22 わたしにできること


 ふしぎな治癒能力を持って生まれるのは女児が多く、大陸の中でもとりわけ聖ポーリア国に多い。神の加護がある国だからと言われているが、実際は生まれてすぐに教護院で囲われて大切に育てられるからだ。

 他国ではそうはいかない。稀なる力の持ち主は政治に利用されたり、金儲けに使われたり、強欲な人間に独占されたり……。命を狙われ、使い潰され、疲弊して死んでいく。


『――こうして安全に暮らせるのは聖ポーリアにいるからなのです。わたくしたちはそのことに日々感謝し、能力を磨き、役立てていただけることを幸せに思わなくてはなりませんよ。聞いていますか、フェリス?』


 教護院にいた頃、大聖女様のお小言の行き先は大体がフェリスだった。


『ぼんやりと力を使っていてはいつまで経っても治癒能力は上がりません。あなたはただでさえ能力が低いのですから。傷ついた方を癒す、心でのイメージが足りていないのです』


 ハイ、と首を竦めるフェリスに、くすくす笑い声が起きる。同情の笑いではなく嘲笑だ。


 一度、他の聖女に聞いてみたことがある。治癒のイメージってどうやってるの? と。その子は馬鹿にしたように言った。


『わたしはそんなことしなくても治せるわ。治りますようにって思いながら手をかざすだけよ。だって聖女なんだもの、それくらいできて当たり前でしょ?』



 ◇



(まあそうよね。わたしだって傷を治すとき、頭の中で縫合してるわけじゃないもの)


 そもそも、血だらけでぐちゃぐちゃの傷口を長いこと直視していたいという聖女の方が少ないので、大聖女の説明ではやはり無理がある。血に耐性のあるユーフェの方が傷の状態をはっきりとイメージできるが、だからといって能力が優れているわけではなかった。


(やっぱり持って生まれた力の差なのかしら……)


 ぼんやりしているとティールームの扉が開いた。


「お待たせ、ユーフェ」


 にこやかに入ってきたのはヴィクトールだ。


 一日に一回のお茶の時間。

 なぜ、まだヴィクトールと親睦を深め続けなければならないのか……と思うが、ヴィクトールが望んでいるのならユーフェはただ従うまでだ。


 今日は日当たりのいいティールームで、紅茶にはオレンジを浮かべ、ネリが厚く切ったパウンドケーキを皿に取り分けてくれる。


「今日はユーフェは何をしていたの?」

「えーと、書庫で本を借りて、人と会いました」

「誰と会ったの?」


 笑顔のまま問いかけられるが……。


「……ヴィクトール様にも報告が言っているのでは……?」


 エミリーと会ったことはネリがロバートに伝えると言っていたし、当然、ユーフェの行動は逐一報告されているはずだ。いちいちユーフェが報告しなくてもいいのに、


「きみの口から話を聞きたいんだよ」

「…………」


 まあいいけど……。

 ユーフェはエミリーの傷跡を治せなかったことを話した。

 聖女がたくさんいる聖ポーリア国ならきれいに痕を消せる力を持った聖女もいるかもしれないが、ユーフェには難しそうだということを。


「でもきみはエミリー嬢の傷跡を治してあげたいんだ?」

「それは、まあ……。できることなら。でも、どうやったら治癒力を高められるかがわからなくて」

「聖女の治癒力って高められるものなの?」

「わかりませんが、イメージトレーニングをするとか、何人もの怪我を治して修練を積むとか、なにかしら試してみようかと思っているんです」


 どうせやることもないし。


 すると、ヴィクトールは至極簡単に「切っちゃえば?」と答えた。


「切るって……、傷跡をですか⁉」

「うん。だってユーフェは切って治すのは出来るんでしょ? じゃあ、その傷跡をもう一回切ってくっつけてみたらどう?」

「む、無理ですよっ。切ったところはきれいになっても、元の傷跡まで治らなかったら切られ損じゃないですかっ」

「えー? じゃあ、その元の傷跡とやらを削いでから治せば……」

「グロテスクな想像をさせないでください!」


 エミリーは伯爵家の娘なのだ。

 一回切ってみてもいい? なんて軽々しく言えない。


 しかし、ネリは真剣な面持ちで話を聞いていた。


「……一度、私のほうからエミリーに話をしてみます」

「ええっ⁉」


 絶対に怒られるに決まっている。


「待ってよ……、わたし、エミリー様を切ったりなんてできないわ」


 エミリーは未婚の令嬢なのだ。医術の心得のないユーフェが刃物を持って処置をするなんて絶対に無理だ。かといって、医術の心得のある医者を呼んで肌を晒すのも抵抗があるだろう。


「もしもエミリーが同意したら、僭越ながらそのお役目は私がやります」


 ネリは覚悟を決めたような顔で宣言する。


「ユーフェは不安? やりたくない?」


 ヴィクトールに問われたユーフェは口ごもった。

 もちろん、治せるなら治したいが……。


「うまくいかなかったら、余計にエミリー様を落胆させてしまいませんか?」


 突然部屋にやってこられた時は驚いたが、彼女なりに決意してユーフェの元にやってきただろうに、ユーフェは期待に応えられなかった。


 ――おおい、聖女様が来てくれたぞ!


 聖ポーリアでも大規模な災害が起きた時に聖女が派遣されることがあった。早く治療してくれと期待され、希望を持たれても、


 ――オイオイ、お嬢ちゃん本当に聖女なのかよ。ちっとも痛みが引かねえぞ!


 ユーフェはいつも「はずれ」扱いだった。

 他の聖女たちが「素晴らしい!」「痛みがあっという間に消えた!」と称賛されている中、ユーフェが治した相手はがっかりしたような顔をするのだ。


「……ユーフェ。見て」

「え? ちょ、ちょっ、ヴィクトール様⁉」


 立ち上がったヴィクトールがいきなり服をはだけ出したので仰天した。

 筋肉の乗った腹を見せられて赤面してしまう。


「ほら、ここ。前にユーフェが治してくれたところだよ。きれいに治っているでしょう?」

「あ……」


 前にヴィクトールが怪我を負った左の脇腹は跡もなく完治している。


「じゅうぶん凄いことだよ。だから、そんなに自分を卑下しないで」


 ――きみは役立たずだから、人一倍頑張らなくてはね?


「いえ。わたしは役立たずですから、もっと頑張らないと……」

「誰がそんなこと言ったの?」


 近寄ったヴィクトールが険のある目でユーフェを見た。


「前にも言ったよね? きみは役立たずなんかじゃない。そんなこと言うひどい奴のいうことなんか真に受けないで欲しい」


「ユーフェ様、私もそう思います。ユーフェ様は役立たずではありませんし、そもそも怪我や病気というものは、本来自分の持つ抵抗力や治癒力で治すものです。医者や聖女は神様ではないのですから、治らなかったからと言って責めるのはお門違いというものですわ」


「…………」


 この国では聖女の力を見ること自体が珍しいことだから、二人はユーフェの能力を比較せずにいてくれるのだ。ユーフェがこの国にいる間は他の聖女は現れて欲しくないなんて思ってしまう。能力の高い聖女が現れたらきっと見向きもされなくなってしまうだろうから……。


「……わたし……、やってみます」


 迷いながらもそう答えると、ネリとヴィクトールは嬉しそうな顔でにっこりと微笑んだ。期待を向けてくれる二人の気持ちを裏切りたくはないと思ってしまったのだ。

 エミリーが同意してくれるのならば試す価値はあるのかもしれない。


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