◆第二皇子は聖女の能力向上を許さない
「ありがとうございます、ユーフェ様! こんなに綺麗に治るなんてさすがです!」
ある日、騎士団にお邪魔したユーフェは「治癒力の向上」の名目で騎士たちの怪我を治させてもらっていた。
はじめは「貴重な聖女の力を俺たちなんかに使うなんて」と謙遜していた彼らだが、「実験台になって欲しい」と頼んだら快くOKしてくれたのだ。
(これまでは「役立たずだからどうせできない」と思っていたけど、エミリーやヴィクトール様を治したことで少しだけ自信がついたわ。自分には何がどのくらいできるのか……もっともっと試してみないと)
騎士団にある医務室には物珍しさもあってか団員たちが詰めかけていた。
「傷は男の勲章!」と誇る者もいたが、「顔の切り傷が怖いと女性に逃げられる」「古傷が痒い」「治癒されてみたいからちょっと試しに」などなど理由は様々だ。
「次の方、どうぞ」
「俺。よろしく頼めるかな、聖女様」
ユーフェの前の丸椅子に座ったのは若い優男だった。
薄藍の長髪でピアスもたくさんつけている。お堅い騎士ばかりかと思ったがずいぶんと軽薄そうなタイプもいるらしい。
「どこの傷を治したらいいんです?」
「三年前に訓練で脇腹に傷を負っちまったんだ。綺麗になるものなら綺麗にしてもらえるとありがたい」
「わかりました。ではベッドに寝てもらっても構いませんか」
「もちろん」
男は上半身裸になると医務室のベッドに仰向けになった。
右の脇腹に十五センチほどの切り傷があり、癒合した後は盛り上がっている。
「ここですか?」
「そう、そこ。綺麗になる?」
「切っても構いませんか?」
「ああ」
城に滞在している医学生二人がユーフェの助手役だ。ネリは血を見るのが得意ではなさそうなのでこの時間は下がらせている。
二人から器具を受け取ったユーフェは、エミリーを治した時と同じ要領で傷跡を綺麗にした。さすが騎士ともいうべきか、ユーフェに切られたくらいでは呻き声一つあげない。
(わたしの手際も良くなっている気がする!)
順調に傷口を塞いだが、課題である痛みや腫れが残ってしまうのはどうだろう?
「……痛みますか?」
「んー、ちょっと熱いかな。触ってみてもらえる」
「はい。失礼しますね」
男の素肌に触れると確かに熱を持ってしまっていた。やはりユーフェの治癒力では腫れを抑えるのは難しいらしい。
「ふふふ……、あとはなんだかちょっと変な気分かな」
「え? 気分が悪いのですか?」
「聖女様に肌を触らせるなんて、なんだかすごくいけないことをしている気分だなって。男の裸を見てどきどきしちゃったりとかしないの?」
「ええ。慣れていますし」
聖ポーリアにいた頃は病院に駆り出されることはしょっちゅうだった。
だが、起き上がった男はヒュウと口笛を吹くとユーフェの手を取る。
そのまま肌の上を滑らせるように、脇腹からしっかりと締まった腹筋へ、胸へと移動させられた。
「男慣れしていらっしゃるんですね。でしたら、俺のこの心臓の高鳴りも聖女様に治していただこうかな」
「は?」
「どうです? 今夜、秘密の治療をしていただけま痛ったぁ―――っ」
ゴッ! と頭に何かが直撃した男がベッドから落ちた。
男と一緒に床に落ちたのは分厚い医学書だ。この部屋の入口付近にある書棚に詰め込まれている中の一冊で――
「ここにいたんだね、ユーフェ」
爽やかな笑みを浮かべて近寄ってきたのはヴィクトールだった。
げっ、とユーフェは思わず肩を竦めてしまう。
「おかしいな? 俺が聞いていたのは医学生たちと怪我の治し方について勉強したいという話だったと思うんだけど」
「え、ええ。ですから、(生身の身体を使って)勉強会を……」
医学書を前にあーだこーだやるよりも実践した方が能力向上になるだろうし、令嬢や女中たちに怪我をしているものはほとんどいない。その点、騎士団にいる男性たちはどうぞどうぞと身体を提供してくれるのだ。
そこらへんをぼかして「勉強会」と言ったのがヴィクトールには気に入らなかったらしい。
「男の手当てをするときはロバートを呼ぶようにと言わなかった?」
「いやいや、お忙しいヴィクトール様の従者を呼びつけるなんて迷惑でしょうし……、それに医学生二人も立ち合わせていますし……」
騎士団の面々もいる。
男と二人きりになって不貞を疑われるような状況ではないはずだ。
「可愛いきみに不埒なことを働こうとする輩がいるかもしれないと思うと心配で気が気じゃない。……というわけで勉強会はもう終わりでいいかな? 少し早いけどお茶の時間にしよう」
ヴィクトールはユーフェを抱きかかえると、床で気絶したふりをしていたらしい優男を踏んづけて部屋を出る。騎士団の面々も頭を垂れて道を開けた。
「……騎士団に行きづらくなってしまうのですが」
「いいんだよ、それで。勉強熱心なのはいいことだけど、男たちの群れの中にきみがいるというのは俺の気が気じゃない」
「……」
「勉強したいというのなら俺の身体を使うといいよ。きみなら切られても燃やされても構わない」
割と本気で言っていそうなところが怖い。
「……ヴィクトール様のお役に立ちたいと思って治癒力を高めたいのに、ご本人を傷つけるなんて本末転倒です」
「俺の役に……?」
「わたしの力不足でヴィクトール様を苦しませてしまうような思いはもうごめんですから」
ぱちぱちと瞬いたヴィクトールはユーフェを降ろした。
そしてユーフェの手を取ると、すすす、と自分の頬に持っていく。
「俺のために頑張ってくれるのは嬉しいけど……、でも俺はきみが他の男に触れているほうが嫌だな。さっきのように悪ノリするような男がいないとも限らない。うっかりきみがどきどきしてしまうんじゃないかと不安なんだよ」
「ありえませんよ。治療対象としか見ていませんか、ら……」
ユーフェの手のひらにヴィクトールが唇を押し当てた。
ちゅ、ちゅ、と何度もキスをすると「消毒」といたずらっぽく笑う。
手のひらにかかる吐息や唇の柔らかさ、そしてとろけるように甘く焦がれるような視線は、二人きりでいるときの甘いひと時を思い起こさせ、ユーフェの顔は真っ赤に染まった。
「本当? 他の男に触れても、こんな可愛い反応をしないと約束してくれる?」
「あ、あたりまえです」
わたしが触れ合ってどきどきするのはヴィクトール様だけです、と蚊の鳴くような声で言うと満面の笑みでキスされた。
――翌日、ユーフェの部屋には大量の手袋が届いた。
治癒のためとはいえ、ヴィクトール以外に直接触れて欲しくないらしい。
箱いっぱいに詰め込まれた独占欲を嬉しいと思ってしまうなんて、ユーフェもかなり重度の恋の病にかかってしまっている。
(第二皇子は聖女の能力向上を許さない/終)
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