五番目の彼女は特別になりたい
彗星カグヤ
第1章
第1話 特別ではない少年少女
特別にはなれない。
高校三年生にもなれば幾度となくその事実を痛感する。そう年の変わらない少年少女が芸能界の第一線で活躍し、オリンピックの舞台では世界と戦い、たった一本の動画がバズって何万もの人間を魅了し、一躍時の人となって日本中から注目される。
それを才能の一言で片づけることは簡単だ。生まれ持った容姿や能力も少なからず起因するが、それだけでは特別になれないことぐらい少し考えればすぐにわかる。
娯楽や時には交友関係すらも断ち切り、あらゆる時間を費やした者だけが辿り着ける境地。
彼らは特別であり続けるために、凡人には想像もつかない努力や我慢を積み上げている。称賛だけではなく理不尽な誹謗中傷を受けることもあるし、一生懸命やるだけでは認められないこともある。それでも特別な人間は輝き続けるのだ。
そんな姿を見て、そんな苦悩を理解して、そんな生き方に心の底から尊敬する。
と同時に……嫉妬する。やっぱり自分は特別にはなれないと痛感させられるのだ。
そしてその特別な人間というのは、認めたくないが日常の中にもごろごろいる。
***
「かんぱーい!」
グラスをぶつけ合って一口飲むと祝勝会が始まった。
会場は地元の学生がよくクラス会で利用するビュッフェ形式の店。
そんな楽しい空間の中、
「どうした空! 腹減ってねえか?」
「い、いや。俺もめっちゃ減ってるぞ?」
急に話を振られてビクリとする空。
隣に座る友人は当然のように肩を組み、
「じゃあ飲め! 今日は俺たちで店のもん食い尽くそうぜ!」
グラスを掲げると、周囲の連中も「うぇーい!」と言ってもう一度乾杯が行われた。「ほらお前も」と煽られた空は、高校生特有のノリに内心気圧されながら、
「きょ、今日は楽しもうぜええええええ!」
空気を読み、雰囲気に溶け込むように作り笑いを浮かべた。
今日は高校サッカーインターハイの県大会があり、空の所属する
次も勝ってベスト4に進出すれば全校応援になるため、部員のテンションがぶち上がるのも仕方ない。そしてもう一つ理由があった。
「いやーダンス部のみんなのおかげだよ。今日は応援ありがとな!」
部長が同席している女子たちに感謝を伝える。
例年では野球部の応援が風習となっているが、一回戦で負けてしまったため勝ち進んでいるサッカー部の応援をしてくれたのだ。男というのは単純で、スカートをひらひらさせながら生足を振り上げられればやる気が出る。ベンチに座っていた空も、試合よりダンス部に目を奪われてしまったのが本音だ。
そして今はそのダンス部が目の前に座っている。
「みんなかっこよかったよ☆」
「次も頑張ってね♡」
祝勝会という名目で美人揃いのダンス部を誘い、こうしてお食事会をするに至ったというわけだ。人数比はサッカー部が十四人、ダンス部が十人で全員三年生。二つの大テーブルに半々で別れて座っているのだが、どう見ても空の隣の机の方が美男美女の割合が多い。
中には付き合っているペアもいるし、新たなカップルが誕生する可能性も十分だ。
男女問わずこの場にいる大半は出会いが目的で来ているのかもしれないが、空にとっては心底どうでもよかった。強がりではなく、正直この雰囲気が苦手だ。
仲間のことは嫌いじゃないしトラブルも無いが、この場に乗り切れない自分がいる。せめて料理くらいは楽しもうと思って箸を伸ばすと、友人の修也が耳打ちしてきた。
「おいおい空、みんな超可愛いな」
「だな。俺もそう思うよ」
事実なため空も同意しておいた。
客観的に見れば、この空間は楽園に違いない。
「オレは今日肉食になるぜ」
ハンバーグを食いちぎるその顔は覚悟が決まっている。修也は空と違って途中出場したからダンス部の印象にも残っているはずだ。性格も顔も悪くないから勝手に上手くやるだろうと思い、「頑張れよ」と空は背中を叩いてから自分の皿に集中した。
唐揚げ、パスタ、ピザをおかずにしてチャーハンを平らげていく。たまに話を振られるから相槌を打つが、基本的に空がいてもいなくても話しは盛り上がる。
真正面に座るポニーテールの女の子が時折見てくるが、特に何も始まらない。
皿を綺麗にして麦茶も飲み干す頃には、空を取り残して周囲の場は完成されていた。
自慢げに話す少年たちと、それを褒めて笑顔を見せる少女たち。
空の目には、その誰もが輝いていた。みんなが物語の主人公で特別に見えた。
テレビやスマホの中だけじゃない。現実の身近にも特別な人間はたくさんいる。
この空間一つを切り取っても、空は凡人側の人間だと痛感した。
誰かの物語に登場するモブでしかなく、空気に過ぎないと。
