第16話 心遣い

ガッツが立ち去った後を見送って幾ばくかの時間が経ってもユウは席を立つことが出来ずにいた。

隠しているスキル、それを言い当てられたことによる衝撃。

透明化による隠密。これが唯一持っているスキルだ、ユウはこれまでそう言ってきた。

だからユウがもう一つ別のスキルを保有していることを知っている人間などいないはずだ。

親切にしてくれているギルドのエルシャにも、ユウをこちらの世界に召喚したイヴにさえ話していない。

もちろん出会ったばかりのガッツにもだ。

それが、バレた。

 詳しく話したわけではないからどんなスキルかまでは分からないだろう。

 だがそれは逆にユウがそのスキルを使わない理由も分からないということだ。

 手を抜いていると思われる。

ま、仕方がないか。

 そこまで考えて早々に諦めがついてしまうユウ。

その誤解を解くために頑張る、そんな元気は今のユウにはない。

それにスキルのこと以上にユウに突き刺さったもうひとつのガッツの言葉。

「他人の死が嫌ならお前は冒険者を止めるべき、か」

思わず口にしてしまう。

向いていないことは自覚していた。だがそれを面とむかってはっきりと言い切られると、つらい。

そんなことを考えていたら席から立つ気力はユウからなくなっていた。

宙を見つめたまま脱力しきっているユウ。

放っておいたら彼は何時間でもそこにいそうな雰囲気を作り始めていた。

そんなユウの殻を破る者がここに一人。

「ユウ」

 名前を呼ばれてそちらに意識を向ける。テーブルの対面にいる人間、スノウだ。

「大丈夫」

「…なにが?」

「彼は思ったことを言っただけだと思う。スキルを隠していたことを非難するつもりはなかった」

 スノウが言う「彼」がガッツだとうことを理解するまでユウは少し時間を使った。

「そんなことは本人にでも聞かないと分からないよ」

「なら明日聞いてみればいい。彼なら本心を言ってくれる」

「…そうかな」

「そう。違ったら冒険者を止めたほうがいいなんて言わない。会ったばかりの人にそんなこと言うのはいさかいの元」

「それは、確かにそうだけれども…」

「だからそんなことをわざわざ言う彼は相当のお人好し。事情も知らずにユウのことを避難するとは思えない」

「そうかな。そうだったらいいな」

「そうじゃなかったらまた一緒にパーティを組む誘いなんてしない」

 ユウは不思議な気分だった。

 聞き慣れてきた小さいがはっきりとした声。その声で説明されるとそんな気がしてくる。

「そうだな、ガッツは気にしてないよな」

 頷いて肯定してくれるスノウ。そして続けて口を開く。

「あとユウは冒険者を止めなくていい」

「どうして?」

 スノウならこのもう一つの悩みも解消してくれるかもしれない、そんな気がしたユウは期待をこめて問いかける。

「初めて人が死ぬところをみて動揺しない人なんていない。それが正常な反応」

「けどガッツはそれだけで止めた方がいいかもしれないって…」

「彼はユウが今回初めて人の死に立ち会ったことを知らない。それに…」

「それに?」

 スノウの言葉の続きを待つユウ。

 珍しく言うのをスノウがためらっているようにユウには見えた。

「彼の村では人の死が当たり前のように存在する。だから彼にとっての死は私たちとは重みが違うと思う」

「ガッツの村?」

 そういえば故郷で冒険者の真似事をしていたとガッツは言っていた。

「ガッツの村を知っているのか?」

「噂程度だけど。とても厳しい環境に囲まれていて生きるのに皆必死だって」

「そうだったのか」

「そう。だから大丈夫」

「ありがとう。だいぶ気が楽になったよ」

「ならよかった」

 少しスノウが笑った気がした。

「じゃあ、また明日」

 話は終わったとばかりに立ち上がるスノウ。

「ああ、また明日」

 ユウも引き留めることはしない。

「本当にありがとな」

 改めてユウはお礼を言う。

 頷くスノウ。その顔は見慣れた表情の薄い顔だ。

 そしてスノウは席を離れていく。途中、ギルドの人を呼び止め一言二言話してからギルドを後にした。

 ユウはそんなスノウの後ろ姿をただぼんやりと見届けていたのだった。

 それから数分後、ユウは隣の酒場に移って軽い食事をとることにした。

 席について何を注文するか考えるユウ。

 そんなユウに近づいてくる影がひとつ。

「お疲れ様」

労いの一言をかけながらユウの目の前に座る人物。それはエルシャだった。

「あ、お疲れ様です」

 反射的に言葉を返すユウ。

「話は聞いたわ。本当に大変だったわね」

「いえ、大丈夫です」

「前から言っているけど無理をしないのが冒険者を続けていく秘訣だからね」

 普段以上に声に優しさがこもっている気がする。

 だからこそしっかりとエルシャの目をみてしっかりと答えるユウ。

「はい、分かってます」

 そんなユウの表情をみて安心したのか満足げに微笑むエルシャ。

「ならいいのよ」

 そう言ってエルシャは立ち上がる。

「ユウくん、ちょっと待っててね」

「? はい」

 分からないが頷くユウ。

 エルシャは一度席を離れて厨房のほうに入っていく。

 数分も経たぬうちにユウのところに戻ってくる。その手には何かが載った一枚の皿がある。

「はいどうぞ」

 そういって皿をユウの前に置く。

 皿の上にあったのは二本の串料理。今街中で見かけることが出来る料理、ハキだ。

「これは?」

「奢りよ。今回は本当に大変だったからね」

 そう言って茶目っ気たっぷりのウィンクをするエルシャ。

 そんな仕草に苦笑しつつユウはその好意をありがたくもらうことにする。

「ありがとうございます。いただきます」

 そう言ってからハキを食べ始める。

「ちなみに私の奢りは一本だけよ」

 つい視線をエルシャに向けるユウ。

「もう一本はどこかの魔法使い冒険者から、ね」

 少し考えるユウ。

 答えはすぐに出る。ユウの知り合いに真穂使いの冒険者は一人しかいない。

 去り際にギルドの職員と話していたのを思い出す。

 手にしているハキを見るユウ。

 ありがとうな。

 心の中で礼を浮かべながらユウはまたその心遣いを食べ始めた。

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