第17話【柳生ゆえに】

「それはそれは珍しい。そんな事をワシに対して望む人間など、久方ぶりじゃわい。とどのつまり、道場破りと言う事じゃな?」


「う……うん。そうなるかな」


 道場内の空気が一変した。ピリつく、というよりかは、冷気を帯びたような、そんな空気になった。そして、その話を俺の後方で聞いていた山田さんの表情もまた、剣士の顔になっていた。


 じいちゃんは暫く目を瞑ったまま押し黙り──


「いいじゃろう。この柳生新陰流師範代、柳生権八郎が全力を持ってその命知らずを向かえ討とうではないか。山田!」


「はい!」


「剣を持て。少し準備運動じゃ」


 山田さんにそう促すと、じいちゃんは脇に置いてある木刀を手にした。そして、山田さんも木刀を手にし、中央で向かい合った。


「拓海よ、その者がお前の友人だとしても、道場破りを口にするならば、ワシは一切の手加減はせん」


 じいちゃんは木刀を構えた。対する山田さんは身長百八十センチを越える大男。三十代という若さもあってエネルギーに満ち溢れている。じいちゃんは齢八十三歳。身長は百六十センチを切る小柄な体型だが、年齢にしては筋肉がついているし、背筋もシャンとしている。だが体格差は歴然だ。 


「……来なさい」


「オオオォォ────!」


 山田さんは気合いと共に上段の構えから、豪快に袈裟斬りを繰り出した。 


「──渇っ!」


 じいちゃんの発した気合いが、道場の中に響き渡った。その直後、じいちゃんは振り下ろされた木刀を下から切り上げて弾き飛ばした。そして、山田さんの喉元に木刀の切っ先を突き付けた。


「ま、参りました」


 じいちゃんが繰り出したのは、かわしと打ち込みを同時に行う、逆風と言う剣術だ。基本的な攻めではあるが、その疾風怒濤の太刀さばきは、体格差などものともせず、決着は瞬時についた。


 喉元に突き付けた木刀を下ろし、互いに礼。そして、じいちゃんは俺を鋭い眼孔で静かに見据えた。


「人を斬らぬが柳生の剣。しかし、かの将軍、徳川秀忠を護った柳生宗則同様、大切なモノを護る為ならば、ワシは人を斬る事を厭わぬ。その胸を命知らずに伝えよ」


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