女の子ひろいました!

武藤かんぬき

00――プロローグ


 それは大学の帰りに友達と買い物に行って、一緒に夜ご飯を食べてから帰宅途中の出来事。


 友達とは最寄り駅が違うから電車の中で別れて、私は3月末からひとり暮らしをしているマンションへと足を進める。


 私は安いワンルームのアパートでいいと言ったんだけど、両親がオートロックの付いているマンションにしろと気を遣ってくれて、相場よりちょっとお高めな家賃のマンションに住むことを決めた。駅からも程よく近いし街灯も途切れる事なくついているし、自分でもよくこんな優良物件を見つけたなとびっくりしている。


 そんな事を考えていると道の端にあるゴミステーションの網の上に、不自然な影がある事に気付いた。人が寝転がっている様な、そんな感じ。いやいや、まさか人な訳ないよね。


 多分等身大のぬいぐるみとか人形を、捨てた誰かが面倒くさがって籠の中に入れずに、そのまま蓋の上に載せてどこかに行ってしまったのだろう。まったく、びっくりしちゃったじゃない。


 そのまま網の方を見ずに横を通り過ぎようとしたのだけど、好奇心に負けてチラリとそちらに視線を向けてしまった。これがよかったのか悪かったのか、後に自分の行動について考えるのだけれどどちらだったのかは未だに判断がつかない。


 網の上に横たわっていたのは、まだ幼稚園児ぐらいの小さな女の子だった。身につけているブカブカな大人サイズのシャツや手足のあちこちが土で汚れているけれど、街灯の光がわずかに届いているこの場所で見ても、人形みたいに容姿が整っているのがわかる。というか、何故かこの子はズボンやスカートどころか下着すら履いていないんだろう。唯一身につけているシャツすら、全然サイズが合っていない。


 金髪という事は外国から来たのだろうか、いや日本に住んでいる外国人の娘さんという可能性もあるけれど、この時間にこんなところで倒れているなんて普通では考えられない。


 もしかしたら虐待? それとも誘拐? 最早犯罪に巻き込まれたのではとしか思えないのだけど、まったくピクリともしない女の子の様子に、私は無意識のうちに手を伸ばして首元に指を当てた。少し強めに当てると、指にトクントクンと脈が伝わってくる。どうやら生きてはいるらしい。


 本当なら警察を呼ぶべきだと思う、もし親御さんが探しているのなら一刻も早く通報して無事である事を知らせて、とにもかくにも安心させてあげるべきだ。でももしも、さっき考えたみたいに犯罪に巻き込まれた子だったとしたら? 実の両親に虐待されていたら? そんな事を考えると、どうしても通報を躊躇してしまう。


 人通りが少なくて今は誰もいないけれど、いつ何時誰がくるかもわからないこの状況で、そんなに悠長に考えている時間はない。私は覚悟を決めて、女の子の身体をよいしょっと持ち上げた。


 私も女子大生にしては小さくて軽い部類に入るけれど、この子も幼児の中では成長不良の内に入るのではないだろうか。おそらく先日買った10kgの米よりは重いけれど、なんとか抱っこして連れて帰る事ができる。


 ヨタヨタと頼りない足取りで女の子を縦に抱えて、家路を急いだ。幸運な事に誰かとすれ違うこともなく、私はマンションの自室まで休憩もなしで、なんとか辿り着く事ができたのだった。


 カバンの中から猫のキーホルダーが付いた部屋の鍵を四苦八苦しながら出して、鍵を開けて中に入る。私は潔癖症という訳ではないんだけど掃除はマメにする方だから、女の子を抱えながらでも何かに躓いたりする事もなく部屋の中に入る事ができた。ひとり暮らし記念に上の兄が買ってくれたソファーに、女の子をゆっくりと下ろす。


 私が運んでくる間も一切目覚めなかったのだから、多少揺れたり乱暴に下ろしても大丈夫だと思う。それでも躊躇してゆっくりとなるべく衝撃がないようにする私は、きっと小心者なんだろうなぁ。


 予想通り目を覚まさなかった女の子を、改めて室内灯の明かりの下で見ると、さっき外で確認した時よりも明らかに汚れていた。暗かったから当然なのだけど、本当に一体何があったのか。


 お風呂は無理でも拭いてあげるぐらいはできるかな、ついでに服も着替えさせてあげたい。


 残念ながらいくら私が同年代に比べると背が低くて肉付きが悪いとは言え、さすがにこの子にジャストフィットするようなサイズは持っていない。今が冬じゃなくてよかった、Tシャツと上掛けだけでも風邪は引かないだろうし。


 そうと決まれば早速女の子から唯一身につけているシャツを剥ぎ取り、タオルを数枚お湯を浸してしっかりと絞る。顔や手足以外は特に汚れておらず、怪我らしい怪我もなかった。痛くないように力加減を調節しながら汚れを拭き取ると、色白で将来とんでもない美人になる事が保証されている美貌がより判る。


 下着もないので本当にTシャツ1枚だけを着せて、少し厚手の上掛けを掛けてあげた。ついでに熱も測ってみたが平熱で、体調も特に悪くない事がなんとなく伝わってくる。


 起きた時に全然知らない場所にひとりきりだと怖いかもしれないし、今日は徹夜でこの子の事を見守っていようかな。そう思っていたのにいつの間にか睡魔に負けてしまった私は、ソファーに頭を預けて夢の世界に旅立ってしまっていた。

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