第22話 手合わせ
◆
(はぁ・・・事前に叔父様からこうなる可能性も聞いていたとはいえ、これだけの面々を前にすると、やっぱり緊張するわね・・・)
今回の魔界会談に先だって、叔父様から会談の流れについて事前に注意を受けていた。というのも、今までの魔界の歴史において、女性が英雄として選出されたことはほとんど無いと聞いている。
前例が無いわけではないが、圧倒的に稀だった。その為、私の存在を快く思わない人達も出てくるだろうと聞かされ、その際の手っ取り早い対処法として、手合わせで実力を知らしめることを提案されていた。私としては英雄を目指すことに対して未だ葛藤を抱えてはいたが、叔父様の顔を潰すわけにもいかず、手合わせの件は事前に了承をしていた。
そして、実際に手合わせのために広場に立ち、各国の重鎮達から好奇の視線を向けられると、少しだけ身体が強張るのを感じた。
「では、両者構え!」
私とダグラスさんは、10m程の距離を開けて相対していた。そして、その中央に立つ叔父様の声に私は、ここに移動するまでに預けていた自分の武器を手渡されており、左手にワンド、右手に短剣を構えた。
相対するダグラスさんは、自分の背丈ほどある大剣を正眼に構えたが、訝しむような表情を浮かべて疑問の声をあげた。
「確認するが、リーア嬢は着替えずとも良いのかな?」
そう、私はこの手合わせに際して、正装のドレスのままだった。膝丈のスカートではあるので、それほど動きを阻害するようなデザインでは無いのだが、それでも戦い易いかと言われれば否と言わざるを得ないし、場違い感も凄い。それでも、私がこの格好で手合わせをするのは意味がある。ちなみに、多少派手に動いても大丈夫なように、予めスカートの下には黒のスパッツを着込んでいる。
「ご心配には及びません、ダグラス殿。英雄を目指す者として、何時いかなる時にも戦闘の心構えは出来ておりますし、着ている服のせいで戦えない、などという無様を晒すこともありません」
「ほう。さすがはグラビス殿が推す英雄候補殿だ。では、こちらも手心は加えず、その力を見極めさせてもらおう!」
私の返答に感心するような表情を浮かべたダグラスさんは、身体強化の為に全身を魔力で包み込んだようだ。
「私も色々と勉強させて頂きます」
私は謙虚にそう応えると、魔力を肉体に浸透させていく。そして、双方の準備が整ったとみた叔父様が声をあげた。
「・・・始めっ!!」
「むんっ!!」
「っ!!」
開始の合図と同時、ダグラスさんは地面が陥没するほどの踏み込みで、その巨体からは想像がつかない、疾風の如き速さで間合いを詰めてくると、巨大な大剣をまるで小枝でも振るように片手で水平に斬り込んできた。そこには手合わせという建前を完全に無視した、本気の気迫が込められていた。
普通であれば10mという距離を開けての一騎打ちにおいて、こんな速度で踏み込まれてしまえば魔法は間に合わず、武器で迎撃するか避けるしかない。
普通であればーーー
「
「ぬっ!?」
ワンドをダグラスさんに向けて魔法名を唱える。このタイミングで魔法を放てるとは思っていなかったようで、彼は驚きに目を丸くするが、それも一瞬のこと。大剣を水平に振り抜こうとした体勢を強引に変え、振り抜くタイミングを早めて私の魔法を逆袈裟斬りに斬った。
目視し難い風魔法をこうも正確に捉えられるのは、さすが一国の英雄候補だけあると感心するが、当然それだけで彼の攻撃は終わらない。
「ぬおぅ!」
若干体制が崩れながらも、彼はそのまま腕力に物を言わせるようにして、上段から私の頭をかち割るような軌道で大剣を振り下ろしてくる。短剣で真正面から受け止めようものなら、私の腕ごと叩き斬られそうな勢いだが・・・
「
「むぅ!」
彼が大剣を振り下ろそうとした瞬間、私は土魔法で彼の足元を少しだけ陥没させると、体勢を崩した彼の大剣の軌道がずれたのだが、歯を食いしばり、強引に軌道を修正してきた。
