天才少女たちの始まり

 エピローグ的な後日談的な話。

 演奏の後、私たちは結果も聞かずに外へ出て、打ち上げするぞ!とファミレスに行った。

 それほどまでに、私は琴音のことしか見えておらず、勝負のことなんて眼中に無かったのだろう。やはり恋は盲目だ。

 で。琴音から演奏の感想をたーっぷりとお聞きし、私はニマニマとしながら食事を口に運んでいた。周りの客に引かれたのは覚えている。


 それで肝心の勝負の結果──いや、大事ではあるが肝心と言う程でも無いので、うーん。まぁ膵臓すいぞうら辺にしておこう。(?)

 それに関してだが、結果だけを言うと私の勝利だったらしい。

 喜びつつも、勝負のきっかけを作ってしまったことを琴音に改めて頭を下げて、この話は終わり──と思われた。

 しかし終わらず。というか終わらせて貰えず。

 教授からはピアノコースに移らないか、とか。

 白石梨奈からは師匠になってくださいって言われたり、とか。

 挙句は、私が数年前のコンクールで一位を取ったことが学校中に広まったり、とか。

 楓花からは「おとみん凄いじゃん! ピアノコース移ったら?(無慈悲)」とか言われて。

 それを藤崎さんが「天然って怖いですよね」と私をフォローしてくれて。なんて出来事もあったり。

 兎にも角にも、私の幸せな大学生活はどこか混沌とし始めていた。


 別に嫌では無い。

 むしろ『天才少女の復活!』とか言われるのは、まぁまぁ気分が良かった。

 しかし。そうやって特別扱いをされ持ち上げられるのは、少し引っ掛かりを覚える。

 その引っ掛かりの正体は明確で。私は、ピアノが出来るだけだった。からである。

 だから。特別扱い、というのは。うーん、と唸るものがあった。


 琴音だってそう。

 少しシャイだけど、笑ったり、泣いたり、拗ねたり、恋したり。

 そこに特別さが存在するだろうか、と聞かれても。きっと無い。

 なんなら琴音はピアノがあまり上手じゃない。芸大の中じゃ、下の方なくらいに。

 それを言うと私もそうで。チューバがあまり上手じゃない。芸大の中じゃ、下の方なくらいに。

 天才にだって欠点はあって、むしろその欠点は致命的な場合がある。

 だけど、天才という箱庭の中じゃ、その欠点には気付けない。

 それはとても面白味が無いことだと、私は思えてならない。ってこれ前も言ったっけ。

 つまりは、天才は凡才でもある、と。そういうことだ。


 それはそうと、まだ私の『シたいこと』が残っている。あと6つも。

 一つはもう『琴音と試験で一緒に演奏をする』というので埋まっているとしても、あと5つ。

 とりあえずこれからは、試験に向けての練習だろうか。

 その際は、琴音にチューバを教えて貰って。私がピアノを教えよう。

 互いに不足している場所を、互いに付け足し合うだなんて、とても良い関係では無いだろうか。


 さて。

 色々と話して蛇足になるのもよろしく無いので、そろそろ最後の話へ移行しよう。

 

 この日は気持ちいの良い天気だった。

 空は燦々と輝き、まだ涼しさの残る朝の風が吹いている。

 練習室。窓の外からの木漏れ日が、黒いピアノをピカピカに照らしていた。

 隣には、今か今かと私の演奏を待ち望む一人の少女──七瀬琴音。


「うーし。じゃあ始めるよー」


 私は、ゆっくりとピアノ椅子に腰をかけ、定位置に両手を優しく被せる様に乗せる。

 天を仰いで、私はここまでの道のりを、走馬灯の様に思い出す。

 どれも琴音との大切な思い出で、忘れることなんてない。そんな思い出だ。

 それがあったから、私は今、ここにいる。

 だから私は今日も、琴音のためにピアノを奏でる。

 私のためにピアノを奏でる。


 さぁ。始めよう。


 今日も──英雄ポロネーズを。

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