毎日、僕に汁を飲ませてください
雨宮桜桃
毎日、僕に汁を飲ませてください
初めに言っておく、オレは清楚な女の子がタイプだ! これからオレがなぜ清楚が好きなのか。それと清楚のどこがいいのかを説明してやる。
まず、日本人らしい綺麗なダークカラーの髪。その髪は大和撫子を彷彿とさせる清楚の象徴と言ってもいい。
次にすっぴんに近いナチュラルメイクだ。ごてごてと厚化粧した女の子よりも圧倒的に顔がすっきりしており、さらに肌の綺麗さが際立つ。
男にとって女の顔は1番重要だ。みんな性格が大事、なんて言うが結局可愛い女子の前では鼻の下を伸ばしているんだ。つまり、1番可愛い女子は清楚な女子なため、清楚な女子こそ最強なんだ。
他にも着ている服が清潔感を醸し出しているし、近づいたら香水のような強烈ではない、自然な香りがふわっと香ってくる。といった感じで清楚とはいわば女子のいい所を詰め込んだ理想そのものなわけだ。
えっ? そんな最高な女子はいないって? ちっちっちっ。それがいるんだなー、オレの目の前に。
「りゅうちゃん、目玉焼きに塩かける? 」
「ああ、よろしく」
彼女の名前は
美織は毎朝登校する前に忙しい両親に代わってオレの朝食を作りに来てくれ、それを一緒に食べてから登校する。
「いつもありがとうな」
「もー、改まってどうしたの? さあ、食べよ」
そんな優しい美織にオレは1つ隠していることがある。それはオレの美織に対する気持ち。この恋心だ。
オレが清楚な女子を好きになった原因は主に美織にある。美織はまさに清楚をそのまま人にしたようなそんな女の子だ。
今も制服の上から着たエプロン姿にオレの心は貫かれてしまった。
美織の姿に見とれながら美織の作った美味しい朝食を食べる。ああ、オレってなんて幸せなんだろう。
そんなことを考えていると時計を見た美織が慌てた様子で声を上げる。
「あー、もう8時なるじゃん。りゅうちゃんも早く食べて! 学校遅れちゃう」
「お、おう」
最後に残っていた味噌汁を飲み干し、完食するとオレはある決意を決めた。
「美織、聞いて欲しいことがある――」
「なに? 早くしないと遅刻しちゃうよ! 」
「その……」
1度大きく深呼吸をし、手が震えているのを隠すように強く拳を握った。
いつもオレに美味しいご飯を作ってくれる美織。美織にこれからも毎朝オレのためにご飯を作って欲しい。
いつの時代だ、と言われるかもしれない。けれどオレと美織の今の関係ならこの言葉が1番ふさわしい。オレはそう思った。
「毎朝、俺に――」
(たった一言。たった一言勇気を振り絞って言うんだ。『 毎朝、俺に味噌汁を作ってください』と。)
震える声、震える手、溢れ出る汗。極度の緊張状態。オレの頭は真っ白になる。
(言うんだ! たった一言! )
「毎日、俺に汁を飲ませてください! 」
(言った! 言ったぞ! ってあれ? なんかちょっとセリフ間違えたような……)
顔を上げると美織は顔を真っ赤にし、オレを見ている。
(あれ? オレやっちゃった? )
「りゅうちゃん……今言ったの本当? 」
「えっ……」
(今言ったのって……もしかしてオレ、言い間違えてなかったのか? )
美織のこの反応。完全に漫画で読んだ告白された女子そのままだ。清楚な美織はオレがそんな変態な告白をしだしたらきっと引くはずだ。そこから導き出されるのは言い間違いなんてしてなかったということだろう。
「ねぇ、りゅうちゃん今の本当? 」
「ああ、俺はお前を愛してる! 」
男らしく決まったという達成感と満足感を噛み締めながらオレは美織の返事を待つ。
……。
なかなか返ってこない返事に1度顔を上げ、美織を見るとそこにはこれまで見たことのない表情をした美織が頬を赤らめ、鼻息を荒げている。
「み、美織さん? 」
「嬉しい、りゅうちゃんが私の汁をなんて」
その姿はまるでエロ漫画で発情した痴女のようだ。
「さあ、飲んで! 私の汁を! 」
オレを突き飛ばして倒し、倒れたオレの上に跨っりスカートをたくし上げる美織。
(こんなの清楚じゃない! そんなのは変態だ。オレの好きな美織はこんなんじゃない)
跨る美織を押し退け、オレはカバンを持って逃げるように学校へ走った。
1
第1話 汁を飲ませないでください
息を切らし、教室に着くと一目散に自分の席に座った。
「さすがに家から学校まで走り続けるのは無理しすぎたか――」
大きく深呼吸をし、息を整える。
「おーす、竜斗おはよう。ってあれ? 今日、佐藤さんはどうした? 」
「え、ああ、今日は訳あって別々なんだ」
「へー、珍しいこともあるもんだな」
こいつはオレの友達の
「って、話をしてたら来たじゃねーか」
教室の入口の方を見るとちょうど美織が登校してきたところだった。
「おはようっす、佐藤さん」
「おはよう、浅田君」
