第14話 こんにちは、おいしいやつです

 わたしはザァーッと血の気が引くのを感じながら、あわてて湖に戻った。


「カラちゃん!? カラちゃんどこ!?」


 しまった……! 上手に泳げるからって油断していた。水に入った子どもから目を離しちゃいけないって、あれだけ厳しく言われてきたのに!


 不安と緊張で心臓がドクドクと脈打つ。パニックになりそうなのをこらえて、わたしはざぶんっと湖の中にもぐりこんだ。子どもがおぼれる時、実は音もなく静かにおぼれるパターンがすごく多い。もしかしたらカラちゃんも……。


 ――いた!!!


 血眼になったわたしの目に、探し求めていた姿が映る。

 カラちゃんは少し離れた水中で、苦しそうにバタバタともがいていた。そして何かに引っ張られるように少しずつ、少しずつ遠ざかっていく。そんなカラちゃんを引っ張っているのは——。


 大きなカニ!?


 大型犬ぐらいの青いカニが、カラちゃんの尻尾をハサミで掴みながら、泳いでいたのだ。


 ま、待ちなさい!!!


 わたしは猛然と泳ぎ出した。泳ぎはあんまり得意じゃないけれど、そんなことを言っている場合じゃない!


 カラちゃんが抵抗していたおかげか、はたまた必死のクロールのおかげか、わたしはなんとか追いついた。それから巨大ガニのぎょろっとした目に向かって、渾身のデコピンを繰り出す。


 ビシッ! ……という音はしなかったし全然威力は出なかったけれど、それでも巨大ガニはびっくりしたようで、はさみが緩む。その隙にわたしはカラちゃんを引っこ抜くと、水面にカラちゃんを突き出した。


「ピュイ~……」

「大丈夫!? ごめんねカラちゃん、早く岸に戻ろう! ……っうわわ!」


 戻ろうとしたわたしの脚を、何か硬いものがガッシ! と掴んだ。振り返ると、予想通りさっきの巨大ガニがいた。


「は、放して~~~!」


 巨大なカニはハサミも大きい。それはわたしの頭ですら挟めそうなくらいで、むしろよく脚が千切れていないなって……。やっぱりファブニールさんの血を飲んだ効果はあるみたい!


 でもファブニールさんに感謝している暇もなく、巨大ガニが今度はわたしを引きずっていこうとする。


「ふ、ふんぬ~~~!」


 こういうの、もう何回目!? なんでこんなのばっかりなの!? もし女神の加護とファブニールさんの血がなかったら、わたし一瞬で死んでいた気がする! この世界スパルタすぎるよ~~~!


 なんとか踏ん張ろうとしたけれど、水中の力比べでカニに敵うはずもなく。わたしはかろうじてカラちゃんだけ逃がすと、ごぼごぼと水の中に引きずり込まれた。まずい。いくら体が硬くても、呼吸ができないのは死んじゃう!


 もう一回デコピンしようとしたら、わたしを捕まえていない方のハサミでサッとガードされた。ぐぬぬ、賢い……! ならハサミの方をなんとかはずせないかと引っ張ってみたけれど、そっちも全然ビクともしない。


 どうしよう、息が苦しくなってきた……!


 そこへ、スイ~っとなにかがわたしの視界を横切った。

 見ると、先ほどエプロンの中に隠れていたスライムが、ふよふよと水中をただよいながらわたしを見つめている。


 ううっ、泳いでるスライムはかわいいけれど、残念ながら見とれている場合じゃないんだ……!


 なんて思った次の瞬間、スライムがふるふるっと揺れて、口から大量の泡を吐き出した。


 ブワァァッと噴出した泡が、巨大ガニの顔面に直撃する。それはわたしの体にも少し触れたけれど、全然痛くない。なのに、なぜか巨大ガニは急に苦しみ始めたのだ。


 パッとわたしの脚を放したかと思うと、自分もブクブクブクッと何かを噴き出しながら逃げていく。それもスライムの泡とかじゃなくって、水そのものから逃げていくみたいな勢いで、近くにあった岩の上に登って行った。


「ぷはっ!」


 わたしは水から顔を出して必死に息を吸った。すぐそばで、さっきのスライムがなおもわたしを見ながらゆらゆらしている。


「た……助かった! 本当にありがとう! 君、とっても強いんだね!?」


 ふるふるっとまたスライムが揺れた。


「あっ、そうだ! カラちゃん! カラちゃんはどこ!?」


 わたしの声に、少し離れたところにいたカラちゃんが水かきで泳いでくる。

 よかったぁ、無事だった……! よし、今のうちに逃げ……。


 そこまで考えて、わたしはぴたっと止まった。


 それから考え直して、ゆっくりと岩の上でまだブクブク泡を吐いている巨大ガニを見る。


 カニは何かを必死にとろうとたくさんの手で顔をこすっていて、わたしに構っている余裕はないみたい。その体はそれはもう大きく、手足はぶっとく、そしてツヤツヤしてた。


 ごくりと、わたしの喉が鳴る。


「……カラちゃん、知ってる? カニって、とってもおいしいんだよ」

『ピキュ? しょうなの?』

「だからちょっと、火で焼いてみよっか? わたしたち、このカニに食べられるところだったし、やり返したってお互い様だよね?」


 わたしはギラッと目を輝かせた。


 こうなったら、わたしだって食べられる側じゃなくて、食べる側になってやる! あと、蜘蛛と違ってカニならおいしそうだし!


『いいよ! カラちゃんしゃんしぇ賛成ー!』


 よーし。なら話は早い。わたしはカラちゃんを抱っこすると、カラちゃんの顔を岩の上にいるカニに向けた。


 準備は万端!


「いけっ! カラちゃん! 燃やしちゃえー!」


 わたしが叫んだ次の瞬間、カラちゃんの口からボォオオオっと火炎が噴射された。

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