尊敬していた天才小説家が死んだ
真白 まみず
僕の尊敬していた天才小説家が死んだ。
高校の秋のある日、リビングでテレビをつけたままゴロゴロしていたとき、一つの訃報が流れた。
「昨日未明、小説家の安藤 瑠奈さんが亡くなりました。18歳でした」
飛び起きた。
僕の、尊敬する、小説家だ。
何が悲しいのか、暗い顔をしたアナウンサーが訃報を続ける。
「警察は、死因を自殺と見ています」
そして最後に「ご冥福をお祈りします」とだけ言って間を置いたあと、人が変わったように笑顔になって次のニュースを読んでいた。
何が起きたか、わからなかった。
死んだ?
死んだ。
しんだ?
しんだ。
もう、いない?
もう、いない。
死んだ。
死んだ。
死んだ。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ
し、ん、だ。
頭がおかしくなる。
階段を転びそうになりながら駆け上がって、自室に転がり込んだ。
そして、天才小説家"だった"人の小説を全て本棚から取り出し、破いた。
破いて破いて破いて、床に投げ捨てる。
全部破いた後、自分の部屋を見渡してみた。
床一面に、
紙。紙。紙。紙。紙。紙。紙。紙。紙。紙。
それは小説ではない。
彼女は生前、インタビューで「小説で世界を変えたい」と言っていた。
それがどうだ?
死ねば、小説家ではなくなる。
小説も破けば、ただの紙だ。
何が「小説で世界を〜」だ。
死ねば、意味ないじゃないか。
紙だらけのベットに飛び込み、虚無感にぼーっとする。
悲しい、なんて考えはなかった。
それどころか「ザマァ見ろ」と思っていた。
小説で世界を変えるなんて、無理だ。
ちっぽけな人間が、この世界を。
彼女の嫌った、この世界。
なんだか嫌になって寝ることにした。
考えるのも、だるい。
これが、夢ではありませんように。
翌日、学校に行きながら昨日のことをいつも小説の読み合いをしている知り合いに話そうと思った。
でも、来なかった。
今日は休みらしい。
キレイな夕焼けの中、フラフラと、無気力に彼女の家に向かった。
いつも彼女がいる離れに侵入する。
彼女の姿は、なかった。
静かに、孤独に、主人を待つように、PCの光が光っているだけ。
あ、そうだ、あいつ、死んだんだった。
そう思った瞬間、吐いた。
喉の奥が暑い。
胃酸に焼かれる。
とんでもなく気分が悪くなった。
安藤が死んだ。
安藤が死んだ。
安藤が死んだ。
安藤が死んだ。
安藤が、死んだ。
認めたくない。
今更、認めたくない。
昨日はあれだけ嬉しかったのに。
発狂して、彼女の本棚をひっくり返す。
彼女が、世界を変えるために勉強した、世界中の小説。
どうせ全部、無駄だったんだ。
ひっくり返したところで、誰も怒らない。
怒るはずの安藤も、もういない。
返せ。
彼女を、返せ。
安藤のいない世界なんて、退屈そのものだ。
床に散らばった小説から彼女のお気に入りを探し出す。
それを紹介しているときだけ、彼女の顔は間違いなく生きていた。
そして、今、僕はそれを引き裂いた。
全てが彼女を狂わせ、彼女を奪った。
憎くて憎くて仕方がない。
この世界全てを、否定したい。
ヨロヨロとPCに向かい、彼女がいつも小説を保存しているファイルを開く。
そこにあったのは、完成前の、未発表の小説。
「iをiしてiされて」
きっと、死ぬ直前までこれを書いていたのだろう。
僕は迷うことなく消した。
全部、消した。
この小説の内容は僕しか知らない。
あの、天才小説家の未発表の小説を。
僕しか。
嬉しさに、満ち溢れる。
そしてそこで、ふと思った。
安藤の考えていることを、理解したくなった。
それは気分みたいなものだった。
ポケットからいつからか彼女に貰った大量の薬を取り出す。
そして、一気に口の中に入れた。
余裕で致死量。
それを買ってきていたアルコールで一気に流し込む。
ぶっ倒れた。
当たり前だろう。
安藤は死ぬとき、必ずこうしているはずだ。
それ以外、あり得ない。
僕に宣言していたから。
あの日のニュースは、必然だった。
段々と意識が遠のく。
外はもう、暗くなっていた。
彼女が見たはずの景色と、同じ景色。
その中、僕と、安藤の意識が同じ体験を通してシンクロしていくのを感じた。
僕は、彼女の考えていることを理解出来るのだろうか?
僕は、彼女をどう思っていたのだろうか?
僕は、彼女を本当に尊敬していたのだろうか?
僕は、彼女に嫉妬していたのだろうか?
僕は、彼女を好きだったのだろうか?
一つも、答えはわからなかった。
やっぱり、僕は安藤にはなれないや。
僕は、死んだ。
彼女と、同じように、死んだ。
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