第20話 英雄候補との顔合わせ
◆
次代の英雄に指名されてから数ヵ月後、私は魔界会談に出席するため、自分の住む国の首都にある大議事堂の控え室に居た。
魔王陛下から次代の英雄へと名指しされたが、それで直ちに魔界の英雄になれるわけではない。魔界にある4カ国がそれぞれ1人ずつ次代の英雄を指名し、その中から一番実力がある者を最終的に選出することになる。
ここで言う一番実力があるというのは、今の人族との戦争を打破できる力があるかどうかということだ。英雄とは魔族にとって希望の光となり、人族にとっては恐怖の象徴とならなければならない。
(つまりは、人族を殺さないといけない・・・)
今まで叔父様から戦闘についての教えを受けていた時、魔界の英雄としてその名を轟かせている人物から指導を受けることに、感謝すら感じていた。これで私の両親を殺した人族に復讐ができると。だからこそ、私は力を求めて教えを受けていた。
彼と出逢うまでは・・・
(私が人族を殺したら、ライデルはどう思うかな・・・人殺しをするような女なんて、幻滅しちゃうかな・・・)
ライデルと会えない日々は、私の彼への想いをどんどんと募らせていった。毎朝毎晩、彼から貰った水晶を眺めながら、彼との想い出に浸っている。
英雄になることについて忌避感があるわけではない。むしろ魔族にとってそれは、この上ない栄誉なことだ。実力至上主義が根強い魔族では、個々人の適正に最も合った職業に就くのが基本だ。計算が得意な者は商人に、政務が得意な者は為政者に、そして魔法や剣術が得意な者は国防軍や教会の聖典執行部隊に、といった感じで就職先を決める。
魔界の組織図としては、国の頂点に『魔王陛下』を置き、その下に『評議会』があり、評議会と同等に近い発言権を持つ『教会』がある。また、国防軍は評議会からの指示の元に動くことになっており、国防軍の下には国内の治安維持を司る『憲兵隊』が、憲兵隊でも対処しきれない国内の出来事に対しては『冒険者協会』が動くことになっている。
ちなみに、教会の武力行使組織として『聖典執行部隊』というものがあり、英雄として認定を受けた場合は、そこに所属することになる。
また、魔王陛下となる存在は、求められる全ての要素が高い水準でなければならない。簡単に表現するならば、その国で一番の文武両道の存在が評議会からの承認を経て魔王となれる。人族のように、王の子供だから王になれるわけではない。能力がある者が国を導かなければ、あっという間に衰退してしまう可能性を考えれば、人族の不合理な王制は理解しがたいものがある。
魔族としての思い、ライデルを想う女の子としての考え、様々な思いが頭の中でせめぎあい、その葛藤に私の心は揺れていた。
ただ、そんな私の心情とは無関係に周囲の状況は刻々と変化していく。叔父様から国王陛下との謁見を用意され、その場で自分の国の次代の英雄候補へと指名されて数カ月後、今日の魔界会談では、他3カ国が選出した英雄候補との顔合わせがある。その場にて、今後の私達の立場や行動についての指示が出るのだという。
(まぁ、どうせ功績を一番挙げた者を魔界の英雄にするんだろうな。となると、人族との戦場に派遣されるか、あるいは魔物対応か・・・)
既に叔父様からは、英雄になるための大まかな道筋を聞いて知っている。基本的には、どれだけ魔族全体にとって利益をもたらせるかということだ。特にそれは武力という面に特化した内容になるが、やはりその中でも戦場にて活躍するということが、英雄になるための近道と言えるらしい。
(叔父様は私が英雄に選ばれることを望んでいる・・・私も以前は心のどこかでそうなったら良いなと思って指導を受けてきた。でも、今は・・・)
自分自身の考えが固まっていないこともあって、最近よくため息を吐くようになってしまった。そんなどこか心ここにあらずな私を無視するかのように、扉をノックする音が聞こえる。
『コンコン!』
「はい!」
『リーア様!お時間となりますので、そろそろご準備をお願い致します!』
