英雄様はモブにとって残酷な存在です。

ありま氷炎

第1話

「なんで、ここに白蛇が⁈」


 恐怖のあまり、カチカチと歯が鳴る。

 巨大な白蛇がゼフィアを睨みつけていた。

 母に頼まれ、裏庭のトマトを収穫しようとしていたら、それは現れた。


「だ、誰か!」


 悲鳴をあげる彼女をうるさく思ったか、白蛇が動く。


(殺される!)


 ゼフィアは死を覚悟して、目を閉じた。

 けれども痛みはいつまでたってもやってこなかった。


「おのれ、小賢しい人間め!主の想いを踏み躙(にじ)った報い受けてもらうぞ!お前はこのわしの呪いを受けた。わしの血はお前に染み込み、一年後、死がお前に訪れるだろう」


 体を二つに切り裂かれ、それでものた打ち回りながら、白蛇は呪いの言葉を告げた。


「ゼフィア、大丈夫だったか?」

「はい。オリバー様」


 彼女を白蛇から救ったのは、村で一番賢くて強いオリバーだった。強さや賢さだけではなく、オリバーは容姿も整っていた。金色の髪に木漏れ日の森のような淡い緑色の瞳。優しい面影で、独身の娘はこぞって彼に夢中になった。

 ゼフィアもその一人であり、こんな時なのに胸が高鳴る。


「くっ」


 不意にオリバーが苦悶の声を上げて、膝を折ってうずくまる。その姿を見て彼女は白蛇の言葉を思い出した。


(呪い?)


 真っ赤であった返り血は今や黒々としており、ゼフィアが拭き取ろうとするとオリバーが止めた。


「これは多分、あの白蛇の呪いだ。触ると君も呪われる」

「そんな、オリバー様。私のために」

「ゼフィア。私は君を死なせるわけにはいかなかった。君の笑顔を見るのが好きなんだ。だから、そんな辛い顔しないでくれ」

「オリバー様」

「呪いを解く方法があるはずだ。長老に聞いてみる。そんなに悲しそうにしないでくれ」


 オリバーは優しく微笑み、ゼフィアは泣きそうになりながらもどうにか堪えて、頷いた。


 ☆


「オリバー様」

「ゼフィア。見送らなくてもいいと言っただろう」


 長老に相談した結果、東の魔女が呪いを解く方法を知っているかもしれないと言われ、オリバーはその夜に旅立つことになった。

 呪いを受けた身、見送りはするなと村人全員に伝えたが、ゼフィアは家を飛び出し、オリバーの背中を追う。


「罰則を受けることになる。早く村に戻ってくれ」

「オリバー様。これを」


 ゼフィアは小さい時から身につけていたお守りを彼に渡す。それは青色の石がついたもので、彼女が生まれた時に家に届けられたものだった。贈り主はわからなかったが美しい石で、お守りとして首飾りにしていつも身につけていた。


「だめだ。これは君の大切なものだろう?」

「いいえ。私の代わりにこの石をお持ちください。この石がきっとあなた様を守ってくれるでしょう」


 ゼフィアは必死にオリバーを説得し、彼はやっと受け取り馬に乗る。


「帰りをまっていてくれ」 

「はい」


 馬上から声をかけられ、彼女はしっかりと頷く。


 それから一ヶ月過ぎ、三ヶ月過ぎ、半年が過ぎた。

 けれどもオリバーは戻ってこなかった。

 一年後には死んでしまう。

 東の魔女の元へ辿り着けなかったのか。

 ゼフィアを含む村人たちが心配していた最中、王都から騎士がやってきた。


「オリバー様が結婚⁈」


 騎士がもたらした知らせにゼフィアは驚くしかなかった。

 オリバーと愛を交わしたこともなく、結婚の約束もしていない。しかし、大切な首飾りを渡し、それに対して『帰りをまっていてくれ』とオリバーは返した。

 母にもそんな会話をオリバーとしたことは話していない。首飾りがないことなどから、何かしら察したようで、母が尋ねることはなかった。

 なので、騎士の話にゼフィアの母も一緒に驚く。


「これらはオリバー様からの贈り物だ」


 騎士は金貨の入った袋や、砂糖、塩などいくつかの袋を置いていく。


「『呪いが解け、幸せを手に入れることができた。感謝している』とオリバー様はおっしゃっていた」


 騎士の言葉に、ゼフィアは泣きそうな自分を叱咤する。


(約束もしてなかった。勝手に私が想っていただけ。元々は私のせいで受けた呪いだもの。呪いが解けたことを喜ばなければ)


 必死にそう言い聞かせるが、彼女の気持ちは静まらない。


(そうだわ。あの首飾り。もう用無しのはず。返してもらいたい)


「騎士様。私を王都へ連れて行ってもらえますか?オリバー様に返していただきたいものがあるのです」

「ゼフィア?!」


 突然発言したゾフィアに村の者たちは驚く。

 中にはその返して欲しいものが何か、分かっている者もいたが、まさか王都に連れて行ってくれなどと言い出すとは予想もせず、村は騒然とした。


「いいぞ」


 だが騎士が承諾し、ゼフィアは彼と一緒に王都へ行くことになった。




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