26. 可愛いタイプの……

 数人のお客が囲んでいるのは、二足歩行する犬のキャラクター。大きくてクリクリした丸い目とふかふかな毛が特徴的だ。アニメチックにデフォルメされているので三頭身くらいだが、背丈は俺とほぼ変わらない。例えるなら可愛いタイプのコボルトといった感じだ。


 デスティニーランドでは映画の登場キャラクターがショーやパレードでお客を楽しませてくれるのだが、それ以外の時間にもパーク内を歩いていることがある。頼めば写真撮影に応じてくれたりと、彼らはサービス精神が旺盛だ。だから、目の前の光景も、そんなサービスの一幕だと思ったのだが……ふと気付く。


 デスティニー作品に、こんなキャラクターいたっけ?


 作品を完全に把握しているとは言わないが、それでも有名どころぐらいは押さえている。俺の知る限り、あんなキャラクターはいなかったはずだ。


 そう考えてみれば、今の状況は何かおかしい。パーク内のキャラクターならば、お客に対してフレンドリィに接するはずだ。だが、そのコボルト似のキャラクターは写真撮影に応じることもなく、身を縮こまらせて震えているようにも見える。その仕草が庇護欲をかき立てるのか、お客の「キャーキャー」という歓声を加速させているが、おそらく狙ってのことではないだろう。


 というか、いつの間にか囲んでいる人が増えてる。まずいな。


「リーラさん、もしかして、あれじゃないですか?」

「ん? あの着ぐるみがどうかしたのか?」

「何を言ってるんですか! 中の人なんていませんよ!」


 リーラさん、なんて恐ろしいことを! デスティニーランドのキャラクターは着ぐるみなんかじゃない。そういうことにしておかないと、過激派に目をつけられてしまう!


「って、そうじゃなかった! いや、あのキャラクターが漂流者じゃないんですか?」

「……なるほど、それは盲点だった。たしかにアプリの反応と一致するな」


 これだけ探しても見つからない。そして、騒ぎも起きていない。だから、漂流者は地球人に近い容姿なのだと思い込んでいた。だが、まさかマスコットキャラクター風の漂流者だとは。


「でも、どうします? 人は多いですし、滅茶苦茶写真を取られてますよ」

「……後のことは後で考えよう。ひとまず保護が優先だ。今は大人しくしているが、本当に大人しいかどうかなんてわからないからな」


 わずかに逡巡したあと、リーラさんは方針を固めた。窮鼠猫を噛むという言葉もあるくらいだ。追い詰められた存在が思わぬ反撃に出ることは十分に考えられる。

 俺としても異論はない。


「はい、すみません。ちょっと通してくださいね」


 周囲のお客をかき分けて、コボルト君をその視界から守るように立つ。ブーイングでも貰うからと思ったが、堂々とした態度が良かったのか、特にそういうこともなかった。もしかしたら、何かのイベントと判断されたのかもしれない。


 漂流者への対応はリーラさんがするので、その間、俺は周囲のお客の注意を引いておこう。イベントと勘違いされているのなら都合がいい。


「さあ、みなさん少しお時間をちょうだいしますね? たくさん写真は撮りましたか? 可愛いですよね? ところで、この子が何のキャラクターなのか、知っている人はいますか?」


 質問形式で時間を稼ぐ。このときになって、お客からは「あれ、そういえば……」という声が漏れ聞こえてきた。可愛らしいビジュアルと周囲の勢いに流されて写真を取っていた人たちも、ようやくコボルト君がデスティニーキャラクターではないことに気がついたようだ。


「そうなんです。この子はデスティニーランドのキャラクターではないんですよ。では、どうしてこのパークにいるのでしょうか。それは……」


 それは異世界から漂流してきたからなのだが……それを説明するわけにもいかない。信じてもらえるとは思えないし、信じてしまったらそれはそれで困る。異世界からの訪問者となれば、政府やら研究所やらの介入もあり得る。そうなれば、おそらく自由はないだろう。それはインベーダーズの方針に反することになる。


 さて、どうしようか。適当にしゃべっていたので特に先の展開を考えていないわけだが。


 言葉に詰まってしまったところで、リーラさんから「もういいぞ。適当に締めてくれ」と耳打ちされた。助かったという思いを表情に出さないように気をつけながら、言葉を続ける。


「それは秘密ということにしておきましょう。また別のどこかでお会いすることがありましたら、よろしくお願いしますね!」


 そう言った瞬間、濃い霧が周囲を包んだ。おそらく、リーラさんの魔法だろう。社長には人前で魔法の使用は控えるように言われているらしいが、緊急事態なので仕方がない。


「こっちだ。今のうちに移動するぞ」


 リーラさんの囁きに従い、こっそりと移動する。突然の事態に混乱する人たちの横を抜けて霧の外に出た。


「幻惑の魔法もかけてあるから、目立つような行動をとらない限り注目されないはずだ。だが、効果はそれほど長くない。このままここを出てしまおう」

「はい。それで、コボルト君は?」

「ん? ガルロのことか? ほら」


 コボルト君はガルロという名前らしい。リーラさんがポンと軽く上着のポケットを叩くと、小さくなったガルロ君がひょこっと顔を出した。


「これも魔法ですか? 何でもありですね……」

「いや、この世界はやはりマナが希薄だよ。周囲からマナが集めにくいから、どうしても自前のマナを使うしかない。おかげでもうヘトヘトだ。柿崎君、すまないが負ぶってくれないか」

「勘弁してくださいよ。目立っちゃいますって」

「はぁ、仕方がない。駅までの辛抱だ」


 ともあれ、何とか漂流者の保護には成功した。ちょっとした騒ぎにはなったが……それは美嶋さんのフォローを期待するとしよう。

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