戦乙女《ヴァルキリー》学園の寮母(♂)無双〜山奥から下りてきた田舎者の少年、ただ雑用をこなしてるだけなのに英雄扱いされる〜

ミポリオン

第001話 プロローグ

 僕はとある学校の寮母として働いている。


 朝の仕事を一通り済ませて食堂を出ようとした時、テーブルの上に弁当袋がぽつんと置いてあるのが目に入った。


「あっ、お弁当忘れてる……」


 その動物のシルエットのような柄が描かれた可愛らしい袋は、僕の職場である戦乙女ヴァルキリー学園の寮生の一人の弁当袋だった。


 戦乙女ヴァルキリー学園は、女性しか会得できない魔装と呼ばれる力の扱いと、モンスターと呼ばれる異形の物と戦う術を学ぶための学校だ。


 優秀な生徒は在学中にモンスター討伐に派遣されることもある。


 確か今日お弁当を忘れたは、少し遠出をしてモンスターと戦闘する予定だったはず。しかも、今日朝ご飯を食べていかなかった。


 人間が活動したり、体を作ったりするのに、食事は必要不可欠。もしかしたら、お腹が空いて力を出せていないかもしれない。モンスターと言う強大な敵と戦うのにそれは危険だ。


「届けに行こう……」


 寮母は、寮に住む寮生をサポートするお仕事。お弁当を届けるのも仕事の内だ。


 僕はお弁当袋を持って寮を飛び出した。



◆  ◆  ◆



「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……聞いてないわよ、こんなの……」


 私は肩で呼吸し、辺りの光景を見て悪態をつく。夥しいほどの数のモンスターが視界を埋め尽くしていた。


 私は森に巣くうモンスターの討伐にやってきていた。しかし、実情と提示された情報があまりに乖離していた。


 情報によれば、森に巣を作ったのはオークの群れで、数は百匹程度。オークキングが群れのボスだという話だった。


 でも、実際に来てみれば、群れを構成するオークは千を超え、率いていたのはオークエンペラーというモンスター。


 モンスターはランク分けされていて、下から初級、中級、上級、超級、特級、王級、幻級、神級の八段階。


 オークキングは超級のモンスターだけど、オークエンペラーは王級に至る。


 超級モンスターも街一つ滅ぼしかねない脅威ではあるけど、王級モンスターは単体で国に影響を及ぼすような災害。桁が違う。


 また、戦乙女ヴァルキリーもモンスターと同じようにランク分けされていて、私は王級に属している。


 だから、王級単体との闘いならほぼ負けることはない。


 でも、王級のオークエンペラーには、オークキングやオークジェネラルなどの超級以上のモンスターたちが従っている。それが数百匹。さらに下位のモンスターは数えるのも嫌になる程だ。


 圧倒的にこっちの分が悪かった。


 それでも街や村に被害が出ると思うと、逃げることはできない。私はそのまま討伐を続行し、多くのモンスターを屠ってきた。


 でも、それももう限界。魔力が枯渇し、魔装も維持できず、視界も霞んできた。


「あ~あ、あいつに謝りたかったな……」


 こんな時になって脳裏をよぎるのは、学園長の師匠の孫だとかで、つい先日私が住んでいる寮の寮母になった少年の姿。


 女子しか居なかったその寮に、男という異物が入り込んできたことで、ついつい感情的に否定しまったことを思い出す。


 流石に言い過ぎだったな……。


「レイ……」


 私は少し後悔しながら、その少年の名をぽつりと呟いた。


 その少年はレイ・アストラルという銀髪に蒼い瞳の十五歳の男の子だ。


「……ル……ん……」

「え?」


 なぜかここにいるはずのないその少年の声で呼ばれた気がした。


「はぁ……そんなわけないわよね……とうとう頭までおかしくなったみたい……」


 しかし、ここは学園から遠く離れた場所。寮母のレイが居るわけないと頭を振る。


「ルビィ……さぁん……」

「え?」


 だけど、確かにレイの声が聞こえる。


 ――ドドドドドドドドドッ


 辺りを見回すと、前方から地鳴りのような音が私の方に近づいて来ていた。


 ――ドォオオオオオオンッ


 私を囲むモンスターたちが突然爆発したように吹き飛んで上空に舞い上がり、一緒に土煙が上がった。


「ルビィさぁあああああんっ!! お弁当忘れてましたよぉ!!」


 その土煙をくりぬくように突き破って姿を現わしたのは、学校の寮にいるはずのレイその人だった。


「はい、これ。忘れてましたよ」


 そして、その声の主はいつの間にか私の目の前に立っていた。


 なぜかエプロンをつけたままで。


 レイは呑気に私に弁当袋を手渡す。


「え、あ、うん」


 私は呆然としたままその弁当袋を受け取った。


「豚肉を調達してくれてたんですね。ありがとうございます。言ってくれれば僕が獲ってきたのに」

「は?」


 レイは辺りを見回すと、意味不明なことを言う。


 ここにいるのは高いランクのモンスターばかり。豚なんていない。私は彼の言っている言葉の意味が理解できなかった。


「せっかくなんで、全部貰っていきますね!! それでは!!」

「え、いや、ちょっと待って……」


 レイは用は終わったとばかりに、敬礼にも似た仕草をすると、静止の声も聞かずにモンスターに向かって走っていった。


「……」


 その後に行われたのは蹂躙。


 ものの数十秒で周りを囲んでいたオークたちは全滅し、死体はどこに行ったのか、綺麗さっぱり消えてしまった。


 一人残された私は、理解不能過ぎてしばらくその場で立ち尽くしていた。

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