第37話【ぴえん】
ヤバい。これはヤバい。相当怒り心頭だ。
「おい、ムサシ。もっとちゃんと謝らないと」
「は? だから今謝ったじゃん。そもそも今回の件、あたしも事故に巻き込まれた被害者なんだからね」
「いや……まあ、確かにそうかもしれないけど、存在自体を忘れるのは失礼極まりないというか」
「え? なになに? たっくんはあたしが悪い、そう言いたいわけ?」
「約束の時間に舟島へ到着してたら、こんな事にはならなかったのは事実じゃないか?」
「ふーん。あたしの兵法に文句があるって事? そういう事だよね」
「いや、文句とかじゃなくて人として……」
うわ~。コイツマジでムカつくわ。
苛立ちの矛先が俺に向けられてる。おいおい勘弁してくれよな。理不尽極まりないムサシに対して、流石に腹が立ってきたぞ。
二人の会話が口論に発展したその時、「御二人共、お止めください」と小次郎が制止の声を上げた。
「もう、よろしゅうございます。私が悪かったのです。確かに宮本殿が、試合の刻限を過ぎても現れなかった時点で、様々な要因を想定すべきでした。実際、宮本殿は事故に遭われてここに居られる訳ですし、あの時、宮本殿が必ず来ると信じて疑わず、一ヶ月の間待ち続けたのは、私の身勝手な行動の結果でもあります。宮本殿は何も悪くありません。むしろ、悪いのは私の方です。ごめんなさい……。ごめ……ううう…………うわぁあああああぁぁぁん!」
「え!? おい、どうすんだよムサシ! 泣いちゃったじゃないか!」
小次郎は切れ長の目から大粒の涙をボロボロと溢し大号泣だ。うわ~……めちゃめちゃ可愛い…………おっと、そんな事を思っている場合ではない。とにかく、泣き止ませないと。
「うわあああぁぁぁん! うわあああぁぁぁん!」
「ちょっと! 泣くとかマジ勘弁だから! あ、あああたしも、その……わざと遅れたのはごめん。あれは兵法の一つで、相手を狼狽えさせる利があって」
「うわぁあああぁぁぁん!」
不本意ながらも一応謝るムサシ。しかし小次郎は一向に泣き止む気配がない。
「……ちょっと、ちゃんと謝ったじゃん。もう泣くのやめなよぉ」
「う……うう…………うわぁあああぁぁぁん!」
泣きじゃくる小次郎に対して、オロオロしながら戸惑うムサシ。うーん……何だろう、このくだり、無限に見ていられる。
「ねえ、あたしが悪かったからさ、もう泣くのやめなよ……」
「……えぐっ! えぐっ! ち、違うのです。私は、待っていた事に対して悲しいのではなくて、私の、私の……存在を、約束を忘れられた事が悲しいのです。うわぁあああん!」
更なる号泣。もはや収拾がつかず、ムサシまで半泣きの表情になってきた。
これは本格的にマズいぞと思ったその時、「あら、どうしたの?」と母さんがやってきた。
「いや、この子がさっき電話で話した迷子の子なんだけど、とある理由で泣き止まなくてさ」
そう告げると、母さんは小次郎に歩み寄り、ニコリと微笑んだ。
「初めまして、私は柳生塔子。拓海の母です。あなたのお名前を教えてもらえる?」
「さ……佐々木小次郎です」
なんと、なんと! 小次郎が泣き止んだ。
「コジローちゃん、よろしくネ。今、食事の用意をしてるから、先にお風呂入ってきてもらえる?」
「あ、はい。承知しました」
何て事だ。あれだけ烈火の如く泣きじゃくっていたのに、母さんが一言嗜めただけで泣き止むとは。
俺は母さんの凄さを目の当たりにした。日本の母は強し。
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