学校に来た美織はいつも通り清楚の権化のようでさっきの出来事はまるで狐にでも化かされていたような気分だ。
「もーう、りゅうちゃん置いてかないでよ」
「えっ、ああ、悪かった」
それから学校での美織の様子を見ていたが、やはりいつもと変わりなく過ごしているように見えた。
放課後。
「竜斗、今晩、飯行かね? 」
「飯? ……いいよ」
「りゅうちゃん今日ご飯外で食べてくるの? 」
「ああ……なんで? 」
「いや、せっかくの記念日だし、一緒に夕食食べようかなって思ってただけ」
「記念日? 」
身に覚えのないものに首を傾げる。
「そう、私たちが付き合った記・念・日」
「お前たちついに付き合ったのか! 」
そういえば……。美織の変態事件で完全に頭から抜け落ちていたが、オレ、美織に告白(言い間違いの)をしたんだった。
「えっと、その件なんだけど……俺から言っといて悪いんだけどちょっと待ってくれないか……」
「待つ? どういうこと、りゅうちゃん! 」
「そうだぜ、その言い方じゃまるで佐藤さんに何か問題があるみたいに聞こえるぜ」
「いや、そういう訳じゃ……。ちょっと整理したいことがあるんだ」
「……わかった」
美織は明らかに不満そうな顔をしてカバンを持つと足早に教室を後にした。
「どうしたんだよ。お前佐藤さんのこと好きだってずっと言ってたじゃないか」
「そうなんだが……」
今朝のことを純に話すか……。いや、こんなこといくら友達の純にでも言えない。
「なんか、悩みがあるなら聞いてやるくらいはするぞ」
「純――」
友情の温かさに思わず涙が出そうになる。
「とりあえず、ファミレス行くか? 」
オレたちは話の続きをするために学校近くのファミレスへと向かった。
2
ファミレスで純と晩飯を食べ、家に帰ってベッドの上で今朝のことについて考えた。
「清楚だと思っていた美織があんな変態になるなんて……。もし、美織の本当の姿があっちなんだったら俺とかみんなの前で清楚キャラで過ごすのはストレスだったりしたのかもな。だから今朝は一気に爆発して……」
考えれば考えるほど美織のことが分からなくなってくる。
「あああ。俺って美織のこと好きなんだよな? 」
なんだかそれすらも怪しく思えてきた。
美織を好きになって小1からもう10年とちょっと。これまで疑うことのなかったこの気持ちをまさか疑うことになるなんて……。
「さすがにこの秘密を1人で抱えるのはきついわ」
結局ファミレスでも純にこのことを打ち明けれずはぐらかして帰ってきてしまった。
そんなことを考えていると気疲れからか眠気が一気にやってきてオレはいつの間にか寝落ちしてしまっていた。
翌朝、オレはいつもの爆音目覚まし時計ではなく、優しい女の子の声で目が覚めた。
「りゅうちゃん、起きて」
「美織……おはよう」
「もう、早く起きて。朝ごはん出来てるよ」
こういうのを幸せというのだろう。眠たい目を擦りながら制服に着替え、リビングに向かう。
食卓にはご飯と味噌汁、目玉焼きとソーセージと申し分ない朝食が並べられている。
美織にも昨日のような発情した様子は見られない。もしかしたら昨日のあれは悪い夢だったのかもしれないな。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
2人で席に座り、いただきますをして朝食を食べる。
(寝起き一発目のこの味噌汁が体に染みるんだよな)
ズズズと味噌汁を啜るとある違和感が。
「美織、今日の味噌汁、味噌多めに入れた? 」
「いや、いつも通りの量だけど? 」
気のせいかともう一口飲んでみるがやはりいつもよりもしょっぱい気がする。
「なんか、しょっぱくない? 」
「あー、それは水の代わりに
「通りで」
…………。
(脳死で相づち打ったけど今なんて? 私の汁を使った? )
美織に視線をやると笑顔の美織とバッチリ目が合った。
お互い笑顔でしばらく見つめ合って、一泊置いてからもう一度確認する。
「冗談だよな? 」
「……」
笑顔のまま美織は何も答えない。
「うっ、うわあああ! 」
オレはこの事実を受け止めきれず叫びながら家を飛び出した。
(変態だ! 美織は紛れもなく変態だ! 美織は清楚なんてもんじゃない! )
逃げた先は学校。教室に入ると汗ダクな体にクーラーの涼しい風が撫でるように当たってくる。
「おはよ、今日は昨日にも増してしんどそうだな」
「純か、おはよう。ああ、ちょっと色々あってな」
「また佐藤さんとは別々か。夫婦喧嘩でもしてるのか? 」
「別に喧嘩なんかじゃないぞ……」
席につき、机の横にカバンを掛けようとしたところで自分が手ぶらだったことに気づいた。
「……荷物全部忘れた……」
「お前やばっ」
今朝はカバンを忘れるほど大変なことがあったんだよ! って言ってやりたいところだが、またしてもさすがに言えないと自制心が発動し、口ごもる。
