第35話 黒潮ピラー
週明けの月曜日。あと二日で学校が夏休みに入る。こうして浅岡とお昼を一緒にするのもしばらくお休みだな。
「影兎の人とご一緒したんです! 感動でした! 絶対あのあと、あの人も登ったんだと思うんです!」
しかし、平和なお昼を送れそうにない。
うん。またなんだ。俺と浅岡の憩いのお昼休憩場所に例の女子生徒がいる。
彼女の名は坂本琴美。紬と同じで高校生探索者である。所属ギルドは父と同じ屠龍。
ピラーに挑む時はフルフェイスに重たそうなプロテクトアーマーを纏っている。
今は普通のお喋りな女子高校生にしか見えない。
次回から場所を変えようと言っていたのだけど、忘れていた。
そうそう、登校して普通に授業を受け、現在は澄ました顔でお弁当を食べている浅岡のことだ。
ノートパソコンから手が離せない様子だった彼のことを心配していたのだが、登校しても別に問題ないとのこと。
ただし、フェイクセンスを他のことには使えないんだってさ。
あの二頭身の影が暗躍しているらしい。
「そ、そうかな……」
「そうですよ! 今回はあの敦賀紬さんとタッグを組んでいたわけではなかったですが、影兎は単独でも55階を制覇しているんですから!」
「う、うん」
「いえ、きっと単独で80階とかもっと!」
「クリアしたのは影兎じゃなく最強パーティだって聞いたけど」
「日下風花さん。綺麗で強くて素敵ですよね!」
やっと話が影兎から逸れてくれた。
しかし、彼女のマシンガントークは止まらない。
なんとかしてくれよ、と浅岡に視線を送るも苦笑されるだけだった。
◇◇◇
などといいつつあっという間に水曜日になり、浅岡と共に四国まで移動したのだ。
四国に入ってからも遠かった。
高知県にある四国最南端の離島「沖ノ島」まで来たのだから。
ここには四国最大の通称「黒潮ピラー」と言われるインスタントピラーがある。
浅岡は四国本土のホテルで待機し、見えぬ敵とのバトルを継続してもらう。そのため、影をインスタントピラーに連れてくることが出来なくなった。
黒潮ピラーは全国ギルド協会の緊急を要するインスタントピラーのリストには入っていない。
注視すべきリストにカテゴライズされている。黒潮ピラーは出現してから5年経過しており、推定階層が70~75階と恐山のインスタントピラーより高い。
お土地柄、挑む探索者が少なくてこのまま放置されるといずれ「注視」から「緊急」に移行することになる。
今回俺がここを訪れたのはクリア目的ではない。
今も全国各地にある緊急に指定されたインスタントピラーに多くの探索者が挑んでいる。
しかしながら、先日の宮島インスタントピラーのような高層ピラーはもうない。
確か最高でも50階に満たず、残りのほとんどが30階未満だ。
残りは日下風花の所属するヒノカグツチなどTOP3と、中堅ギルドが処理してくれる。緊急のインスタントピラーをクリアすると結構なボーナスも出るみたいだし。
クリア時の大き目の青い宝石もおいしいらしい。
金銭的に困っていない影兎としては、先を争って緊急のインスタントピラーへ挑む理由が無くなった。
紬と二頭分したとはいえ、恐山と宮島で相当数の青い宝石が手に入ったからな。
てなわけで、黒潮ピラーへやって来たのである。
クリア目的じゃないなら、何をしようとしていたのかと言うと――。
「影兎さんとご一緒なんて感激です!」
「俺が頼んだんだ。この前も一緒だっただろ」
「姿が見えてませんでした! ウサギマスクも可愛かったですが、ゴーグル姿も素敵です!」
「俺も前よりは今の方がいいと思うな」
父と坂本琴美の二人と共にピラーを登るためである。
紬からプレゼントされた
もちろん予備も準備している。キャンプの謎空間の中に2セットほど。
頑丈なものでも激しい戦闘をするとすぐに傷んでしまうからね。
「幸い、俺たち以外にエントリーしている探索者はいない。思いっきり暴れることができるぞ」
と父がパチリと片目をつぶる。
俺のことだからチェックなんてしてないだろうとわざわざ口に出してくれたわけだが、その通りである。
いつもなら浅岡が助言してくれるのだけど、緊急事態以外でメッセージを送らないようにしているし、影もいない。
どれだけ自分が彼に頼り切りだったのか、父の発言だけでも分かるというものだ。
「琴美。今回は影兎の好意で俺と琴美のレベルアップに協力してもらうことになった」
「影兎さんが……私たちを? 影兎さんに全くメリットがないじゃないですか」
「まあな。俺が頼んだんだよ」
「違うって。父さん。俺から無理を言って父さんと琴美にスケジュール調整をしてもらったんだって」
「父さん……? え? え?」
もういいだろ。他に探索者がいないのなら。
父も俺に正体をばらしても誰も見ていないと言いたかったのだろうからね。
ゴーグルを外し、素顔を晒す。
琴美は目を白黒させ、俺と父を交互に見ている。
「蓮夜先輩……蓮夜先輩だったんですか! 滝さんのことを父さんって、そういうことだったんですか!」
「ごめん。黙ってて。影兎は秘密にしたかったんだ。だから」
「素敵過ぎます! 普通。絶対に自分の功績だって知らしめたくなりますよ! それを、正体がバレないようにって! 分かってます! 秘密のヒーローは秘密じゃなくちゃいけませんよね!」
「あ、うん」
父よ。琴美なら問題ない、と言っていたが何だか斜め上だぞ……。
琴美と父の戦いぶりを見て、彼らのスキルを聞いて、そして紬が新しい魔曲を開発し使ったことでひょっとしたら彼らに協力をお願いできるかもしれないと思い始めた。
父については新たな何かは必要ない。
彼も自分で言っていた。
琴美からも聞いたが、父はかつてCランクの探索者だったんだ。それが今ではBランクでも上位にまで成長した。
それは、父の努力に起因するのだが、スキルもそれを後押ししてくれている。
父のスキル「スリーアローエクスプレス」は三か所まで「強化」を行うことができるのだ。
強化は父の試行錯誤により非常に幅広い範囲に適用される。
ステータスに表示されている力、敏捷、知性はもちろんのこと、武器の性能を強化する、耐性を強化する、といった使い方できるのだ。
そして、強化はレベルが上がれば上がるほど強力になる。
試行錯誤による強化の適用範囲の拡大とレベルアップによる強化の威力の増大によって、父はBランク上位にまでなった。
ならば、飛躍的にレベルを上げれば父と共に200階以上にだって登ることができるようになるかもだろ。
それが父を誘いたかった理由。
一方で琴美は強力なスキルを持ちながらも応用がまるで出来ていない。
彼女のスキルは「重力」。
現状、モンスターを押しつぶすか自分の装備を軽くするの二点のみなんだ。紬のように新技を開発できるようになれば、最強の一角にまでなれるかもしれない。
そんなわけで、琴美も誘いたかったんだよ。
彼女を誘うとなると、俺の正体を彼女に打ち明けなきゃならない。そこが懸念点であったが、杞憂だった。
「一気に登ろう。食糧も持ってきているから!」
「え。蓮夜先輩。まだパーティも組んでないです!」
「あ、そうだった」
「蓮夜らしい」
苦笑する父に対し、頭をかく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます