めおと浄瑠璃

ミコト楚良

序  海見晴るかす

「あれゃあ、なにをしとるのですか」

 少年は、田んぼのあぜ道をうろうろしている役人の一団を指差した。

検地けんちというものじゃ」

 師は、その幼い体ごと両腕で包んで、指差した手を下げさせた。


「今までは、てんでバラバラだったことを統一しなさった。一坪(約191cmの正方形の面積)は一歩。一畝ひとせは三〇歩。一反いったんは三〇〇歩、京升きょうます内法うちのり、縦横ともに竹尺4寸9分四方、深さ2寸7分)で土地の取れ高を決める」



 天正十八年九月。

 半島の南岸に、師の寺はあった。

 今日も海にはたわらを積んだむしろの帆の船、帆を持たないの船がなだを行きかう。砂浜まで行けば、杭に何そうもの船が繋留されている。東観音寺ひがしかんのんじが面するなだは難所とされる海域だが、多くの船が航行していた。寺の門前は寄港地、停泊地として栄えている。

吉田よしだの城に新しい殿さまがいらしたんじゃ」

 

「新しい殿さまというのは、どんなお方ですか」

 弟子は屈託なく聞いてくる。

 師は、少年にわかるように言葉を選ぶ。

「――羽柴吉田侍従はしばよしだじじゅうと呼ばれておる殿さまじゃ。豊臣とよとみさまが小田原おだわら北条ほうじょうさまに勝って、天下統一となったからな。これまで、この三河みかわ遠江とおとうみ、五つの国を治めておった徳川とくがわさまは、北条さまの旧領に転封てんぷうとなった。吉田の城のあるじであった酒井の殿さまもひんがしの地に赴かれた。徳川さまの家臣であったからな」


 師は弟子のために拾った小枝で砂地に、おおまかな地図を描いた。

 自分たちのいる半島、徳川さまの領地であった東海道筋の要所を小枝で指す。


「この地は腹心の武将を配置して備えを固めねばならない。そう豊臣とよとみさまは考えた。それで、最も信頼の厚い池田いけだの殿さまを置かれたわけじゃ」



 ――今橋いまはしは東海道の要じゃ。昔も今も。

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