でもそう思うだけ。そこからどうなりたいとか、羨ましいとか、全員爆ぜろとか……そういう劣等感は生まれない。熱はもう、失われてしまった。
自分はそちら側の人間ではないと受け入れて諦めただけだ。
「どうした、空。食い過ぎたか?」
「……ああ、そうだな。ちょっと飲み物取ってくるわ」
「じゃあオレのも頼むわ」
純粋についでということで修也は空に頼み、またダンス部との会話に戻った。
空はグラスを二つ持って席を立ち、他にも良い料理が無いか見ることにする。
同じ空間にいる老若男女は、誰もが今という瞬間を楽しんでいるようだった。
きっと今が特別な時間で満足しているのだろう。
そんな姿が、やっぱり空にとっては眩しい。
「はぁ……」
魂の抜けるようなため息。現状に不満はない。そこそこの学校に通えていて、同じ部活の仲間がいて、付き添いだが女の子と食事もできる。充実はしていると思う。
でも本当は──その先を考えようとして空は諦める。
そろそろ戻らないと怪しまれるだろう。あとでデザートをコンプリートしようと思いながらドリンクバーに立ち寄ると、待っていたように少女がこちらを窺った。
「つまらなそうだね」
茶髪のポニーテール少女が、オレンジジュースを注ぎながらポツリと告げた。
周りを見るが誰もいない。どうやら空に話しかけたらしい。
「あはは、いやーちょっと食べ過ぎちゃってさ。やっぱ食べ放題で元は取れないね」
努めて明るく振る舞う。みんなが楽しんでいるのに場の雰囲気を壊すのはよくないだろう。
「あ、そうだ。舞阪さんも今日は暑かったのに応援ありがとね」
だが、
「別に。部活だから仕方なくだよ」
素っ気なく海帆は言う。みんなでいる時とは印象が違い、まるで化粧を落としたような言葉だ。それにどこか冷めたような相好。一瞬空は戸惑った。
「……まあ、でもありがと。おかげで勝てたよ」
「別に私の応援は無くても勝てたと思うけど? それよりつまらなそうだね」
話を逸らしたつもりだったのに蒸し返された。
「そんなことないって。さっきも言ったけど今は食べ過ぎてきついだけだから」
「最初からつまらなそうな顔してたけどね」
「……気のせいだよ」
「ふふ、あたしの目は騙せないよ?」
見透かしたような目で海帆は微笑むと、もう一つ持っていたグラスにもジュースを注いだ。
確かに今日の会は最初から乗り気ではなかったが……。
「そ、そんなに俺のこと見てたの?」
サッカー部っぽくさらりと聞いてみた(つもり)。
いや、どこの部活かは全く関係ないが。
「うん、見てた」
「うわー即答かよー。さすがダンス部は肝が据わってるなぁー」
「なんで棒読み? 部活関係ないし」
女の子に「見てた」と正面から言われれば少なからず動揺してしまう。それでもまともに会話が出来るのはノリの良い連中が周りに多く、女子との会話自体はそこそこあるからだ。
「あ、勘違いしないでね。全然これっぽっちも好きとかじゃないから」
「分かってるよ。俺もそんな自意識過剰じゃない」
「ふふっ、今もあたしと喋るのも無理してるでしょ? もっと気抜いていいよ」
「……」
別に人と喋るのは嫌いじゃない。でもどう思われているか必要以上に勘ぐったり、余計なことを言って嫌わらないように気を配ったり、空気を読んで周りに合わせたりするのは疲れる。
そういった自分でも面倒な考えを、海帆は見抜いているようだった。
「えと、どうしたの舞阪さん。キャラ違くない?」
回答に困った空は濁した。
両手に持ったグラスを満たして去ろうとしたその時。
「あたしたちは特別になれないよ」
その淡々としたセリフに、空は足を止めた。
「ごめんね、急に変なこと言って。でも本気だから」
言葉が見つからず立ち尽くす空に、海帆はいたずらが成功したように微笑む。
「また今度二人で話そ。みんな待ってるよ」
グラスを満たすと、海帆は空を置いていくように席に戻った。
その背中は少し嬉しそうにも見えなくもない。何が目的なのか。海帆の言葉が脳内にこびりついて離れない。考えても真意は分からず、少し遅れて空も戻った。
「あ、遅かったな空。何してたんだよ」
「えっと、ちょっとワッフルでも作ろうかと思ったんだけど並んでてな」
修也にジュースを渡して座る。
するとダンス部の女子が身を乗り出す勢いで、
「えーいいなーワッフル。私も食べたーい! 海帆一緒に行こっ」
「うん、いいね! 写真撮ろ!」
改めて見てもさっきの海帆とは別人みたいだ。
正面に座る彼女はお喋りに夢中で、たまに空を見ては笑みを浮かべる。
まだ特別になれていない二人のファーストコンタクトは、特に何もなく終了した。
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