犬ぐらいの大きさがあるんだけれど、びっくりした目でこっちを見ている。


 すると、今度はカラちゃんがふるふるっと体を震わせてた。それからみるみる目に、涙が浮かび上がってくる。


 ——あ、これはまずい。


 危機を察知したわたしがサッと子犬の耳をふさいだ直後だった。


『ピギャァァアアア!!!』


 地鳴りが起きたのかと思うぐらい、森全体が揺れていた。

 鳥が飛び立つどころか、意識を失ってボトボトと地面に落ちていく。キャンッ! と吠えた子犬が、あわてて草むらに突っ込んで隠れた。


『メグてんてぇにおこらりたぁぁあああ』

「ち、違うよカラちゃん! 怒ったんじゃなくて注意したんだよ~!」


 自分の耳を押さえながら、わたしは声を張り上げた。

 どうやらカラちゃんは、体は大きくなったものの心はまだ追いついていないらしい。


『イヤアアア!!! スー、イヤアアア!!!』


 その隣では、相変わらずイヤイヤしているスーちゃんが、カラちゃんに負けないくらいの声で叫んでいる。




 ——拝啓、りさちゃん。


 お元気ですか? そろそろこちらの暮らしには慣れましたか?


 お姉さんは今、『イヤイヤ期』と『ギャン泣き』のダブルコンボで、白目をむいています……。

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