第16話 バレてました

 翌日学校があったので、その日のうちに実家まで戻ったわけなのだが深夜に帰宅した父に即呼び出しを受けた。

 

「蓮夜。まあ、そこに座れ」

「うん。一体どうしたの? こんな夜遅くに」


 時刻はすでに深夜24時を回っている。母と妹は既に寝静まっているのが幸いか。

 父はと言えば、缶ビールをぷしゅーと開け、うまそうにぐびぐびと飲んでいる。おつまみも用意していないのが彼らしい。

 ネクタイを中途半端にずらし、シャツがはだけソファーにぐでっと座っている姿から、昼間のキリッとした彼は本当に父だったのかと疑問を抱くほど。

 

「ほれ。樹海饅頭だ」

「ありがとう」


 テーブルにお土産が乗せられた。

 そこで父はピシャっと背筋を伸ばし、目を細める。

 

「母さんと涼香は知っているのか?」

「え? 何を。まさか浅岡が」

「もう一人は浅岡と言うのか。彼は何も喋っていないさ。蓮夜と別れてから一言も口を聞いていない。ただ上空で見守っていただけだ」

「え、ええ。え」

「一応、俺はお前の父親だぞ。声を聞けば分かる。それに、スマートフォンを出して触っていただろ。これでバレてないと思う方が驚きだぞ」


 あの時、声を出したのが致命的なミスだったのか!

 ウサギマスクで何とかなったと思っていたのに。

 

「黙ってついてきてごめん」

「全く。もう危ないことはするなっと言っただろうに。だが……」


 父はそこでグッと指を突き出し笑う。

 

「スカッとした! どこをどうしたらゴブリンに歯が立たなかった蓮夜があそこまで強くなるんだ」

「あ、それは……」


 ポンと俺の頭に手を乗せた父が「ありがとうな」とボソッと声を出す。

 俺から目線を逸らしながら。面と向かって言うのが恥ずかしかったのだろう。

 やっぱ、父さんは父さんだ。

 どんなことをしても、俺が正しいと思ってやったことは笑って許してくれる。ただし、法に反しない事に限る。

 父を前にして取り繕う気持ちが全て氷解していく。

 

「夢を……見たんだ。恐ろしい夢を。父さんが死んじゃって、それで、母さんも涼香も……そこで俺、強くなってた。だけど、みんないなくて……」


 喋りはじめるとうまくまとめられなくて。まるで説明になっていない。

 弱る母と妹に相談できるはずもなく、ずっと誰にも辛い心境を喋ることなんてできなかった。

 聞いて欲しかった、生きていて欲しかった父を前にして感情が昂ぶり、涙が溢れ、益々まともな説明をすることなんてできなくなってしまう。

 対する父は「うんうん」と頷くだけで決して「それは違う」なんてことを言ったりなんてしなかった。

 俺が落ち着くまでただただ優しく微笑み、時折背中をさすってくれる。

 

「会いたかった。父さんに母さんに、涼香に。馬鹿な話だと思う。俺がこれから8年を経験し、また元の時間に戻って来たなんて。夢だと片付けるにはリアル過ぎて。もう、何が何だか。でも、夢の通りにやったら強くなれたんだ。それで、夢の通りに父さんも死んでしまうんじゃと思って。それで」

「そうか。よく頑張った。蓮夜。辛かったんだな」

「そうだよ! 父さんがいてくれたら! 父さんが」

「すまんな。不甲斐ない父で。だが、連夜。俺は今こうして生きている。蓮夜が体験したこと。聞かせてもらえるか?」

「もちろんだよ。聞いて欲しい。父さんに」

「おう。その前に何か飲め。あと、顔を洗ってこい」


 ポンと背中を叩かれ、一旦洗面所に。

 鏡に映る自分の顔は酷いものだった。バシャバシャと顔を洗うと幾分頭が冷えてくる。

 戻ったら、父が机に置いた樹海饅頭の包みを開けていた。

 俺は俺で冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注ぐ。

 

「ほれ」

「サンキュー。もぐ……辛い! なにこれ! まずい」

「マジか。どれ……これは……」


 お互いに顔を見合わせ苦笑する。

 樹海饅頭は恐ろしく美味しくなかった。餡子に唐辛子を混ぜるとか何考えてるんだ。

 包みにはこれでスッキリとか書いてる。

 

「いやあ、ライジングサンの若い子に聞いたんだが」

「適当に選ばれただけなんじゃ」

「そうかもな。もう少しおっさんに優しくしてくれてもいいじゃないか」

「父さんは若い子に優しいのにな」

「どういう意味だよ」

「ほら、フルフェイスの子を庇っていただろ」

「あれは……咄嗟に体が動いてしまったんだよ。仕方ないだろ。お前と同じくらいの年の子だったらお前と重なってしまって」

「なんだよそれ。父さんらしい」


 庇ったこともそうだけど、同じくらいの子だったからってことは息子の前で言うことじゃないだろ。

 そこはカッコよく何か言って誤魔化せよ。でも、そんな不器用なところが父なんだよな。

 

「父さん。おかげで落ち着いてきたよ」

「樹海饅頭の効果だな」

「そう言うことにしとこうか。父さんは俺が見た夢のこと、笑わず聞いてくれるんだな」

「突飛な話だが、連夜が俺を助けてくれたのは事実。それが夢から来ているとなれば信じるさ。それに俺の息子がそんな冗談を言うとも思えん」

「うん。じゃあ、聞いてくれ。順を追って話すよ」


 父に俺が体験した8年間についてかいつまんで語る。

 母の病気のことと俺のスキルについては覚えている限り伝えた。


「母さんの病気が発症するのはいつ頃だ。覚えている限りでいい」

「父さんがピラーの露と消えてから一ヶ月も経たないうちのはずだよ」

「俺が消えた、を俺の目の前で言うな。全く。蓮夜の話からして、母さんの病は深刻かもしれん」

「母さんは……どうしたら!」

「まあ、落ち着け。今はまだ何とも言えん。俺の思っている通りなら、蓮夜。お前に頼るしかない」

「俺が母さんを救えるなら、いくらでも」

「分かった。今晩、お前が起きていれるなら作戦会議をしようか。俺はそろそろ寝る。お前は学校」

「休みたいんだけど……」

「学生の本業は学校だろ。ほら、行ってこい。そろそろ母さんも起きてくる」


 父の目線が時計を示す。

 もう明け方の4時半じゃないか……。

 仕方ない。浅岡とも喋りたいから学校に行くか。

 

 朝の6時からもう既に26時間寝ていない。

 欠伸をかみ殺し、通学、そして、クラスに入ると途端に目が覚めた。

 

「おい、影兎が富士樹海をクリアしたんだってよ!」

「やっぱ俺が目をつけただけはある」

「見たか? 合同パーティの動画。50階で分断されて危機に陥ったところを影兎がって! それで怪我人を護るためクリアしちまうなんて痺れるよな」

「そうそう。やっぱ二人なんだって! やばくね。たった二人で55階クリア!」


 あああああ。聞きたくない。聞きたくない。

 学生の本分は勉強だろ。こいつら、勉強もせずにギルドだの動画だの、インスタントピラーだの、何やってんだ。

 

 涼しい顔で座っている浅岡は一体どういう神経をしている?

 俺はもうむずがゆくて仕方ないってのに。

 

「昼にね」

「お、おう」


 ほんとあっさりしたもんだな。浅岡は。

 表情一つ変えずに「昼にね」なんて。

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