第39話【背面にムサシ】

食卓にはムサシが来た時よりも多い品数のおかずが所狭しと置かれていた。


「うわー、ご馳走だぁ。すごいね、ママ」


「コジローちゃんが来てくれたから、今日は腕によりをかけて作ったの。いっぱい食べてね♪」


 母さんの慈愛、果てしなき。貴女の息子として生まれて来た事を誇りに思うよ。俺も母さんに倣ってコジローって呼ぶことにしよう。


「母君……本当に、こんな豪華なお料理をいただいてもよろしいのですか?」


「ええ、勿論よ」


 コジローは恥ずかしげに箸を取り、「ち……馳走になります」と言った後、里芋の煮っ転がしを頬張った。


「……美味しい。とても美味しいです」


 彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。


 そりゃそうだよな。一ヶ月間、釣った魚だけで生き延びてきたんだから、格別に違いない。


 上品に食べ進めるコジローの隣で、「うまっ! うまっ!」とバクバク食い散らかすムサシを見て思った──


 この無神経さが、ムサシの比類なき強さの根源なのではないかと。




 食事を済ませたコジローは、母さんの案内でムサシの隣の空き部屋へ移動した。色々と説明しなければならない事はあるが、相当疲れている様子だったので、今日は休んでもらうことにした。


 そんな俺も、今日は少し気疲れしたので、デザートのプリンを食っているムサシを食堂に置き去りにして、先に風呂へ入った。


「……ふう。しかし、コジローも大変だよな。まあ、形は違えど、こうしてムサシに会う事が出来たんだから、とりあえずは良しとするか」


 湯船に浸かりながら改めて状況を整理してみた。


 今現在、この家の中に歴史的大剣豪、宮本武蔵と佐々木小次郎が居る。しかも女体化して。これは、真夏に雪が降るぐらいの天変地異な出来事だ。もしかして世界終わっちゃう? 月が地球に落下してくる予兆か?


 まあ、そんなSFじみた想像は置いといて、コジローは美人だよなぁ。うん、結局これに尽きる。そう、ムサシの天真爛漫な可愛さはもちろん萌えるが、コジローが醸し出す妖艶な和風美人の魅力も萌えたぎる。仮にレンタル彼女のバイトでもやったら、時給六十万円ぐらい稼ぎそうだ。


 ムサシのオリジナルは女体化して原型を留めていないが、コジローは史実通りのイメージだ。もともと黒髪ロングだし、男性とはいえ結構美形だったみたいだしな。男性のままでタイムスリップしてきたとしても、その美貌は変わらなかったかも。


「はぁ……しかし、浴衣姿すんげー綺麗だったなぁ。もしかしたら今後、『拓海様、お背中を流しましょうか?』みたいな展開があったりして。イヒヒ……」


「何独り言ブチかましてんの? キモいよ」


「は? べ、別に独り言なんて」


「心の声がダダ漏れですよ~」


「いや、これはその、思春期特有の妄想であって、健全な十六歳の男子ならば誰だってぇええええぇぇぇ─────!?」


 背面にムサシが居る?


「お、おおおお前いつの間に!?」


 全く気配が無かった。てゆーか、ちょっと待て。コイツ入浴してるよね? じゃあ裸だよね?


 想定外すぎる事態が発生した。


「おいムサシ。俺、まだ入浴中なんですけど」


「別にいーじゃん。この後、ママが入るんだから、いっぺんに入ったほうが早く済ませられるし」


「いや、そういう問題じゃなくて」


「ふ~ん。どういう問題?」


 大問題だよ!


 サラっと混浴を受け入れるムサシだが、こっちはそうはいかない。とにかくこれは良くない。絶対に良くない!


「……俺、先に出るわ」


 はうっ!


 湯船を出ようと決意した瞬間、なんと背中にムサシがもたれかかってきた。


「あのね、ここに来る道中、山田さんに会ったんだけど……」


 おいおいおいおい。これはマジでやばいぞ。ムサシと背中合わせ、しかも互いに全裸。お湯というフィルターはあれど、俺の背中に柔らかな肌が密着している。このままでは、ヤツが……ヤツが起きてしまう。


 もはや理性で制御出来る状態ではない。いくら中の人が宮本武蔵だとはいえ、質感は女の子そのものなのですからぁ~!


「でね、随分シゴかれたみたいだよ?」


「シゴかれた!? 何を!?」


「は? いや、山田さんがゴン爺に相当シゴかれたみたいで、憔悴してたって話」


「あ。そ、そう……」


 こんな状況で際どいワード出しやがって。わざとか? わざとなのか?


「とにかく、俺はもう出る!」


「ちょいちょい、たっくん落ち着きなよ~。こうして入浴中に入ってきたのには、理由があるんだからさ~」


「理由?」


「うん、少したっくんに聞いてもらいたい話があって」


「お、おお……」


「コジローの事なんだけどさ。やっぱ悪いことしたなって思って」


 これは想定外の展開。ムサシがコジローのことを気にかけているではないか。


「確かに、あたしがタイムスリップしてきたってことは、あたしの意志じゃないし、ある意味事故だよね。でもさ、さっきたっくんが言った通り、時間どうりに舟島へ到着してたら、タイムスリップなんてしなかったんだろうし、コジローも一ヶ月間サバイバル生活しながら、あたしを待たなくても良かったんだよね。兵法の一つだったとは言え、本音は少し……少しだけ反省してる」


 意外な言葉だった。


 オリジナルの宮本武蔵ならば、あの兵法はたとえ卑劣だと言われても、勝つための常套手段だと言い放つだろう。


 現代に来て、教養を身に付けた事で、道徳心に変化が生じたのだろうか? ムサシの優しさに初めて触れた様な、そんな気がした。


「……そっか、わかったよ。うん、わかったから、とりあえず先に出てくれる?」




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