そんなオレを見て何かを察した純はオレを1人にしてやろうという気遣いからか、何も言わずオレの前から立ち去った。
しばらくすると美織がオレのカバンを持って登校してきた。
「りゅうちゃん、忘れてるよ」
「ああ、ありがとう……」
今日も清楚な立ち振る舞いでクラスメイトに挨拶をしていく美織。
(一体どっちが本当のお前なんだ……)
学校で見せる清楚な美織。時々顔を覗かせる変態な美織。お前のありのままの姿はやっぱり……。
気がつけば午前の授業は終わっていた。
「もう昼休みが……」
「竜斗。一緒に飯食おうぜ」
「どうしたんだよ、改まって。いつも一緒に食ってるだろ。ほら、前の席座れよ」
純は小さく首を横に振り、上を指さす。
「屋上で」
3
普段、屋上は立ち入り禁止のため生徒の侵入を防ぐ錠前が掛かっている。
「おい、なんで屋上なんだよ。暑いし入れねぇじゃん」
そんな俺の問いかけに答えることもなく純はズカズカと階段を上っていく。
4階からさらに上の階段を上り、屋上の扉前に行くと案の定、扉は錠前で封鎖されていた。
「ほら、立ち入り禁止だってよ。戻ろうぜ」
オレが踵を返そうとするとガチャン。と錠前が音を立てて開いた音がした。
「ここの錠前壊れてるんだよ。ちょっとガチャガチャすれば簡単に外れる」
「まじかよ……」
この学校の警備システムと今の状況にそんな声が漏れる。
「行くぞ」
先に扉を開け出ていった純を追いかけ、オレも屋上へと向かった。
屋上は夏を感じさせるカンカン照り。こんなところで昼飯なんて食えたもんじゃない。
それでも純は食べれる所を探して、屋上に設置されている太陽光パネルの陰に陣取った。
日陰とはいえ蒸し蒸しとした暑さがオレたちを包み込む。そんな中、オレは3限休みに購買部で買った焼きそばパン2つを、純は母手作りのお弁当を会話もなく食べる。
1つ目の焼きそばパンを完食し、2つ目に手を伸ばしたところで純が口を開いた。
「お前、悩み事あるなら言えよ。俺たち友達――いや親友だろ」
美織のことで弱っていたオレは純の優しく差し伸べた手を掴んでしまい、ついに秘密を抑えきれなくなった。
一通りの経緯を聞いた純は驚きながらも一緒に悩んでくれた。そして純は1つの質問をオレに問いかけた。
「竜斗は清楚な佐藤さんが好きだったのか? それとも好きな佐藤さんがたまたま清楚だったのか? どっちだ」
「どっちってそりゃオレの好きな清楚系だから美織を好きになったんだろ」
「それはどうかな。小4から好きならそれは佐藤さんが好きで好きな佐藤さんが清楚な女子だったからお前の性癖が清楚になったんじゃないのか」
純の話は自分の中でもどこか心当たりがあることで思わず黙り込んでしまう。
「俺は思うよ、お前は清楚な女子が好きなんじゃなくて佐藤さんが好きなんだ。その証拠になんで清楚じゃなくなった佐藤さんに告白した件をなかったことにするんじゃなくて保留にしてるんだ」
純の言葉で完全に目が覚めた。オレの吹っ切れた様子を見た純は1つ頷いてオレを送り出してくれた。
オレは走った。美織のいる教室に。
教室の隅で友達と机を囲んで食事する美織の前に立つと美織は驚いたように目を見開く。
「どうしたのりゅうちゃん! そんな汗だくで」
「美織、聞いて欲しいことがあるんだ」
美織は心配そうにオレを見ながら頷く。
美織と一緒に食事をしていた女子2人はこれから起きることを察し、2人でキャッキャウフフと興奮している。人前のため恥ずかしいがオレは覚悟を決める――
「美織――」
「はい……」
「好きだ! 俺と付き合ってくれー」
教室は1度ライブ会場のような熱気と歓声に溢れ、一瞬で静かな空間にへと戻る。
「私、りゅうちゃんの思ってるような人間じゃないよ」
「ああ」
「私、りゅうちゃんの好きな清楚な子じゃないよ」
「知ってる」
「りゅうちゃん、私の本当の姿を見た時告白したの保留にしたじゃん」
「ああ、けどやっとわかったんだ」
「何が? 」
「俺が好きなのは清楚な子じゃなくて美織だってことがだから美織が俺の好きな清楚な子じゃなくても俺は美織が好きだ。返事を聞かせてくれ」
――音のない教室の中で美織の返事を待つ時間はとても長く感じた。教室中の全員が美織の返事を心待ちにしている。
音のない教室で美織が息を吸う音が聞こえた。
「私で良ければお願いします――」
教室に再び熱気と歓声が上がる。美織は周りの女子に囲まれ、オレは名前も知らない男子から胴上げされる。上に上げられている時、教室の扉前を見ると純が温かい目でこちらを見ていた。
波瀾万丈の2日間だったがオレはなんとか美織と付き合うことが出来た。
「これからも毎朝、私の特性味噌汁作ってあげるからね」
「普通の味噌汁で頼む」
この様子だと波瀾万丈の毎日はこれからも続きそうだ。
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