第7話 病室では静かにねって話

ナカノ駅北口。

ナカノブロードウェイを内包するアーケード街サンモールや一部で有名なナカノサンプラザがあり、周辺には多数の飲食店、マニア向けの店が立ち並ぶ。

色々と濃い街として知られる駅だ。


ただ、駅から北西に歩くこと数分、ナカノのイメージとは真逆の閑静なエリアがある。

ナカノセントラルパークと呼称された大型の区立公園を中心に高級分譲マンションや大学で形成されており、街としてのもう一つの顔が現れる。

そしてこの閑静な街並みの一角に地下2階、地上9階建て、ヘリポートを完備した建物、トウキョウ警察病院は存在する。


「う、こ、こは…?」


警察病院ではコースケが意識を取り戻したところだった。

意識体と実体に別れ、どちらも傷ついてはいたが病院の検査の結果、脳波や身体は特に問題はなかった。


「病院だよ。起きたかい、コースケ。」


コースケの傍には口元に髭を蓄え、小太りだが綺麗にカジュアルスーツを着こなしている男が座っていた。


「親父?」

「道端で倒れてるところを救助されたみたいだ、それでわー(俺)に連絡が入った。」


親父と呼ばれた男、比屋根リュウジは憔悴している息子にそう答える。


「あ、俺の身体は」


コースケはヨドバシ市場近くで起きた異常な体験により意識を失った為、途中から記憶がなくなっているが起きた出来事を断片的ながらもコースケは思い出した。

そして自分の身体なのかを確認するかのように顔や体を触る。


「ごめん」


実体である自分の身体にほっとしたのか、そのまま左手の甲をおでこにあて、目を瞑りながらコースケはリュウジに謝る。

この謝罪に色々な意味があることはリュウジも理解はしていた。


「いいさ、たまたま近くにいてここに来られただけだから気にするな。それより聞く力はまだあるかい?」


そう聞かれたコースケは目を瞑り、おでこに置いていた左手を動かし、左耳を覆う。


「うん、大丈夫みたいだ」


リュウジは笑顔で頷くと横になるコースケに近づき、コースケのおでこに自身の右手を乗せながら話しだす。


「病院の検査は異常なしだったが、少し聞きたい。誰に会ったんだ?」


コースケの目をまっすぐ見ながらリュウジは聞いた。

ただ倒れたのではなく、何かがあったということはわかっているようだった。

コースケは少し目線をそらし、答える。


「誰か、わかんないんだよな」

「そうか、あったことを話すことはできるかい?」

「大丈夫、できるよ」


コースケは登校時に聞こえた声、その後ヨドバシ市場近くで起きた出来事を覚えている範囲で話した。


「・・・で、頭痛くなって倒れて、気づいたらここだった」

「うんうん、なるほど」


コースケのおでこに手を置いている右手はそのままに、左手で髭を撫でながらリュウジは頷いている。


「でさ、結界ってなに?」


そのままの勢いでコースケはリュウジに聞いた。


「うんうん、なんくるないさー」


リュウジは変わらず髭を撫でている。

コースケはため息をつく。


「考え出すとこうなるからな、全く」


リュウジが考えている時間が終わるまでコースケは窓の外を見て過ごすのだった。

そして窓の外を見ながらも、自分のあの状態を救ってくれた結界なるものを張ったのも父のリュウジだろうと何となく、ぼんやりと考えていた。

その考えが正解だと証明するようにリュウジの右手がうっすらと光っていることにコースケは気づかないまま、時間だけが過ぎる。

約10分、リュウジの右手の光が消え、おでこから手が離れるとコースケはリュウジの思考時間が終わったと思い、学校の話、友達の話をしだすのだった。



コースケが病院に運ばれて約4時間、目覚めてから2時間程度が過ぎた頃。

コンコン

コースケの病室の扉がノックされた。


「はーい」


コースケは気軽に声を出した。


「失礼します」


入ってきた人を見て、コースケはベッドから飛び起きた。


「カノ!?なんでここに!!」

「うん??」

「あ、初めまして、クラスメイトの須堂カノといいます」


3者の反応、まずリュウジが笑いだす。


「わっはっは!おい、流石にここに彼女はまずいだろう」

「いやいや、親父、俺さっき起きたんだぞ」


リュウジは、そういえばそうか、とカノに向き直り。


「失礼、わーは、いや私はコースケの父の比屋根リュウジと言います。須堂さんと言ったかな?どうやってここに?」


カノの目を見て、神妙な表情のままリュウジは聞く。


「えーっと、まず彼女ではないのと、話せば長くなるのですが。」


カノは学校からここまでの経緯を話す。

学校のクラスでコースケが搬送されたと噂になっていること、その後職員室で病院を確認したこと、病院に到着してからは受付で病室を聞いていたら看護師さんに断られたが親切な警察の人が後で自分も行くからと病室を教えてくれたこと。


「え、ここ、病院は病院でも警察病院なの?」

「あー、言うの忘れとった。道で倒れてたところを助けてくれたのが警官で場所も近いからここに搬送されたって言ってたかな」

「警察病院とかびびるから、先言ってよ」


コースケと父親のやり取りを見てカノは安堵する。


「無事な姿が見られてよかった。警察の人も来るみたいだし、大丈夫そうだから帰るね」

「え、もう帰るの?」


コースケに聞かれ、カノはぐるっと病室を見る。


「流石にここに4人は少し狭いと思うよ。何よりコースケ君、元気そうだし。」

「そ、そか、コースケ君」


あだ名呼びのネコじゃないことに少なからずダメージを受けているコースケを見て吹き出しそうになったカノだったがその様子を見て、リュウジが話す。


「いやいや、須堂さん、もう少しいてやってください。コースケももっと元気になるだろうし、な」


リュウジは笑顔でカノに伝えたあと、コースケに向き直りウィンクする。


「ウィンク、きもい」

「そう言いつつ、グッジョブ親父って思っているだろうに」


リュウジはそう言って笑いながらコースケの背中を叩くとコースケは軽くむせる仕草を見せ、それを見たカノは元気でよかったと口元を隠すようにほほ笑んだ。


病室の中で話し始めて30分が過ぎようとしていた頃。

コンコン

再度、ドアがノックされた。


「はーい」


先ほどと変わらず、コースケが声をかける。


「どうも、警察です」


入ってきたのは長身の警官には見えない男。


「あ、先ほどはありがとうございました。」


カノが立ち上がって礼をする。


「無事に病室に来られたんですね、よかったよかった」


そのやり取りを見てコースケが心なしかムッとしているように見えた。


「警察のどなたなんですか?」


そんなコースケを横目にリュウジが代わりに質問する。


「これは失礼しました、警視庁刑事部特別事象犯罪対策課の九葉 隆と言います。比屋根君を発見した者です」

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