2.魔物の森でスローライフ

 今日もミアは自分で編んだいびつなカゴを小脇にかかえて森で野草を採っていた。

 短く刈られた金髪はセミロング程度に伸びていた。

 しばらくかがんでいると足腰が痛くなってきたので、採取の手を止め、立ち上がって「うーん」と声を出しながら背を伸ばした。そして「ふぅ」と息を吐いて肩を落とした。


「是非もなし……」


 ミアはやはり人目には達観したように見える表情でぽつりとつぶやいた。

 国外追放されて一年以上、何不自由なく暮らしていた貴族の娘がひとりで生きていくには想像を絶する困難があったが、その苦労があまり顔には出ないのであった。

 こういうところが、王子のかんさわるのだろう。イジメ甲斐がないのである。

 しかし、これは彼のせいでもあった。幼いときから王子は自分の思いどおりにならないといつも泣き叫んでいた。それを見てミアは学習した。泣き叫んだところでどうにもならないことはどうにもならない。労力の無駄だ。どうにかしたいのならその場で足踏みをするのではなくて頭や力をつかって状況を切り開くべきだろう。ミアはいつまでも成長しない王子を見てそう考えるようになっていた。

 鬱蒼と茂る木々を見渡してミアは思った。

 森での生活は大変だが、あの王子と結婚していたとしても、なかなかの地獄の日々が待っていたことだろうと。




 しばらくすると、ポツポツと水滴が木の葉を叩く音が響きはじめた。ミアの服にも小さな水玉模様が次々にできる。

 彼女はカゴをいて急いで小屋へと走った。

 小屋が見えると、入り口にだれかが倒れていた。

 身体つきは人間に近いが、全身獣毛に包まれていて、頭部はオオカミのようである。混沌の森に棲息する魔物だった。


「いけない」


 ミアはカゴを置いて駆け寄った。

 魔物の脇腹には矢が刺さっていた。

 ミアは魔物の両脇に手を差し込んで力を込めた。


「ここじゃ……雨にあたると……いけないから……」


 ズルッ、ズルッと小屋の中に引きずっていく。


「ふぅ」


 小屋に身体を全部入れると扉を閉めて、魔物の横に膝をついた。


「矢は自分で折ったのね。いい子……」


 魔物の身体に刺さった矢は、矢尻のほうが折れていた。そのままだとミアの力では抜くことができないのだ。


「ちょっと我慢してね」


 ミアは矢羽根のほうを握ると、一気に引き抜いた。

 「グゥ!」と魔物が唸る。


「よし、抜けたわ。そのまま、じっとしててね」


 ミアは両手のひらを患部に向けると、呪文を唱えはじめた。

 彼女は治癒魔法の心得があった。しかし、まだ十六歳で、達人の域にはほど遠い。怪我を治すのにもそれなりの時間と精神力を必要とした。

 さいわい魔物は人間よりも治癒能力が高い。これまではそのおかげでなんとか治療することができた。

 ミアは一時間ほど念を込めて呪文を唱えつづけた。


「よし……ここまでくれば……だいじょうぶ」


 そうつぶやくと彼女は精神力をつかい果たし、ばったりと横に倒れた。




 ミアが目覚めたのは翌日の朝だった。


「んん……?」


 目をこすりながら上体を起こした。

 最初は夕方なのか朝なのかわからなかった。

 置いてきた野草のカゴを取りに外に出て、日の向きで夜明けであることを知ったのだった。精神力をつかい果たしていたとはいえ、これまで二十四時間以上眠っていたことはないので翌々日ではあるまい。

 カゴは扉のところに置いてあった。その脇に獣の肉片もあった。昨日の魔物かその仲間が置いていったのだろう。怪我の治療のあとなどにはよくあることだった。さらにその横にピンクの花があった。


「アネモネだわ。この森にも咲いているのね」


 ミアが花を摘んでいるところをどこかで見かけて、置いておけば喜ぶと思ったのかもしれない。

 ミアはカゴと肉と一緒に拾い上げた。アネモネは茎の切り口から出る汁液に毒性があるので注意して持たなければならない。

 彼女は森のほうを向きだれにともなく「ありがとう」と言って小屋に入った。


 そのような具合なので、王子の思惑に反してミアは魔物に襲われるどころか、怪我や病気を治してやることで一目置かれる存在となっていた。

 森では魔物だけでなくオオカミやクマなどの獣でもミアに牙を向けるものはいなくなっていた。

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