扉越しに声をかけられ、私は未だ考えが纏まらないながらも、背中に着きそうなくらい伸びたセミロングの髪を一つに束ね、重い腰を上げて扉に向かった。今日は魔界会談ということもあり、各国の魔王陛下をはじめとした主要な為政者の方々が集まっている。その為、魔族の女性としての正装でもある膝丈のドレスを着用している。デザインは黒を基調としており、魔族の象徴である角と翼をモチーフにした赤い刺繍の入ったものだ。
扉を開けると、そこには執事服を着た青年が恭しくお辞儀をしながら待ち構えていた。私は姿勢を正し、「お願いします」と彼に言うと、執事の青年は私をチラリと一瞥した後、先導するように歩きだした。15歳になり、成人した私は、最近男性からそういった視線を向けられることが多くなった気がする。私は小さくため息を吐きながら、女性らしく丸みを帯びた体型を気にして、最近成長してきた胸を片腕で隠すようにして執事の彼のあとをついて行った。
「ダスティニア国推薦、英雄候補、リーア様!」
「・・・・・・」
魔界会談の議場に案内されると、そこは白を基調とした巨大な空間となっており、円形のすり鉢状に500人は座れるような席が設けられている。そこに座っている人達は、おそらく今回の会談の関係者なのだろう、既に席は満席となっていた。
そしてこの議場の中央には、この広い空間に合った巨大な円卓が置かれており、各国の代表者5人ずつ、計20人が腰を掛けていた。皆、魔族の男性の正装である黒を基調としたテーラードジャケットと赤のネクタイを身に纏っていたが、その中でも魔王陛下達は一際豪華な服装で、金糸で繊細な刺繍が施されているマントを羽織っていた。
そんな魔界における各国のトップ達が顔を揃える厳かな雰囲気の中、私の名前が呼ばれた。会談の進行については予め聞き及んでいたので、私は静かに議場の入り口から階段をゆっくりと降り、中央の円卓へと歩みを進めた。時折出席者達から声を潜めた話し声が聞こえてくるが、そのほとんどは「まだ子供じゃないか」とか、「英雄候補が女?」などの、私の見た目を侮ったものだった。
(英雄候補としてこの会談に呼ばれている以上、実力が無いわけないのに・・・)
私は出席者の侮蔑の籠った声を聞きながら、内心ため息を吐いていた。実力主義の魔界において、男性の方が実力が高いと評されることが多い。種族的に魔法が得意な魔族にとって、性別の違いなど大したことではないのだが、接近戦に持ち込まれてしまった際に必要な肉体的な強度の強さや、戦闘継続に必要な体力などを総合的に判断すると、やはりどうしても男性の方が女性よりも強さにおいて優れているという事実はある。
ただ、そういう傾向があるだけで絶対的に男性が強いというわけではない。現に私は叔父様が指導している男性の弟子の誰よりも強くなった。元々は中ぐらいの実力だったのだが、この2年で急激な成長を遂げていた。しかし、誰にも言えなかったが、それはライデルのお陰であるという面が強かった。
彼の教えてくれた身体強化方法は、魔力を繊細に操る技術の向上にも効果をみせ、苦手としていた水と火属性を上級まで修められたのは、間違いなく彼の教えがあったからこそだった。更に剣術においても、あの身体強化を併用すれば圧倒するまでになり、叔父様を除けば魔法でも剣術でも、国内で私の右に出るものは居なくなった。
私は様々な思惑が渦巻く視線をその身に浴びながら、ついに最後の一段を降り、既に他3人の英雄候補が並んでいる円卓の前へと移動して、女性らしくカーテシーをしてから整列に加わった。他の候補達は私よりも年上の、おそらく20代半ばほどだろう。そして、全員が男性だった。
「次代の英雄候補達が揃ったところで、これより魔界会談を開催する!!」
進行役の男性が声をあげると、参加者達が立ち上がって拍手をした。人数もあってこの会場を揺らすほどのものとなったが、それよりも私は隣からの鋭い視線を投げ掛けてくる3人の面々に辟易とするのだった。
(はぁ・・・面倒なことにならなければいいけど・・・)
内心で頭を抱える私は、これから自分の身に降りかかるであろう面倒な出来事が、何となく想像できてしまい、余計に憂鬱とした気分に晒されるのだった。
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