「ふっ!」
「ぬっ!」
私の頭上直撃コースから僅かに逸れた大剣の軌道上に、横合いから短剣を添えるようにして這わせ、私の身体から大剣の軌道を逸していく。途中、彼が強引にこちらに押し込もうと力を込めてくるが、私は力負けすること無く、完全に彼の一撃をいなした。
その直後ーーー
「はぁっ!!」
「ぐおっ!!」
上段からの一撃を逸らし、無防備となっている彼の脇腹目掛けて回し蹴りをお見舞いすると、彼は身体をくの字にしながら後方へ吹き飛び、地面に膝を着いていた。
(・・・やっぱりこの身体強化の効果は半端ないわね。私みたいな小さな女性でも、あんな大男を吹き飛ばすんだから。もしダグラスさんほどの筋骨隆々の人物が身につけられたとしたら・・・絶対に接近戦はしたくないわ)
吹き飛んだダグラスさんを見ながらそんな事を考えていると、彼は何事もなかったように笑みを浮かべながら立ち上がった。
「ワハハハ!!まさか少女に蹴り飛ばされるとは、夢にも思わなんだわ!」
「・・・私は今年成人しています」
子供扱いされたことにイラッときた私は、苛立ち混じりに返答した。
「おぉ、そうだったな!すまんすまん!それにしても、体勢を崩していたとはいえ、俺に力負けせんとは・・・それが噂に聞く魔力浸透というものか?」
すっかり戦闘モードを解いた雰囲気で話しかけてくる彼に対して、私は構えを解いてはいないが、困惑しながら審判である叔父様の方を見ると、肩を竦めながら苦笑いを浮かべていた。
「そうです。報告をしているので既にご存知のことでしょうが、従来の身体強化を更に発展させたようなものとご理解ください」
「ふむ、そうだな。俺も実現出来ないかと報告書を穴が空くほど読み込んだが、正直に言ってまるで理解できんかったわ!これほどの技術を独自に作り上げるとは、やはり天才か」
「・・・・・・」
彼の言葉に、私は何も言えなくなった。そもそもこの魔力浸透の技術はライデルが作り上げたものだからだ。だから、天才というのはライデルのことで、真に称賛されるべきもまた、ライデルだからだ。ただ、そんな私の態度を別の意味に捉えたダグラスさんは、笑みを浮かべながら口を開いた。
「ふっ!謙虚な態度というのは、時に相手を勘違いさせ、要らぬ衝突を招くものだ。リーア嬢が本当に英雄を目指していくのであれば、相応の態度を取るように心掛けることだな!」
「・・・ご、ご指摘ありがとうございます」
「うむ。さて、この手合わせも終わりにせねばな」
まるで子供にものを教えるような雰囲気を見せるダグラスさんの態度に、この手合わせの本当の意味を理解した気がした。どうやらこのダグラスさんは脳筋というよりも、世話焼きおじさんのような性格をしているようだ。
「ふむ。そもそも手合わせに勝者も敗者も無いからな。お互いが納得したのであれば、それでいいだろう。では、これにて終了とする!」
ダグラスさんの意を察した叔父様は、声を大にして手合わせの終了を宣言した。そもそも叔父様もダグラスさんと同様の意図でもって手合わせを行うことを考えていた気もするが、それを直接確かめるような野暮なことは出来なかった。
そうして、私とダグラスさんの手合わせを観戦していた各国の為政者達は、様々な表情を浮かべて議場へと戻っていったのだった。
(はぁ・・・これから私はどうなっていくんだろう?)
英雄候補として、既に後戻り出来ないような状況になってしまったと実感するとともに、ライデルの事を思い浮かべる。
(ライデルは今頃何してるんだろう・・・私の事、忘れてないよね・・・)
服越しに、ライデルから貰った水晶のネックレスを触りながら、彼が居るかもしれない人界の方角を見つめた。
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