29. 新戦力 ガルロ君

 ガルロ君のマスコットデビューは大成功だった。元々、正体不明というところがネットの住民の興味を引いて話題になっていたのだ。まとめサイトやWonderTuberが勝手に宣伝してくれるようなものなのでデビュー動画の再生数は勢いよく伸びた。


 とはいえ、それもガルロ君の愛らしい容姿があってこそだろう。着ぐるみそっくりの姿は幅広い世代に受け入れられて、今やインベーダーズ一番の人気者といっても過言ではない。


 異世界に一人放り出されたのだ。さぞや心細いだろうと思っていたが、意外と本人はケロっとしている。カメラを向けられてプルプルと震えていたことからわかるように剛胆というわけじゃないのだが、異世界漂流に関してはそこまで悲観していないらしい。むしろ、未知の世界に興味があるようで時間があるときはかじりつくようにしてテレビを見ている。


 ちなみに、ガルロ君は一応成人しているそうだ。とはいえ、彼の種族は年齢という概念があまりないらしく、何歳なのかはわからないとのこと。成人の基準は単独での狩りを成功させることみたいだ。


 そんなガルロ君だが、待望の事務手伝い二人目となってくれた。手先が器用ではないらしく、パソコン作業は少し苦手のようだ。なので、メインは清掃係として頑張って貰っている。


 うちの事務所は所属員の種族的な問題があって、清掃業者は入れられない。そのため、普段の掃除は従業員でやっているのだ。忙しいとなかなか手が回らないので、ガルロ君が定期的にやってくれるのはかなり助かる。


『掃除おわったよ! 次は何をすればいい?』

「お疲れ様です。少し休憩しましょうか」


 ガルロ君の教育係はホイミンさん。仕事だけではなく漂流者としても先輩だから、親身になってこの世界のことを教えているようだ。人当たりがいいのでぴったりの役割だろう。


「お茶を入れますよ。柿崎さんもどうですか?」

「おっ、いいですね。ありがとうございます」


 人手が増えたので、仕事の合間にちょっとお茶を飲む余裕もできた。といっても、まだまだ足りない。今は所属VTuberが四人なのでどうにか回っているが、インベーダーズの方針ではVTuberはどんどんと増やすことになっている。認知度が上がれば案件の依頼なんかも来るだろうし、それをどう捌くのかも問題になる。加えて、急に発生するスカウト業務という名目の漂流者の保護。どうにか、こちらの人間でインベーダーズに所属できる人員を確保したいところだ。


 ホイミンさんが入れてくれたお茶――日本茶じゃなくて紅茶だ――を飲みながら、三人で軽く雑談する。


「ガルロ君は、こっちの世界には慣れた?」

『慣れた! 美味しい物がいっぱい! うれしい!』


 お茶請けのお菓子を頬張りながら、ガルロ君が答える。満面の笑みを浮かべるその姿からは、少しの不安も不満も感じられない。本当に前向きでいい子だな。


 ガルロ君もインベーダーズの誇る謎技術で日本語は習得済みだ。こちらの言葉は問題なく理解できている。一方で、発声器官の問題か、日本語を喋ることは難しいらしい。どうしても、わうわうと犬の鳴き声のようになってしまうそうだ。なので、今は技術班の開発した翻訳機を使ってやりとりをしている。


 犬の気持ちが理解できるアプリなんかを連想してしまうが、それとは比較にならないほどの精度だ。ほぼリアルタイムで音声出力されるので、会話をしていても違和感はない。正確には翻訳しているわけじゃなくて、ガルロ君が発する日本語を聴き取りやすくしているだけらしい。だからこそ、遅延無く変換できるのだとか。


「食べる物が合ってよかったですね。私もこちらの食事で困ったことはないですが、中にはどうしても好みが合わない人もいるみたいですからね」

『僕、何でも食べるよ! おかし大好き! 肉も大好き! 野菜は……普通』


 異種族だけあって食の嗜好も千差万別。インベーダーズの所属員の中には地球の食になじめず苦労している人もいるみたいだ。幸いなことに、ガルロ君とホイミンさんは地球の一般的な食事に馴染んでいる。ホイミンさんなんか、俺よりグルメかもしれない。この紅茶だってホイミンさんの趣味みたいなものだ。


 雑談なので、話はころころと移り変わり、インベーダーズ公式チャンネルの話となった。


「ついに登録者数が二十万人を越えましたよ。動画はひとつだけしかないのに」

「完全にガルロ君のおかげですね」


 本来なら所属VTuberの配信の見所や、第二陣以降の予定などを動画にしてアップロードする予定だったのだが、現状では手が回っていない。紹介内容さえ決まっていれば、編集作業に関してはパソさんにヘルプも頼めるんだが……。


 それはともかく、ガルロ君のデビュー動画はインベーダーズで一番の人気を誇っている。マスコット就任の挨拶として、ガルロ君がわうわう喋っているところに、字幕がついているだけの動画なんだがな。


 最近はインベーダーズに届く意見はガルロ君関連がほとんどだ。まあ、それだけ注目が集まっていると言うことだろう。


「ガルロ君のダンス動画が見たい、なんて要望もあるみたいだよ」

『ダンス? よくわかんないけど、やってみる!』

「そう? 公式チャンネルも動画ひとつじゃ寂しいし、それじゃあ何か踊って動画にしてみようか」


 せっかく勢いがあるのだからと要望のひとつを伝えてみると、ガルロ君もやる気があるようだ。というわけで、雑談の軽いノリでダンス動画を作ることが決まったのだが……これがまたすごく伸びた。あっという間に再生回数が100万を突破し、チャンネル登録者数も更に増えた。現状、インベーダーズはガルロ君一強状態だ。別に悪いことではないんだが、できれば新規視聴者が他のタレントの配信も見てくれるように誘導したいものだ。

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